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第13話「錆びついた才能」

 安宿「鉄錆亭」の、ぎしぎしと鳴るベッドの上で、俺は天井の染みを眺めていた。

 昨夜、酒場で得た情報は、俺の脳内で反芻され、整理されていく。


 商業都市ゼノア。

 その富を独占する、ゼノア鍛冶師ギルド。

 そして、俺の兵装を次の次元へと引き上げる可能性を秘めた素材、”魔導金属”。


『ティア』


 思考だけで呼びかけると、即座に無機質な声が返ってくる。


 《はい、シン》


『昨夜の情報を基に、”魔導金属”の再分析を。特に、リグランで回収したサンプルとの比較を重点的に行え』


 《了解。……解析を開始します》


 視界の隅に、半透明のウィンドウが展開される。

 そこには、二つの物質の分子構造モデルが立体的に表示され、目まぐるしい速度で比較データが流れ始めた。


 一つは、リグランの貴族の屋敷から回収した、用途不明の合金。

 もう一つは、この街の冒険者が持っていた剣からスキャンした、”魔導金属”のデータだ。


 《……解析完了。結論から報告します》


 ティアの声が、いつもより少しだけ、硬質的に響いた気がした。


 《両者は、97.3%の特性一致を観測。根源となる鉱石は、同一であると断定します。ただし、ゼノアで一般流通している”魔導金属”は、極めて純度が低い。リグランで回収したサンプルと比較し、エネルギー伝導率、物理的強度、共に30%以下の数値です》


『つまり、この街の連中は、最高級の素材を独占し、市場には質の悪い”出涸らし”だけを流している、と。そういうことか』


 《その推論が、最も合理的です》


 やはりな。

 酒場の連中の不満は、正しかったわけだ。

 だが、俺にとって重要なのは、ギルドの不正や、冒険者たちの不満ではない。


『ティア、単刀直入に聞く。奴らが隠している”本物”が手に入ったら、俺の力はどうなる?』


 《兵装の抜本的アップグレードが可能です。最低でも、現行兵装の耐久値が40%は向上します》


『それだけか?悪くはないが、物足りないな』


 《それはあくまで基礎強化に過ぎません。本命は、特殊弾薬の生成です。素材のエネルギー伝導特性を利用すれば、徹甲弾、炸裂弾といった、対重装甲目標への解答を生成可能になります》


(……面白くなってきた)

 口の端が自然と吊り上がる。あの騎士団の面倒なフルプレートも、紙屑のように貫けるだろう。


 《シミュレーションを実行します》

 《……完了しました。兵装アップグレードに関する、三段階のプランを提示します》


 ティアの報告に、俺は意識を集中させた。


 《プランA:基礎能力の向上。高純度魔導金属を基礎素材として登録することで、現在生成可能な全ての兵器の耐久性、耐熱性、耐魔法性が平均40%向上します》


 《プランB:特殊弾薬の生成。素材のエネルギー伝導特性を利用し、徹甲弾、炸裂弾といった、特殊効果を持つ弾薬の生成が可能になります。対重装甲、対大型目標への攻撃能力が飛躍的に向上するでしょう》


 《プランC:新規兵装の開発。未知の金属特性を解析し、ライブラリを拡張。電磁加速を利用した、次世代の射出兵器、指向性エネルギー兵器といった、現行の火薬式兵器とは一線を画す、次世代兵装の開発に着手できる可能性があります》


 俺は、思わず息を呑んだ。

 プランAとBだけでも、破格のアップグレードだ。

 だが、プランC……電磁加速を利用した、次世代の射出兵器だと?


