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第12話「鉄とプライドの街」

 リグランの街を後にしてから、三日が経った。


 東へと続く街道は、リグラン周辺のそれとは違い、驚くほどよく整備されていた。

 敷き詰められた石畳は馬車の往来で滑らかに磨かれ、道端には定期的に距離を示す石標が立てられている。

 時折、屈強な傭兵に護衛された商人の大きな馬車とすれ違う。

 彼らは一様に、フードを目深に被った俺の姿を訝しげに一瞥し、そして足早に通り過ぎていった。

 俺もまた、彼らに関心はない。


 道中、いくつかの小規模な魔物の群れや、味を占めた盗賊崩れに遭遇したが、それらはもはや障害ですらなかった。


 ティアの事前察知により、俺は彼らが俺の存在に気づくよりも早く、その存在を地図の上から消去する。

 サプレッサー付きのM9が放つ小さな音は、街道を吹き抜ける風の音にかき消された。


『ティア、目的地までの距離は?』


 《前方7キロメートル地点に、大規模な城壁都市を視認》

 《地図情報と照合……商業都市”ゼノア”で間違いありません》


 脳内の相棒からの報告を受け、俺は丘の上からその街の全景を眺めた。


 リグランとは、比較にならない。


 まず、規模が違う。

 街を囲む城壁はリグランの倍はあろうかという高さと厚みを誇り、その壁の上を衛兵がひっきりなしに行き来している。

 そして何より、人の数が違う。

 巨大な城門へと続く街道には、人と、物資を積んだ荷馬車が、まるで蟻の行列のように途切れることなく続いていた。


(……活気があるな)


 リグランが、貴族の支配と腐敗によって澱んでいたとすれば、この街は、金と物が絶えず循環することで生まれる熱気に満ちていた。

 欲望の熱気だ。

 戦場とは違う、だが、これもまた別の形の生存競争の場。


 俺は人々の流れに紛れ込み、ゼノアの城門をくぐる。

 門での検問は、リグランよりも遥かに緩かった。

 衛兵たちは、流れ作業のように通行人を確認し、銀貨を数枚渡せば、それ以上何も聞いてはこない。

 この街では、身分よりも金がものをいうらしい。


 街の中は、まさに混沌だった。


 石畳のメインストリートの両脇には、多種多様な店が軒を連ね、売り子の威勢のいい声がそこかしこで響いている。

 香辛料の鼻を突く匂い、焼いた肉の香ばしい匂い、そして人々の汗の匂い。

 様々な人種──屈強な獣人、優雅なエルフ、小柄なドワーフ──が、互いに肩をぶつけながら行き交っている。


『ティア、街の概要をスキャンしろ。偵察ドローンを上空へ』


 《了解。ステルス偵察ドローンを射出》

 《街全体の広域スキャンを開始します》


 俺は人混みをかき分けながら、まずは拠点となる安宿を探す。

 ティアの分析によれば、この街の物価はリグランの三倍以上。

 盗賊から奪った金も、そう長くはもたないだろう。


 《スキャン完了。初期分析結果を報告します》

 《商業都市ゼノア。推定人口、約三万人》

 《主要産業は、周辺の鉱山から産出される”魔導金属”の加工及び、それを原料とした武具の製造・販売です》

 《大陸東部における、最大の交易拠点として機能しています》


(魔導金属……)


