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ミアのウェディングドレス

 ちくたく、ちくたく……。

 チョキチョキ、チョキチョキ……。


 夜も更ける頃。

 小さな女の子、ミアのお部屋の振り子時計が、音を立てて時を刻んでいます。

 しかしミアには、時計の針の音が、ハサミの音に聞こえるのです。

 ミアはベッドの上で毛布をしっかりかぶり、その音をじっと聞いています。

 なかなか眠れないのは、お昼に遊び足りなかったばかりではありません。

 ハサミの音が怖いのです。


 そんなとき、ミアはがんばって楽しいことを考えます。

 でも、ママが魔法のように軽やかに指を動かしてお化粧をしているところを思い出しても、いつかミアがきれいなウェディングドレスを着るところを想像しても、ハサミの音は一向に消えません。

 そればかりか、想像の中のウェディングドレスまで、ハサミにチョキチョキ切られてしまう気がしてきます。

 そして、ミアが一番怖いのは、どうして時計からハサミの音がするのか、理屈が全然わからないことです。


 その夜は、あんまり怖いので、お兄さんを呼びました。

 ですが、お兄さんは意地悪でした。


 時計の中は、秘密の部屋につながっていて、大きなハサミのこわ~いお化けが隠れているんだぞ!


 冗談のつもりでそう言って、ミアを怖がらせるのです。

 お兄さんには、このハサミの音が聞こえていないのでしょうか。


 お兄さんはミアのお部屋を出るとき、せめてもの情けとばかりにランタンを置いて行ってくれましたが、ミアのなぐさめにはなりません。




 ちくたく、ちくたく……。

 チョキチョキ、チョキチョキ……。

 きいいいい……。


 夜が更に深まる頃。

 ミアは時計の振り子窓が開いたことに気が付きました。

 しかも、その中から毛糸玉が転がり出ています。


 そうよ、なんのおとか、わからなくて、こわいなら、しらべればいいんだわ!


 ミアはネグリジェのまま、ランタンを持って振り子窓をくぐり、毛糸をたどっていくことにました。


 時計の中には、広い通路がありました。

 お兄さんの言うとおり、秘密の部屋へつながっているのかもしれません。


 チョキチョキ、チョキチョキ……。

 毛糸玉から伸びる糸を巻き取りながらミアが進んでいると、ハサミの音はだんだん大きくなってきました。


 チョキチョキ、チョギチョギ……。

 ミアがとうとう振り向いてランタンをかざすと――お化けがいました。

 たくさんの時計の文字盤が合体した、時計のお化けです。

 ミアはびっくりしましたが、このお化けがどんな姿をしているか、もっとよく見なければ始まらないと思いました。


 チョギチョギ、チョギチョギ……。

 ランタンを近づけると、それは、大きなカニかクモのように見えました。

 それに、文字盤の上で動いているのは、針ではなく、ハサミでした。

 大小さまざまなハサミが、時計の針のように回りながら打ち合わされ、音を立てています。


 なるほど、ハサミのおとは、この子だったのね!


 ミアは納得して、もうお部屋へ戻って寝てもいいな、と思いました。

 ですが、そうはいきません。

 気付けば、時計お化けに、通路のすみっこへ追いやられていました。


 チョギチョギ、ヂョギヂョギ……!

 背中をぴったり壁へ付けたミアの目の前で、時計お化けは、一際大きな二本のハサミを両手のように振り上げました。


 まって!


 ミアは、そのハサミへ、ランタンをかざしました。

 そして、そのハサミが、ひどくさびていることに気付きました。


 そうよ、もうすこし、いい子でまっててね。


 ミアは時計お化けの文字盤から、ハサミを一丁、外しました。

 そしてランタンを開き、ハサミでろうそくを切って、時計お化けの両手に塗りました。


 ミアはどんどんろうそくを切って、時計お化けから突き出た他のハサミにも塗っていきます。

 まるでお化粧をするように。

 ランタンの明かりは消えて真っ暗になり、ミアはお部屋へ帰れるか分からなくなりました。

 ですが、仕方ありません。

 時計お化けが困っているんですもの。


 シャキシャキ、シャキシャキ……。

 ろうそくのおかげで滑りがよくなったハサミは、文字盤の上をいっそう元気に回って、軽やかな音を奏でます。

 すると、時計お化けの頭のあたりが、ぱあっと明るく光りました。

 それは、二つ並んだ、つぶらな目のような電球でした。

 とけいおばけって、いがいとハイテクなんだなあ、とミアは思いました。


 時計お化けは、切れ味を試したくてうずうずしているように、シャキシャキとハサミを鳴らしますが、切るものが見当たらず、きょろきょろしています。


 きれるもの、なにかないかしら……。


 ミアは、自分が持っている毛糸玉を時計お化けに差し出しました。

 シャキン!

 時計お化けは、喜んで毛糸を切りました。

 毛糸玉はミアの手から、ころころ転がり落ちました。

 ころころ、ころころ……。

 こつん。

 転がる毛糸玉を追いかけていくと、毛糸玉は大きな棚にぶつかりました。

 すると、棚の上から、別の毛糸玉が落ちてきます。

 その毛糸玉が別の棚にぶつかると、反物が落ちてきます。

 反物が別の棚にぶつかると、別の反物が落ちてきます。

 あっという間に、たくさんの毛糸玉と反物があちこちを転がり回り、通路の床は色とりどりの織物のようになりました。


 毛糸玉や反物がからまりそうになると、時計お化けが切ってくれます。

 おかげでミアは、転がる毛糸玉や反物を追いかけて、どんどん進むことができました。


 とけいおばけが、あんないしてくれているのね。

 この子は、こわくなんてない、いい子だったわ!

