91話 ハウサの本能的な危機感知 ※役立ってない
ハウサは木々の間を駆け、敵の本拠地へ乗り込んでいく。
二手に分かれ、狩人側を錯乱させるためだ。
『カケラは上手くやってくれたかな~』
やってもらわないとハウサが困る。
シナルの強さは、ハウサ以上であるというのがハウサの見解だ。
シリスが敗北したことからその見解は正しい。
『でも、一人だと厳しいかも………………』
残りの相手は、戦闘要員だけでもかなりの人数がいる。
それに何よりメディカだ。
メディカの恐ろしさは、前世も今世もハウサが一番よく解っている。
『確かこっちだったよな』
ハウサはカケラに伝えられた敵の密集している場所へ向かう。
そこがおそらく敵の本拠地だろうと。
その時、ハウサの耳に聞きなじみのない音が聞こえる。
その音は、和楽器の三味線の弦を弾いたような音だ。
ハウサが周囲を警戒する前に体が重くなる。
まるで何かが付き纏っているように。
『あぁ~、やられたな』
ハウサは後悔する。
この攻撃も十分想定できたからだ。
それどころかハウサは、クラスメイトのほとんどのユニークスキルを把握している。
『次の攻撃は………………』
ハウサがそう考えたと同時に火球、土弾、ウィンドカッター、氷の粒など幾つもの魔法が飛んでくる。
ハウサの動きを封じた上で確実に仕留めるための攻撃だ。
そこでハウサはユニークスキル【誘導】を発動させる。
先の戦闘で条件を満たし、獲得したユニークスキルだ。
そのスキルによって魔法を自身から逸らす。
それは全て魔法が放たれた場所へと返す。
「何で返ってきたんだ!?」
「皆、避けろ!」
茂みの中から声が聞こえる。
「おい、お前たち。メディカでも呼んで来い」
そう大声で言い放つ。
依然として動けないままだが、威圧を感じさせるその一言で奇襲を仕掛けた者たちは逃げ帰って行った。
狩人側の本拠地にてメディカが不満気に報告を聞く。
「シナルさんが負けた? 反魔まで送ったと言うのに?」
「はい、何らかの結界に入れられ、気が付くとシナルさんが倒れていました」
その報告でメディカの表情がさらに険しくなる。
魔剣「反魔」は、自陣営最強格の魔剣だ。
その効果も唯一無二の魔法への特効。
それを持った前世から剣道を修めていたシナルが敗北した。
本来の計画では、ありえないことだ。
計画に狂いが生じた。
不機嫌にもなるのも当然なのだ。
「何で! 何で! 何で!」
メディカがストレスのために両腕を上げ、膝に何度も叩きつける。
「メディカ様! 落ち着いてください」
そばでエイダがメディカをなだめる。
そこへ丁度、ハウサから逃げ帰って来た者たちが到着する。
「メディカさん! ハウサが………………」
全てを言い終わる前にメディカは立ち上がる。
剣を握り、鬼のような顔になる。
「ハウサぁぁぁぁ!」
怒りとストレスを込めた声でハウサの名前を叫ぶ。
そしてそのまま陣営を飛び出し、ハウサを迎え撃ちに行った。
「メディカ様!」
エイダがその後を追う。
陣営に残された者たちは、何が起こったか解らないまま取り残された。
ハウサは、何とか妖怪から逃れる。
【誘導】の『意識誘導』を使い続けて妖怪を引き剥がしたのだ。
カケラの時と違い、憑いていた妖怪が一匹だったために可能な手段だ。
ハウサは体を軽く動かしストレッチする。
体が軽く動き易い。
『大見得を切ったのは、いいけど………………何か嫌な予感がするんだよな』
その感覚は、ハウサの本能から来るものだ。
自身に迫りくる危機を感知する感覚。
スキルとは一切関係が無く、ハウサの経験から備わったものだ。
そしてこの時の危機とは、言わずもがなである。
ハウサは、その本能に従い、周囲を警戒する。
すると遠くから誰かが走ってくることが解る。
ハウサの嫌な予感が強まる。
その誰かとは、彼のよく知るメディカだ。
それはクラスの誰よりもハウサの知るメディカ。
あの状態で何度八つ当たりされたかは、ハウサ自身覚えていない。
ハウサの意思と関係なく体が身震いをする。
「ご機嫌斜めみたいだね。メディカ」
ハウサが話しかける。
「うふふ、そうね。だからちょっと付き合ってくれないかしら? ハウサ?」
『俺、死んだかもなぁ~』
ハウサは自身の死期を悟る。
メディカの顔は、鬼が化けたような女神の表情をしている。
つまり、普通に怒っている時より怖い。
メディカが剣を構える。
その剣は魔剣であり、反魔の対に当たる。
魔剣「転魔」。
この魔剣の効果は、メディカでなければ十分に発揮することができない。
メディカは、その魔剣を持ち、ハウサに向かって斬りかかる。
ハウサは、その斬撃を回避する。
【誘導】を獲得したためその回避精度も格段に上がっている。
だが、メディカは剣を振るい続ける。
そしてハウサの一瞬のミスにより脚へ剣先が掠る。
その木の枝でも付けられるような傷は瞬時に消える。
ハウサもその事に気が付いている。
そして次の瞬間、ハウサの脚の傷があった場所の周辺が崩壊する。
それは壊されたより、自ら壊れた方が正しい。
魔剣「転魔」の効果は反転である。
傷は癒え、再生は自壊に変わる。
これだけでは、そこまでの脅威にはならないが、メディカには【医者】がある。
その機能『治療』は、相手に【高速再生】を付与する。
その付与には相手の了承を得る必要はない。
それと合わさることでその魔剣は凶器に変わる。
言わば高速自壊。
「殺意高くない?」
ハウサが冷や汗をかきながら言う。
「大丈夫、大丈夫、誰も止めに入らないということは、続行可能だから」
そう言って攻撃を再開する。
ハウサは一度も攻撃に当たることが許されない。
当たった場所が自壊し始める斬撃。
先の攻撃で脚の感覚も鈍くなり、動きの切れも無くなっている。
ハウサは苦肉の策として魔法を撃つ。
メディカは避けることなく、その魔法が直撃する。
だがその傷は、瞬きをすると治っている。
メディカは自身にも『治療』を使い、傷を治している。
『どうしたものか………………』
ハウサの頭が痛くなる。
メディカの『治療』には一つ弱点がある。
それは魔力の消費だ。
付与するたびにそこそこの魔力を使用している。
つまりこの攻撃も無限ではないのだ。
『それだと楽なんだけど………………』
メディカが一人であればそれが最善手だろう。
だがメディカは一人ではない。
戦いに直接的な干渉をしていないが、近くにエイダが控えている。
エイダのユニークスキル【専属】。
その効果は、対象一人への支援だ。
『魔力譲渡』で魔力を渡す。
他にも機能が一つあるが、この勝負では大して役立たないので除外する。
人間二人分の魔力は多く、この攻防があと何時間も続くだろう。
『魔力切れは考えるだけ無駄、こっちからの攻撃も無意味………………』
王手である。
諦めることもないが、現状勝てないものには勝てないのが現実である。
もしかしたらこのまま避け続けていれば、新たなスキルを獲得して大逆転! 何てこともあるかもしれないが、あまりにも神頼みすぎる。
二度目の奇跡が起こるかは賭けである。
『んな神頼み、二度もするかよ!』
ハウサは心の中で一蹴する。
表での表情は変わっていない。
そして懐から奥の手を取り出す。
それは武具などではないが、強力な武器となる物。
ハウサは懐から一冊のノートを取り出した。