 リグランで手に入れた、あの金属と同じ類のものか。

 俺の兵装を強化する上で、重要なキーワードになりそうだ。


『さらに分析を続けろ。金の流れ、人の流れ、物流。不自然な点はないか?』


 《……解析中》

 《……シン、奇妙な点を発見しました》


 ティアの声が、わずかにトーンを落とす。


『何だ?』


 《この街の富の循環が、極めて不自然です》

 《物流、金銭の流れ、人の移動データを統合した結果、街で生み出される富の9割以上が、最終的に”ゼノア鍛冶師ギルド”という一つの組織を経由、あるいは還流しています》


 俺の視界に、ゼノアの街の立体地図と、金の流れを示す光の線が表示される。

 無数の細い線が、街の中心にある一際大きな建物へと吸い込まれ、そこから再び細い線となって街全体へと広がっていく。

 まるで、心臓と血管のようだ。


 《これは、健全な市場経済ではありません》

 《独占、あるいはそれに近い強力な支配体制が、この街に確立されている可能性が極めて高いです》


『”ゼノア鍛冶師ギルド”、か。面白い』


 俺は口の端を吊り上げた。

 腐敗は、権力のあるところに必ず生まれる。

 この街も、例外ではないらしい。


 俺はティアのナビゲートに従い、大通りから外れた、薄暗い路地にある安宿を見つけた。

「鉄錆亭」と名付けられたその宿は、鉱山で働く日雇い労働者たちが主な客層のようだった。

 一泊銅貨数枚という安さ。俺は数日分の宿代を前払いし、二階の小さな部屋に落ち着いた。


 部屋の窓からは、向かいの建物の汚れた壁しか見えない。

 だが、階下の酒場から聞こえてくる、荒々しい男たちの声は、最高の情報源だった。


 ◇


 その夜、俺は宿の酒場の隅で、一人エールを飲んでいた。

 もちろん、目的は酒ではない。情報収集だ。


 木製のテーブルは、長年の使用で黒光りし、床には得体の知れないシミがいくつもついている。

 むっとするような汗と、安い酒の匂い。

 だが、こういう場所で交わされる会話こそが、街の”本音”だ。


『ティア、周囲の会話をモニタリング』

『キーワードは”鍛冶師ギルド”、”魔導金属”だ』

『ノイズはカットしろ』


 《了解。特定キーワードを含む会話を抽出し、リアルタイムでテキスト化します》


 俺の視界の隅に、半透明のウィンドウが開き、周囲の会話が文字となって流れ始めた。

 ティアが、俺の聴覚情報を補助し、必要な情報だけをピックアップしてくれる。


 最初に引っかかったのは、隣のテーブルに座る、商人風の男たちの会話だった。


「……だから、今度の取引は見送ると言っているんだ」

「今のゼノアで扱っている”魔導金属”なんぞ、ただの鉄クズ同然だ」


「そうは言っても、旦那」

「これだけの量を安定して供給できるのは、”鍛冶師ギルド”だけですぜ」


「質が落ちすぎている!」

「昔はもっと、魔力伝導率の高い、一級品が手に入ったというのに……!」


「”鍛冶師ギルド”が西の鉱山を独占してから、これだ」

「値段は吊り上げるくせに、市場に出回るのは質の悪い鉱石ばかり」

「本当に良い品は、どこか別の場所に横流ししているに違いねぇ」


(なるほど。品質低下と価格高騰か。独占市場の典型的な弊害だな)


 俺はエールを一口飲む。

 次にティアが拾ったのは、カウンターで飲んでいる冒険者らしきパーティの会話だった。


「おい、聞いたか?」

「またギルドの連中が、デカい顔してたぜ」


「ああ、”鍛冶師ギルド”お抱えの、あの”鋼鉄の番人”か」

「気に食わねぇ連中だ」


「だが、奴らの装備は一級品だ」

「全身、高純度の”魔導金属”で固めてやがる」

「俺たちの剣が、最近やけに刃こぼれしやすいってのによ」


「そりゃそうだ、素材の”魔導金属”がクソだからな」

「最近じゃ、どこの鍛冶屋もまともな武具を打てやしねぇ」


「”鍛冶師ギルド”に逆らって、別のルートから鉱石を仕入れようとした鍛冶屋は、みんな潰されたって話だ」

「ある日突然、店が燃やされたり、職人が行方不明になったり……」


(警備部隊……。暴力装置も完備か)


 腐敗の構造は、リグランと大差ないらしい。

 力と技術で、全てを支配する。単純で、わかりやすい。


 最後に、一人で飲んでいた老人の、虚ろな呟きが俺の耳に届いた。


「……ギルドの連中には、逆らうな……」

「息子も、あそこの鉱山で働いて……帰ってこねぇ……」

「事故だと言われたが……本当は……消されたんだ……」


 俺は静かにグラスを置いた。

 情報は、十分すぎるほど集まった。


『ティア、”魔導金属”について、さらに詳しく分析しろ』

『俺の兵装に利用可能か?』


 《はい。これまでの会話ログと、街中でスキャンした武具のエネルギーパターンを照合》

 《”魔導金属”は、リグランで回収した未知の合金と、極めて類似した特性を持っています》

 《もし、彼らが隠しているという高純度のものが手に入れば、”TACTICAL-BUILD”のライブラリをさらに拡張し、兵装の根本的なアップグレードが可能になるでしょう》


(……ビンゴだな)


 俺の目的が、明確になった。

 この街の腐敗を正すことでも、虐げられた人々を救うことでもない。

 ただ、俺の力をさらに高めるための、最高の”素材”が、この街には眠っている。

 そして、その在処は、”ゼノア鍛冶師ギルド”が知っている。


 俺は銅貨をテーブルに置くと、音もなく立ち上がった。

 酒場の喧騒を背に、俺は外の冷たい夜気の中へと戻る。


 見上げれば、煌々と輝く月。

 その月明かりが、ゼノアの街の華やかな大通りと、その影に潜む深い闇を、平等に照らし出していた。


(技術の独占、か)


 俺はフードの奥で、静かに笑う。


(なら、やることは一つだな)


 職人のプライドも、ギルドの権威も、俺には関係ない。

 俺の知らない、より優れた技術があるというなら、それを見せてもらうだけだ。

 そして、それが俺の目的の邪魔になるなら──


(その”技術”ごと、叩き潰してやる)


 鉄とプライドが渦巻くこの街で、新たな”掃除”の標的が、定まった。

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