87話 勝敗
ハウサは剣を抜き、魔物たちを相手取る。
だが、不利も不利。数の利が相手にある以上、ハウサは苦戦を強いられる。
魔物たちを従わせているのはトレイであり、そのユニークスキルは【飼育】。
トレイの動物好きが故のスキルである。
その機能は、『フレンドリーアニマルズ』と『ゲージ』。
『フレンドリーアニマルズ』は魔物との簡単なコミュニケーションをとり、協力を仰げるという効果で『ゲージ』は魔物に了承を得ることで空間収納に入れることができるというものだ。
これらの機能を使いこなすには、魔物との友好関係が必須であり、それさえ乗り越えれば、軍隊レベルの脅威になりうる強力なスキルだ。
ハウサを追い詰めるには、非常に相性のいいスキルだ。
ハウサは、一対一が得意であり、集団戦は得意ではない。メディカもそれがよく解っているのだ。
『これガチじゃん。ストレス溜まってたのかな………………今度労うか』
ハウサはそんなことを考えながら追い詰められていく。
この状況では、【魅了】を使っても大して効果はない。
『でも、こいつらより注意しないといけないのが……………………』
ハウサが魔物などお構いなしに大きく後ろへ下がる。
少し前までハウサのいた空間を鋭い物が通過する。
それは剣の絵だ。
まるで空中に描かれたそれは本物と同じように切れ味がある。
これこそが警戒すべき物、もう一人のブルーシュのスキル【絵描き】だ。
このスキルの機能は、ただ一つ『絵の物』。
その効果は紙に絵を描くと紙がその描いた物に変化するというものだ。
絵が精巧であればあるほど描かれた物とそん色ない性能になる。
要は紙が尽きるまでこの絵の雨が発動可能だということだ。
『この調子だと二人の所も似たような感じになってるだろうし、応援は期待できないな』
こんな状態でもハウサは冷静さを失わない。
『王手かけられたなこれ』
だからと言って、現実を正しく認識するだけである。
『詰む前にどうにかしないと』
認識したからと言って、潔く負けを認めるわけではない。
〈熟練度が一定値に達しました。EXスキル【危機感知】を獲得しました〉
ハウサの反応速度が一段と上がっていく。
この間にもEXスキルの熟練度が上昇して既存のものの性能が向上し、新しいものまで手に入れている。
それにより生まれたコンマ数秒の余裕。その短い時間は、【思考加速】によって十分な時間に変わる。
『よし、これで行こう』
ハウサはこの危機を乗り越えるための作戦を決定した。
「上手くいってる?」
ブルーシュがトレイに聞く。
「うわぁぁぁん」
トレイはずっと泣いている。
「いい加減慣れなよ。魔物たちが可哀そうだからって泣いてばかりじゃだめだよ。ほら、しっかり統率を取って」
トレイは渋々、魔物たちの統率を取る。
その間、ブルーシュは紙に絵を描く。
どれもリアルな剣や短剣、ハサミなどの絵だ。
これらを空から落とす。
逃げ場はない。
二人は勝ちを確信している。
そしてそれは実行される。
それらは実態化し、地上へ落下する。
『『勝った!』』
そう考えた矢先、ハウサが不意に人差し指を天へ向け掲げる。
そして一言。
「はい、注目!」
その言葉が発せられた瞬間、落下する刃物がハウサへ向かって飛んでいく。
二人は正気を疑う。
ハウサは涼しい顔でそれらを回避する。
さて、勢いの付いたそれらはどこへ向かう?
「あっ、不味い!」
トレイが気が付き焦る。
先刻の『注目!』で向けられたのは、刃物だけではない。
魔物たちは制御を失い、ハウサの居る方向へ一斉に向かう。
刃物の飛んでくるその方向へと。
魔物たちの脚、腹、顔、脳天に刃物が突き刺さる。
その光景に二人は声がでない。
いつの間にか目の前にハウサが立っている。
「はい、王手」
ハウサが宣言すると、二人はすかさず答える。
「「参りました」」
二人の作戦は失敗し、ハウサのコンマ数秒が勝利した。
シリスは、剣で拳を防ぐ。
『何と重い!』
心の中に考える。
ユニークスキル【曲芸師】。
機能は、『アクロバティック』。
簡単に説明すると、空中を蹴ることが可能になるという機能だ。
そのシンプルな機能は実に厄介、一般的な武術への対処方法をことごとく根本から見直さねばならなくなる。
そして彼女が持つEXスキル【打撃強化】により、その厄介さが際立つ。
シリスが対処に困っているともう一人が仕掛ける。
『あれは本当に不味い!』
シリスが焦る。
もう一人――――シナルは、剣を構える。
彼女のスキル【剣道】は、二つの機能があり、それぞれ攻守に長けている。
『籠手』は守りに長け、発動中は常に鎧を纏っているように身体が守られる。
『踏み込み』は攻めに長け、踏み込んだ直後の行動が加速するというもので、予備動作があるだけマシだ。
だが、シリスが考える脅威は、別にある。
シリスは急いで覚えたての『防御魔法』を行使する。
その上で攻撃を回避する。
シナルが『踏み込み』を使い、剣を振るう。
その斬撃は強力な物で『防御魔法』にひびを入れた。
そしてその直後、『防御魔法』が砕け散る。
これこそ彼女の脅威。二回攻撃である。
それはスキルなどから来たものではなく、剣が根源だ。
その剣の名を魔剣「行き走り」。
クラスメイトである「マグ」の制作した魔剣だ。
その魔剣の特殊能力は、二回目の連撃の発生だ。
一回目が命中すれば、二回目が同一箇所に発生する。
厄介極まりない。
『聖結界…………いや、この場合は意味がないか………………』
否、魔法の使用が出来なくなる分むしろ自滅に繋がる。
『神聖なる一撃』ならば一掃が可能だろうが、発動までの詠唱時間が足りないだろう。
シリスに残された手は数少ない。
『しかたがない、賭けましょう』
シリスは半分諦めて、行動を開始する。
それは『属性付与』の応用。
付与するのは、以前も行った火属性、そして水属性だ。
火と水、そう狙うは水蒸気爆発だ。
『属性付与』でそれが起こるかは本当に賭けである。
シリスは覚悟を決め、剣を構える。
そして二名が最も近づいた瞬間、発動させる。
『お願いします。龍神様!』
シリスは神頼みをした。
「委員長………………」
シナルはシリスに問いかける。
「元です。何で皆さん、間違えるんでしょうか?」
ハウサが天を仰ぎながら言う。
結果を言えば、シリスは賭けに勝ち、水蒸気爆発が発生した。
だが、勝負に負けた。
水蒸気爆発もどきでは、『籠手』で軽減される。
「負けました」
シリスが言う。
「それでは………………」
シナルは爆発で伸びたサーカを担いで去っていった。
シリスは仰向けに倒れる。
両手で顔を覆う。
数分後、ハウサがやってくる。
「どうしたの、元委員長?」
「負けました。そちらは?」
「一応、勝ったよ。でも負けを認めたってことは、もうカウントされただろうね」
ハウサの言うカウントとは、この授業でキラボシが行うカウントだ。
敗北を認めたものは狩られたことになり、一切の戦闘ができなくなる。
「それでは、頑張ってください」
シリスは悔しい思いを飲み込み引いていった。
『さて、カケラの方は大丈夫かな? 負けてたら一人でかなり厳しいんだけど………………』
ハウサは、カケラの向かった方向へ歩き出した。