 こまっているだけだったのよ。

 こまっていることがある人は、たいてい、ふきげんよ。

 ふきげんなひとは、たいてい、こわくみえるものだわ。

 こんないい子をこわいだなんて、お兄さんははうそつきよ!

 おとななのに、こまった人だわ。

 ……でも、お兄さんは、まだほんとうのおとなじゃないの。

 ほんとうのおとなが、とけいでいうと、十二じのあたりだとしたら、お兄さんは、まだ四じくらいよ。

 だから、すこしくらいうそつきでも、おおめにみてあげましょ。


 ミアがそんなことを考えながら歩いていると、色とりどりの毛糸玉や反物は、いつしか白一色になり、通路は純白に染まってました。


 お母さんが、おしゃしんのなかできていた、ウェディングドレスみたい!

 おばあさんのおふるだったけれど、とってもきれいで、うれしかったんだって。

 でも、どこかにいっちゃったって、いっていたっけ。

 ミアもきたいのに!


 ミアは、後ろをついてくる時計お化けへ、そんなことを話して聞かせながら、純白の道を歩いて行きます。

 そして、とうとう、秘密のお部屋へたどり着きました。

 時計お化けとは、ここでお別れのようです。


 チョキチョキ、チョキチョキ……。

 秘密のお部屋の中では、知らないおばあさんが布を切っていました。


 おばあさん、なにをしているの?


 ミアがたずねると、おばあさんが答えます。


 ウェディングドレスを仕立てているのさ。

 私の最後の仕事だからね。

 いや、それはもう終わったんだったかね。

 とにかく、これを仕上げなきゃならないんだ。

 切っても切っても、ぬってもぬっても、どうにも納得いかないんだよ。

 でも、それもきっともうすぐ終わりさ。

 さびていたハサミの切れ味が急に良くなったし、暗かった部屋に明かりもついたからね。


 そのウェディングドレスは、だれがきるの。


 だれかねえ。

 だれが着るのか、考えていないから、うまくいかないのかね。

 いっそ自分で着てもいいね。

 ずっと夢だったのさ。

 相手はいなかったけどね。

 隣に立つのは、華やかなウェディングドレスを着た、華やかな娘さんがいいね。

 燕尾服の立派な殿方じゃなくてね。


 じゃあ、わたしが、となりにたってあげる!


 ほほほ、私と結婚してくれるっていうのかい?


 しないわ。

 でも、けっこんしなくたって、ウェディングドレスをきてもいいじゃない。

 わたしは、ひとりでも、きるわよ。

 だって、ゆめなんだもの!


 そうだね、そうかもね。

 だったら、あんたが大きくなるまでに、これを仕立てておいてあげる。

 わかったら、そろそろお帰り。

 もう寝る時間さ。


 ミアは、おばあさんのお部屋を去るとき、ネグリジェの襟に白いリボンを結んでもらいました。

 そして、真っ白な毛糸玉をもらいました。




 その頃、ミアのお兄さんは、ミアのお部屋をノックしていました。

 後になって、ミアをからかったのは、かわいそうだったかもしれないと思い直したのです。

 何度かノックをしても返事がなく、もう寝たのかな、それとも怖がりすぎて声も出ないのかな、と心配になってきたところで、お部屋から、はーい! と元気な声がしました。


 お兄さんがお部屋に入ると、ミアがベッドに寝ています。

 ずいぶんドキドキして、息が上がっているようです。


 お兄さんったら、うそつきよ!

 とけいのなかにいたのは、こわいばけなんかじゃないわ、とってもいい子よ!


 どこへ行っていたんだい。

 まさか時計の中と言うんじゃないだろうね。


 そうよ、とけいのなかよ。

 それだけじゃないわ。

 したてやの、おばあさんにも、あったの。


 そういや、死んだばあさんから、昔、近くに仕立て屋があったって聞いたな。

 いっときは、ここらじゃ珍しい、手回し式の電灯もあるくらい繁盛してたらしいけど、その代で閉まったんだってな。

 かなり古い話で、ばあさんはミアの生まれる前に死んだっていうのに、だれから聞いたんだい。


 きいたんじゃないわ、いったの!


 はいはい。


 わたし、そこでしたてたウェディングドレスをきるの。


 ははは、そのとき、隣にいるのは誰なんだい?


 おばあさん!


 そのおばあさんと結婚するのかい。


 いいえ、しないわ。

 でも、ウェディングドレスをいっしょにきるの。

 けっこんしなくても、ウェディングドレスをきていいとおもうわ。

 そのほうが、たのしいもの!


 わかった。

 じゃあ、そのときは拍手させてもらうよ。




 振り子時計の窓はぴったりと閉まり、ミアのネグリジェのリボンが、差し込む月明かりを誇らしげに浴びています。

 白い毛糸玉は、ミアの枕元で眠っています。

 いつか転がって、ミアを新しい冒険へ誘うその日まで。


 はたしてミアは、ウェディングドレスを着られるでしょうか。

 そのとき、隣にいるのは誰でしょうか。

 やはり、今夜出会った、あのおばあさん?

 それとも、まだ見ぬ誰か?

 あるいは、隣にはだれもいなくて、ミアはひとりきりかもしれません。

 いずれにしても、いつか必ず、ミアはウェディングドレスを着るでしょう。

 ウェディングドレスを着ることが、ミアの夢なのですから。


 夢をかなえる日へ一歩近づくために、今夜のミアはぐっすりと眠りました。

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