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第11話「閑話:彼の残した波紋」

 シンがリグランの街を後にして、数日が過ぎた頃。

 彼が残した小さな波紋は、人々の噂となり、憶測を呼び、少しずつ大きなうねりへと変わり始めていた。

 本人が全く関知しないところで、新たな「伝説」が産声を上げようとしていた。


 ◇


【リグラン衛兵詰所にて】


「……で、結局、あのフードの男って、何者だったんだ?」


 夜警の引き継ぎを終えたばかりの若い衛兵が、同僚の古株に問いかける。

 数日前の、あの騒動。

 街を牛耳っていた子爵の息子が、手下ごと叩きのめされた事件。

 その中心にいた、フードを目深に被った謎の男。


 古株の衛兵は、槍の手入れをしながら、忌々しげに、それでいてどこか畏怖を込めて呟いた。


「さあな。だが、ただの旅人じゃねぇことだけは確かだ」


「俺は見たんだ。あいつがチンピラの一人に懐から黒い鉄の塊を向けたのを。

 次の瞬間、”パン!”っていう乾いた音がして、そいつは糸が切れたように崩れ落ちた。

 剣も抜かず、魔法も使わずだ。あんな芸当、聞いたこともねぇ」


「俺も現場で変なもん拾いましたよ」


 若い衛兵がポケットから小さな金属製の筒を取り出す。薬莢だ。

 鈍い金色に光るそれは、この世界のどんな金属とも違う、異質な存在感を放っていた。


「ギルドの鑑定士にも見せたんですが、『こんな金属は初めて見た』と言われました。

 一体どんな鍛冶師が作ったんでしょうかね」


「関わるな。あれは俺たちの手に負えねぇ相手だ。子爵様が何も言わねぇのが、その証拠だ」


 古株はそう言って話を切った。

 だが彼の脳裏には、あの男の静かな佇まいと、全てを見透かすような冷たい視線が焼き付いて離れなかった。

 あれは、人の形をした災厄だ。

 街から去ってくれたことを、今はただ感謝するしかなかった。


 ◇


【街道沿いの酒場にて】


「いやー、あの時は死ぬかと思ったよ!」


 中年の商人がジョッキになみなみと注がれたエールを煽り、威勢よく語る。

 彼の周りには、興味津々の旅人や傭兵が集まっていた。


「盗賊どもに囲まれて万事休す、って時に、どこからともなく現れたんだ。黒いフードの旦那がな!」


 話は日に日に尾ひれをつけていった。


「旦那が右手を振れば”閃光”と共に一番槍の盗賊が吹っ飛び、左手かざせば”轟音”と共に弓兵が地に伏した!あれはまちがいなく古代の失われた魔法だ!詠唱なしの神速魔術に違いねぇ!」


 実際はサプレッサー付きのM9の射撃音だったのだが、恐怖と興奮で混乱した商人の記憶は神話的戦闘へと変わっていた。


「あっという間に十数人の盗賊団を片付けちまった旦那は、俺が礼も言えぬうちに風のように去って行ったよ。報酬すら求めずにな…。まさに伝説に聞く”影の英雄”だな!」


 傭兵の一人が腕を組み、唸る。

「詠唱破棄の攻撃魔法か…。そんな使い手が、まだ在野にいるとはな」


 その日から、「街道に現れる詠唱不要の魔法を操る謎の救い主」の噂は商人たちの間で瞬く間に広まった。


 ◇


【リグラン冒険者ギルドにて】


 ギルドマスターの壮年の男は、机に広げられた数枚の報告書を前に、眉間に深く皺を寄せていた。


「……またか」


 向かいに立つベテランの受付嬢が静かに頷く。

「はい。ここ半月で三件目です。リグラン南方の森を根城にしていたゴブリンの集落が一夜にして壊滅。生存者なし。討伐した人物も、パーティも、一切不明」


「先日壊滅した盗賊団の件といい、偶然にしては出来すぎている」


 ギルドマスターは報告書に添付されたスケッチを指さす。

 それは、ゴブリンの死体に残された奇妙な傷跡の図だ。


「この傷だ。どの死体にも寸分違わず同じ大きさの『小さな穴』が開いている。剣でも槍でもない。矢だとしても、ここまで綺麗に貫通するか?」


「まるで未知の武器ですね」


「ああ。そして、この一連の事件が起き始めた時期が、あの男がリグランに滞在していた時期と奇妙に重なる」


 ギルドマスターの脳裏に、先日訪れたフードの男の姿が浮かぶ。

 ティアの存在を探るため情報収集に現れたシンだ。

 あの男からは底知れぬ実力者の気配を感じ取っていた。


「正体不明の武器を使い、単独で魔物の集落や盗賊団を殲滅する…。我々の知らないところで、とんでもない化け物が動き出したのかもしれん」


「ギルドとして、看過はできん。至急、この謎の討伐者に『二つ名』を登録し、危険度と併せて全ギルドに情報を共有するんだ」


 受付嬢がペンを取り、尋ねる。

「二つ名は、どうしましょう?」


 ギルドマスターは窓の外に広がる空を見上げ、しばし考えた後、静かに告げた。


「……そうだな。その正体不明さ、そして風のように現れ風のように去る様から……」


「”幻影ファントム”とでも呼ぼうか」


 ◇


 シンが新たな街で、新たな標的を見定めている頃。

 彼の名は、本人のあずかり知らぬところで、畏怖と少しばかりの期待を込めて、異世界に静かに刻まれ始めていた。

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