『……なるほどな。それは、是が非でも手に入れる必要があるな』


 《同意します。高純度魔導金属の確保は、今後のミッション遂行における最優先事項と判断します》


 目的は定まった。

 ゼノア鍛冶師ギルドが独占している、最高品質の”魔導金属”。

 それを、奪う。


 だが、問題はどうやってそれを”兵器”へと加工するかだ。

 TACTICAL-BUILDは万能ではない。

 未知の素材を解析し、兵器の設計図に組み込むには、一度その素材を物理的に加工し、各種データを収集する必要がある。

 インゴットのままでは、ただの重い鉄塊だ。


『ティア。この街で、ギルドに所属していない、腕の立つ鍛冶師を探せ。条件は三つ。第一に、口が堅いこと。第二に、ギルドに恨みを持っていること。そして第三に、”仕事”に飢えていることだ』


 俺は、協力者を探すことにした。

 もちろん、対等なパートナーではない。

 俺の目的を達成するための、使い勝手の良い”駒”だ。

 ギルド本部に乗り込むのは最終手段。まずは、外堀から埋めていく。


 《了解。検索条件を設定。街の経済活動データ、住民の個人情報、噂や風評といった非構造化データを統合し、該当者のスクリーニングを開始します》


 ティアの思考速度は、スーパーコンピュータのそれを遥かに凌駕する。

 街に放ったステルスドローンが得た膨大な情報が、瞬時に解析されていく。


 《……候補者を一件、検出しました》


『ほう、いたか』


 《はい。ですが、その人物の経済状況は、”廃業寸前”です》


 ティアが提示したのは、街の立体地図だった。

 商業区の華やかな中心地から遠く離れた、煤けた灰色の一角が、赤くハイライトされる。

 そこは、鉱山で働く日雇い労働者や、仕事を失った者たちが流れ着く、いわばこの街の”吹き溜まり”だった。


 《鍛冶屋”ライラ”。代表者、ライラ・フォルクヴァング。二十二歳、女性》

 《三年前、先代の父親が死亡し、工房を継承。しかし、その直後から鍛冶師ギルドからの圧力が強まり、魔導金属の供給を完全に停止されています》

 《現在は、街の廃品置き場から集めたスクラップを加工し、日用品や農具の修理で、かろうじて生計を立てている模様。ギルドへの反発心は強く、しかし、そのせいで誰からも相手にされず、孤立状態にあります》


 ……面白い。

 ギルドに逆らい、燻っている才能か。


『会いに行くぞ』


 俺はベッドから身を起こし、フードを目深に被った。

 最高の素材と、それを加工する腕。

 考えるだけで、口の端が吊り上がる。


 ◇


 ゼノアの南西地区。

 大通りから外れ、入り組んだ路地を抜けるたびに、街の華やかな空気は薄れていった。

 鼻を突くのは、香辛料の匂いではなく、石炭の燃え滓と、淀んだ水路の匂いだ。

 道行く人々の目には、活気ではなく、日々の生活に疲れた色が浮かんでいる。


 ティアのナビゲートに従い、俺は目的の場所へとたどり着いた。

 そこは、周囲の建物よりもさらに一段、古びた佇まいの建物だった。

 木製の看板には、かろうじて「フォルクヴァング鍛冶工房」という文字が読み取れるが、その文字も雨風に晒され、ほとんど消えかかっている。


(……寂れているな)


 人の出入りする気配は、まるでない。

 だが、俺の耳は、その静寂の中に、微かな音を捉えていた。


 カーン……、カーン……。


 不規則で、力ない槌の音。

 それは、まるで諦めと意地の間で揺れ動く、心臓の鼓動のようだった。

 少なくとも、まだ完全に死んではいないらしい。


 俺は、軋む音を立てる扉を、躊躇なく押し開けた。


 工房の中は、薄暗く、鉄と石炭の匂いが充満していた。

 壁には、様々な種類のハンマーやヤスリが整然と並べられている。

 床は掃き清められ、乱雑に見える道具の配置にも、どこか職人特有の機能美が感じられた。

 貧しいが、仕事場としての矜持は失っていない。


 そして、工房の奥。

 燃え盛る炉の赤い光に照らされて、一つの人影が動いていた。


 カーン!


