Rainy Days ~雨のメロディ、君の旋律~
Rainy Days ~雨のメロディ、君の旋律~
雨は、俺の心をいつだって締め付ける。見慣れた街を叩く無数の水滴が、まるで過去のメロディを奏でる音符のように響くのだ。あの日以来、傘を差すことはなくなった。びしょ濡れになる体の冷たさだけが、辛うじて俺を現実につなぎとめてくれる。
「どうして……」
ぽつりと呟いた言葉は、雨音に掻き消された。顔に流れる雨粒は、もう涙と区別がつかない。視界がぼやけ、景色が歪む。震える指で乱暴に目を拭った、その瞬間だった。
ひんやりとした雨の匂いの中に、懐かしいシャンプーの香りが混じる。目の前の景色は、冷たいアスファルトではなく、淡いグレーの石畳へと変わっていた。耳元には、心地よい雨音が響く。それは、ただの雨音じゃない。まるで、彼女が歌うあの曲のように聞こえる。そして、何よりも、右肩に感じる温かい重み。
俺は、彼女が生きていたあの頃の、相合傘のシーンに立っていた。
「ねえ、急ごうよ。風邪ひいちゃう」
隣で聞こえる、優しい声。傘の下、肩を寄せ合う距離で、彼女は少しだけ上目遣いに俺を見て、くすりと笑った。あの頃の彼女は、いつも楽しそうに笑っていた。ボーカリストとして、ステージで歌う時も、俺の隣で鼻歌を歌う時も。それが、俺の心をどれだけ温かく照らしていたか。ギタリストとして、俺の旋律に君の言葉が乗り、君の歌声が響く日々は、何よりも輝いていた。
だが、同時に、激しい後悔が胸を焼く。俺たちは、この相合傘の数日後、些細なことで言い争ったまま、永遠に言葉を交わす機会を失ったのだ。
不思議な時間は、雨が降るたびに繰り返された。
初めて出会った日の帰り道、初めて手をつないだ日、他愛もない話で笑い合った放課後。様々な相合傘の場面へと、俺は転移した。彼女の柔らかな髪が肩をくすぐる感触、雨音に紛れて聞こえる小さな鼻歌、傘の縁から見える彼女のつま先。すべてが鮮明で、まるで時間が止まったかのように感じられた。
そのたびに、謝りたかった。伝えきれなかった言葉があった。しかし、俺はただ、彼女の隣にいる幻として、その瞬間を見つめることしかできない。顔に流れ落ちた雫が、ぼやけた視界の中でキラキラと光って見える。それが涙なのか、雨なのか、俺にはもう分からなかった。そして、雨が弱まり、景色が再びぼやけるたびに、絶望的な孤独が現実へと引き戻した。
過ぎ去った時間は、ただ俺の心に影を落とすばかりだった。この現象は、俺を過去の檻に閉じ込めるだけなのか。そう思い始めた、ある雨の日。
いつもと同じ、少し強めの雨が降っていた。彼女と大きな傘の下、商店街の軒下を歩いている。彼女は、少し俯き加減で、何か言いたげに唇をきゅっと結んでいた。あの日、俺たちはあの後、初めての大きな言い争いをした。原因は、俺の些細な一言。でも、本当は…?
俺が彼女の様子を伺っていると、彼女はふと立ち止まり、俺の顔を見上げた。その瞳には、雨に濡れたような潤みが浮かんでいる。その瞬間、雨音が、はっきりと彼女の歌声になった。それは、まるで、かつて彼女が書き残した詞が、メロディに乗って聞こえてくるようだった。
「あの日、交わした言葉が 痛むほど響くけれど 本当は、もっと深く 分かり合いたかった 愛しいのに 苦しくて 空を見上げていた いつか、この曇り空が 晴れる日を願った…」
彼女の歌声は、震えていた。その詞は、あの日、彼女が俺に伝えようとしていた心の叫びそのものだった。俺を想い、俺との関係を大切にしたいが故の、あの時の葛藤。俺を傷つけたくなくて、でも、自分の想いも大切にしたくて、葛藤していた彼女の姿が、今、目の前に鮮やかに広がる。
その瞬間、俺の胸に突き刺さっていた棘が、音を立てて抜けていくのを感じた。
雨はまだ降っていた。しかし、俺の心を洗うものは、もはや悲しみだけではなかった。彼女の歌声は、まるで澄んだ水のように、長年溜め込んでいた俺の後悔や自責の念を洗い流していく。
目が覚めると、見慣れた自室の天井があった。窓の外からは、まだ雨音が聞こえる。だが、以前とは違う。降り続く雨音が、今度は温かい子守歌のように響いた。まるで彼女が、ずっと傍で歌い続けてくれているかのように。
彼女はもういない。あの不思議な出来事が、これから再び起こることもないだろう。だが、彼女が最後に歌ってくれた、あの「真実」の欠片は、俺の心に深く刻まれた。
止めることのできないほどの想い。ただそれだけで、迷うことなく伝え続けたかった気持ち。それは、俺だけではなかった。彼女もまた、俺と同じ想いを抱いていたのだ。雨上がりの虹のように、確かに、そこに愛は存在した。
俺はゆっくりと立ち上がり、窓の外を見つめた。雨は、いつか必ず止む。そして、その時、俺はきっと、新しい一歩を踏み出せるだろう。彼女との思い出は、これからの俺を支える、確かな光となるから。
あの雨のメロディは、永遠に俺の心の中で鳴り続ける。だが、もう、それは切なさだけの調べではない。愛と、そして、希望に満ちた調べなのだ。