95話 油断
カケラは、少し油断し過ぎていた。
カケラ自身、相手を侮っていたと後悔している。
本音を言ってみれば、二人でかかれば楽勝だと考えていたのだ。
その結果が現状である。
ハウサは奥の手を使う状況へ陥った。
二人とも呪いによって地面に伏せられた状態だ。
完全敗北。
それは完全勝利の対義語だ。
今の状況を表すには丁度いいだろう。
『完敗だな』
カケラは、いっそのこと清々しい気分になっている。
格闘ゲームで負ける時に相手が素晴らしい動きでフィニッシュを飾る時のように。
敵として天晴れだ。
ハウサも似たような心情なのかもしれないとも考える。
『だから………………』
だからこそ、これまでの自分の傲慢さ、そして勝負をしていなかったことへの成算代わりに………………
『だからこそ、皆と戦おう』
シェードドラゴンは、既に穴だらけで回復に手一杯。
しかも回復を意味なく、形を保っているのかも怪しい。
『解除』
シェードドラゴンが解除される。
シェードドラゴンは、影でドラゴンの形代を作り、操る仕組みだ。
そして剣墓標は、あらかじめ用意していた情報をその形代に適応させている。
カケラの『龍神』の権能の効果と似たようなものだ。
情報さえ用意できればいい。
その情報が例え、つくられたものでなくとも構わない。
ドラゴンの情報。或いは、それが――――――龍の情報でも構わない。
両者は、同系統で上位と下位の違いなのだから。
さて、この技は、先も挙げた通り『龍神』に似ている。
カケラは以前戦った、地龍や水龍を忘れていないのだ。
だから、【地龍】や【水龍】が使える。
さて、これからカケラは、何をする?
影が膨らむ。
空へ向かって膨らむ。
それは妨害も利かずに膨らむ。
次はしぼむ。
しぼむと言うより、集まると言うのが正しいのかもしれない。
それはシェードドラゴンより大きく姿をとる。
形も違う。
翼がない。
その場の全員の視線が向けられる。
そして完成したそれも彼らを覗く。
『モード………………地龍!』
影が意思を持ったように睨んだ。
「何だ。あれは?」
ウォーがこぼす。
そして頭の中に一つの種族が浮かぶ。
『龍? いや、まさか』
現実を拒む。
それもそのはず、フィデリスドラコ王国では、聞かされない者はいない。
ドラゴンの厄介さと龍の圧倒的強さ。
ドラゴンならば、人間でも勝てる者がいる。
魔物にもごく稀に強く生まれるものがある。
だが、龍は別格。
あれは、どんな奇跡が百回起ころうとも勝てないと言い聞かされている。
その根拠に不可侵領域を挙げれば、誰でも黙り、馬鹿は帰ってこなかった。
それが目の前にいるなど、悪夢同然だ。
ウォーは、好き好んで言っていた宣言も忘れ、砲撃を開始する。
だが、それらは大した損傷を与えられない。
再現された龍の鱗にひびを入れるが、完全修復される。
『地龍の影』は、口をウォーへ向ける。
ウォーは何かの危機を感じ、動いた。
それとほとんど同時にその口から『龍の咆哮』が放たれる。
ウォーが動いていなければ、直撃していただろう。
ウォーは、顔を青ざめさせ、逃げ始める。
だが、すぐに逃亡は止まる。
もう一体の龍によって。
『水龍の影』
水球によって自由を奪われたウォーは、気絶並びに再起不能になった。
残った者たちは、その二体の怪物を見ていた。
皆、ほとんど動かない。
「イロハ、あれは何だと思う?」
メラが震えた声で問う。
「さぁ? 龍じゃない?」
イロハは遠い目で答える。
指を動かし、弦を弾いている。
だが、妖怪は目の前の怪物に憑こうとしない。
シェードドラゴンを上回る異常事態。
「今すぐ撤退を――――――」
その言葉は、すぐに途切れる。