 俺の侵入に気づいたのか、槌を振るう動きが止まる。

 ゆっくりと、その人影がこちらを振り返った。


「……誰?」


 低く、警戒心に満ちた声。

 その声の主は、俺の予想よりも、遥かに若かった。

 年の頃は、二十歳そこそこだろうか。

 煤で汚れた顔に、額には汗が滲んでいる。作業着代わりの革のエプロンは、使い込まれてところどころ擦り切れていた。


 だが、何よりも印象的だったのは、その瞳だ。

 燃え盛る炎の色を映した、強く、そして頑固な光を宿した瞳。


 この女が、ライラか。


「お客さん?見ての通り、まともな武具なんてないよ。鍋の修理なら、そこにでも置いておいて」


 彼女は、俺を値踏みするように一瞥し、ぶっきらぼうに言い放った。

 その視線は、俺が腰に下げたM9のホルスターで、一瞬だけ鋭く光った。


『武具の修理ではない』


 俺は静かに答える。


『あんたの腕を見に来た』


「……はっ、腕ですって?」


 ライラは、鼻で笑った。

 自嘲と、ほんの少しの苛立ちが混じった笑みだった。


「私の腕が見たいなら、見せてあげる。これが、今の私に打てる、最高の”作品”よ!」


 彼女はそう言うと、足元に転がっていた歪な鉄の塊を、金床の上に乗せた。

 それは、どこかの荷車の車輪か何かだったのだろう。ひび割れ、錆びついた、ただの鉄クズだ。


「どう?見事なものでしょ?ギルドの連中のおかげで、私に回ってくるのは、こんなクズ鉄だけ。こんなもので、一体何が打てるっていうの……!」


 叩きつけるような言葉。

 それは、俺に向けられた怒りであると同時に、彼女自身の不甲斐なさ、そして理不尽な状況に対する、やり場のない叫びだった。


『……確かに、それはひどい鉄クズだな』


 俺は、淡々と事実を告げる。


『だが、問題は素材じゃない』


 俺は一歩、彼女に近づいた。

 ライラは、警戒するように身構え、いつでも手に取れる位置にあるハンマーへと視線を走らせる。


『その鉄クズを、ここまで熱し、叩けるあんたの腕が本物かどうか。俺は、それを見に来た』


「……何が言いたいの?」


『取引だ』


 俺は、懐から小さな金属片を取り出した。

 TACTICAL-BUILDで生成した、テスト用のサンプルだ。

 この世界には存在しない、俺の技術の結晶。


 それを、彼女の目の前の金床に、ことりと置いた。


『これを、加工してみろ。もし、あんたの腕が本物なら、俺が最高の”素材”を用意してやる』


 ライラは、怪訝な顔で、その金属片を手に取った。

 ずしりとした重み。滑らかな表面。そして、魔力とも神気とも違う、異質なエネルギーの気配。

 彼女は、長年鉄と向き合ってきた職人の目で、その金属片を食い入るように見つめている。


「……なに、この金属……?」

「魔導金属じゃない……。こんな組成、見たことも、聞いたこともない……」


 彼女の呟きに、俺は答えない。


『できるか、できないか』


 俺は、ただ問いかける。

 答えは、彼女の”腕”が示すはずだ。


 ライラは、しばらくの間、金属片と俺の顔を交互に見て、何かを決意したように、ふっと息を吐いた。

 彼女は、手に持っていたハンマーを、ゆっくりと持ち上げる。


「……いいわ。やってあげる」

「でも、勘違いしないで。これは、あなたのためじゃないから」


 彼女の瞳に、再び強い光が宿る。

 それは、錆びついた才能が、再び輝きを取り戻そうとする、反逆の狼煙だった。


「──こんな面白い鉄、叩かずにいられるほど、私は落ちぶれちゃいないわ!」


 カーン!


 工房に、これまでとは比べ物にならないほど、力強く、澄んだ槌音が響き渡った。

 俺は、その音を聞きながら、静かに口の端を吊り上げた。


 見つけたぞ、ティア。

 この街で、最高の”駒”を。

明日から11時更新に変更

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