連続した爆発音。
待機していた者たちによる魔剣の爆撃。
それらが怪物を襲う。
『『助かった?』』
その場にいた二人――――――ポーレンとメラは、そう考えた。
爆発によって舞った粉塵が晴れる。
そこには、願いに反した怪物の姿。
逃亡を始めようとしても、時既に遅し。
水龍の影により制圧される。
メラ、イロハ、ポーレン、リタイア。
ハウサは言葉を失う。
目の前の二体の怪物に。
彼は良い家の出であり、龍について聞かされている。
だからこそ、目の前の怪物が龍と結びつかない。
「ハウサ~、大丈夫か?」
カケラが助けにやってくる。
「あ~、まぁ、大丈夫。でさ、あれ何?」
ハウサが質問する。
「え~、あれは………………まぁ、スキルの産物だとでも思ってくれればいいから」
カケラは正体を濁す。
ハウサは直感した。
『詮索しない方がいいやつだ。これ』
ハウサは、それ以上聞かなかった。
カケラはハウサに解呪を使う。
妖怪は、霧散した。
「サンキュー」
そう言うと、爆発音が聞こえる。
爆発の魔剣は振り続けている。
別に龍の影を狙っているわけではないので、下手をすれば二人に当たるのだ。
「じゃあ、逃げるか」
二人は、龍の影を連れて動きだした。
「これは………………」
サーチェは、『位置検索』の結果に反応する。
彼女が皆の位置を把握する時は、「転生者」という括りで検索をかけている。
そして今もその結果を把握している。
「サーチェさん、どうしましたか?」
エイダがサーチェに問う。
サーチェは、青ざめた顔で言う。
「おそらく、全滅しました」
サーチェは動かなくなった位置情報から報告する。
「そうですか………………では、最後の足掻きにあれを導入させましょう」
「よしゃ!」
それを聞いていたマグは、ガッツポーズをして喜ぶ。
そして胸を躍らせながら皆で準備を始める。
この喜びようも無理はない。
それはマグたちが造った物だ。
主にマグ、ラピス、ダクトが制作に携わった。
まず、ラピスがスキル【地使い】で希少な金属を入手する。
それらをマグがスキル【設計士】で成形・変形させ、『錬金魔法』も交え、作成する。
最後に完成品をダクトがスキル【鑑定士】で完成しているか、『鑑定眼』で調べ上げた。
それらの工程で作成された物は、あくまで自己防衛用に待機されていた。
だが、クラスの大半がリタイアしてしまった今、起動させるほかない。
それは戦闘能力があり、現代で言う戦車のような物だ。
この世界での呼称は、こう言う。
「防衛機構」
その魔導仕掛けの防衛者は、起動される。
それは飾りで取り付けられた目の部分が赤く光る。
一部が変形して腕に変わる。
肩には、魔法を放つための大砲が取り付けられている。
それらは製作者の趣味で付けられた。
他にも様々なアイデアが出されたが、流石に技術力が敗れた。
それは、サーチェから渡された位置情報をたよりにカケラたちへ向けて魔法を放つ。
魔法は、発射される。
だが、すぐに空中で消える。
距離が遠いのだ。
「「「おぉぉぉ!!!」」」
それでも製作者たちには、好評だ。
ゴーレムは、歩き出す。
カケラたちへ向けて。
「何だ、あれ?」
ハウサが木々をなぎ倒すゴーレムを見て呟く。
ゴーレムの大きさは、そこまで大きいわけではない。
だが、進むたびに木々を倒して進むので、気になって、見に来たのだ。
『解析の結果、魔導式のゴーレムです。製作者は、マグです』
カケラが忘れかけていた、ソクラテスの十八番である解析を披露される。
『尚、戦闘能力は凡そ、冒険者ギルドの規定でAランク。levelとしては、5~6です』
カケラはその説明を聞いても強さが解らない。
『冒険者ランクはさて置き、levelって何だよ!』
ソクラテスに文句を言う。
ソクラテスが長々と説明を始めようとしたので、カケラはすぐに止めた。
「取り敢えず、あれは、これでどうにかしよう」
カケラの言うこれとは、龍の影のことだ。
早速、地龍の影を目の前に移動させる。
ゴーレムは動きを変える。
地龍の影は、その様子を睨んだ。
ゴーレムが地龍の影の前に立っている。
そしてゴーレムの前に地龍の影が立っている。
お互い睨むように立っている。
それは、怪獣映画を彷彿とさせる光景だ。
大怪獣に立ち向かう科学の結晶。
今回の場合、大きさのスケールも、そこまでの大きさではないし、科学の結晶ではなく、魔導の結晶だ。
それでもこれが好きな者がいる。
特撮ファンたちならばワクワクせざるを得ない。
「何か、怪獣バトルみたいだな」
「そうだねー」
別に好きではない者たちは、そこまで興奮しない。
「スゲェ、本当に怪獣バトルじゃん!」
「作ったかいがあった!」
ゴーレムの制作者は、楽しみ、喜び、興奮している。
ゴーレムを観戦したいがために皆で危険も顧みず、追跡していたのだ。
もちろん、残った全員を連れている。
このゴーレムが突破された場合、敗北は確定なので、投げやりになった結果だ。
最初に動いたのは、ゴーレムだ。
ゴーレムは、腕部を振り上げ相手へ当てる。
地龍の影は、大きくよろめいた。
体表の鱗を模倣した影の一部が砕け落ちる。
地龍の影が動き出す。
口を開く。
黒い影が覗く。
だが、その影は徐々に明るく照らされる。
高温で影を明るく照らす。
影を照らすというのもおかしなものだ。
その火炎ですらない高温のエネルギーは、口から放出される。
それは直線を描き、ゴーレムの胸部を貫いた。
ゴーレムの金属が溶け、流れ落ちる。
そしてゴーレムは、仰向けになるように倒れた。
ゴーレムは動かない。
綺麗に開けられた穴は、未だに赤く光っている。
だが、もう目は光らない。
「え? は? ゴーレムが一瞬で?」
マグは、あまりの呆気なさに現実を受け止められていない。
「おかしいだろ! 対魔法金属と不壊の鉄の特別合金だぞ! 壊せるわけないだろ!」
ラピスは、素材を理由に破壊を認められずにいる。
エグノア・マジックは、この世界での魔法耐性がトップクラスに高い金属だ。
個人が発動可能な魔法では、破壊ができないとされる希少金属である。
ショックレスメタルは、この世界でも一二を争う対物理衝撃に特化した金属だ。
破壊はおろか、変形すら難しいほどの硬度を誇る。
それらの特殊合金は、両方の性質を受け継ぎ、最強の鎧として機能する。
それが溶けた。
たった一回の攻撃で。
信じられないのも無理はないだろう。
「これは、我々の敗北ですね」
エイダがその様子を見て、言う。
「諦めて降伏しましょう」
「もう、諦めるんですか?」
サーチェが言う。
「あれを見て、まだ戦意が残っていますか?」
そう言って、倒れたゴーレムを指差す。
サーチェは首を横に振る。
「では、そこの制作陣も諦めて降伏しますよ」
エイダは、落ち込んでいる者へ呼びかける。
「はい、ほら! お二人も、元気出しましょう。また次がありますから」
ダクトが落ち込む二人を慰める。
不思議とダクトは、落ち込んでいない。
それどころか予想通りだと言わんばかりの様子だ。
そうやって、このチョットしたゲームは、終結した。
結果として、獲物側が勝利したのだが………………
「いやー、全然趣旨と違う結果になった」
先生が言う。
「あと一週間くらいかかると思ったしさ、ほぼ戦闘訓練になってるし」
それを聞いた皆は同じことを考える。
『あのルールならそりゃなるだろ!』
満場一致の意見だった。




