83話 決勝戦
「それでは、決勝戦、開始!!」
モルベイの宣言が観客たちに届く。
それとほぼ同時にシリスが動く。
カケラは、風魔法『ウィンドカッター』を使おうと手を向ける。
弱体化の影響にて威力や発動時間が大幅に低下した『ウィンドカッター』だ。
魔法は少し時間がかかったが、発動する。
普段、発動する『ウィンドカッター』より遅い。
シリスは、それを簡単に避ける。
シリスは避けた後で火球を放つ。
カケラはそれを竜剣で払いのける。
そしてカケラは『影の手』を出す。
こちらも弱体化されているため、手は一本のみだ。
一本の『影の手』がシリスに迫る。
シリスは『影の手』を回避する。
『影の手』を避けた直後、シリスは足を止める。
そして、その場で祈るように両手を握る。
『報告します。神聖魔法『聖結界』です』
カケラの脳内でソクラテスが報告する。
それとほぼ同時にそれが展開される。
薄く神秘的な結界がステージ全体に広がる。
追撃しようとしていた『影の手』はその結界に包まれると、何も無かったかのように消え去る。
その結界がカケラを包むと、全身に重りを付けられたような感覚に襲われる。
『追加で報告します。『聖結界』の影響により魔法、ユニークスキル【斥力】、【隠密】、【風の者】が使用不可、もしくは大幅の効果の低下がかかりました。さらに肉体への弱体化がかかりました』
カケラは報告を聞いてすぐに考える。
シリスは本気できていると。
カケラは試しに魔法を発動しようとするが、発動する気配はない。
スキルも同様で弱まっているか、全く使えないかだ。
カケラは少し焦った。
『ソクラテス、これって結構不味い?』
『かなり不味いと思います』
カケラは頭の中でソクラテスとそんなやり取りをする。
『ですが、『聖結界』の内部にいるかぎり魔法などは使えなくなります。それは発動者も例外ではありまん。よって近接戦に持ち込むことをお勧めします』
カケラはその提案を聞き、剣を両手で握る。
それと同時にシリスも剣を構える。
次の瞬間には、両者の剣が衝突して火花が散っていた。
両者は剣を振るう、だが相手に刃は届かない。
『ソクラテス、奥義って今使える?』
カケラは剣を振るいながら質問する。
『使用自体は可能ですが、威力、速度は低下します』
ソクラテスは答える。
その答えは、カケラにとって少し残念な答えだった。
『でも、しかたがない。ソクラテス、補助してくれ』
ソクラテスは弱体化を割り切ってソクラテスに命じる。
「龍王流―――奥義『八頭斬下・地跳ね』」
カケラは、そう呟いて剣技を繰り出す。
速さは、かなり遅い。
『思考加速』を使うと全く動いていないように見える。
シリスにその刃が届こうとした瞬間、シリスは剣を使い八回の斬撃の内、五回を防いだ。
シリスに三つの切り傷が付く。
だが、大したダメージにはなっていない。
【斥力】が使えない為の威力の低下は相当なもののようだ。
「やはり、カケラ君の技は凄いですね。五回しか防げませんでした」
カケラは、心の中でこいつは何を言ってるんだ? 五回も防いだろ、と文句を言う。
「シリスも凄いよ」
カケラは本音でそう言う。
「ですが、速さも切れ味も準決勝より落ちていますよ? 『聖結界』の効果ですか? それとも別に理由があるのですか?」
シリスが痛い所を突いてくる。
シリスは感が鋭い。
『ソクラテス、打開策はある?』
『考えますから、回避や受けに専念してください』
カケラはその提案に従う。
反撃はせず、相手の剣を受け、斬撃をもらわないことに重点を置いて動いた。
傍から見れば、カケラが押されているように見える。
カケラは、ソクラテスに急いで欲しいと思った。
『思考が終了しました』
しばらく経つとソクラテスが言った。
カケラは内心で歓喜する。
これでようやくこの勝負に勝敗がつく、と思ったからだ。
『それでソクラテス、この状況から抜け出すための作戦は?』
カケラが期待しながら聞く。
『まず、この『聖結界』ですが、発動中は常に魔力を消費し続けます』
『うん、それで?』
『魔力は、個人差がありますが、保有量が決まっています。つまり、魔力が尽きるのを待てばいいのです!』
ソクラテスは自身満々に言う。
『なるほど! それでシリスの魔力が無くなるには、あとどれくらいだ?』
カケラが希望に胸を躍らせながら問う。
『………………あと最低でも10分以上だと予想できます』
『10分!?』
カケラはその答えに驚愕し、気を落とす。
『シリスってそんなに魔力を持っていたのか?』
『『神聖魔術』の場合、消費魔力は信仰の強さによって免除されます。他にも詠唱を行ったり、媒体を使用することでも威力や効果の上昇、消費魔力の免除がされます。それが魔術です』
『…………僕が知ってる魔術とは、若干違うんだけど?』
カケラが疑問に思う。
『それは、そもそもの認識が間違っています。記憶の閲覧情報から勉強不足が原因だと考えられます』
ソクラテスが呆れて、機械のように答える。
『記憶の閲覧情報って残ってるの!?』
カケラは、関係のない所に食いついた。
ここまでシリスの勇者と共に立てた計画は、順調に進んでいる。
『聖結界』を発動させ、スキルや魔法を封じ近接戦に持ち込んだ。
『聖結界』の持続時間も残り魔力も計画の通り。
上手くいきすぎて、少し不安になるほどだった。
それでもシリスは一切の油断をせず、手を抜かない。
作戦は次が最終段階なのだから。
この計画の最後は、シリスによる最高の一撃によって終わる。
もしもこの一撃が失敗した場合、シリスは敗北する。
シリスは、頃合いを見て、その一撃を発動させるために構えをとる。
その構えは、隙だらけで正面から攻撃することが可能だ。
だが、シリスは、あえてこの構えをとる。
カケラへの一種の挑戦状として、正々堂々と。
「カケラ君、これが私からの最後の一撃です!」
シリスは、構えたまま言い放つ。
両手の指が交互に重なるようにしっかり握る構え、それは『聖結界』を発動させた時と同じ祈りの構えだ。
『報告します。彼が発動しようとしている魔法は、神聖魔法・神撃『神聖なる一撃』です』
ソクラテスが断定する。
『解った。受けて立とう』
カケラは何の迷いもなく、そう判断する。
それはシリスへの敬意とその技への好奇心による判断だ。
カケラは、それが放たれる瞬間を待った。
まるで奇跡を目の当たりにするかのように黙って見入った。
シリスは、両手を握り、神聖魔法を行使する。
本来ならば足りない魔力を魔術にて、祈りの構え、詠唱を組み込み、発動までこぎつける。
勇者からの助言を丸々取り入れた作戦。
そして今、その作戦が完遂される。
この魔法の発動までが作戦であり、勝利までは含まれていない。
そしてその魔法は発動される。
神々しい光がカケラに浴びせられ、それと同時にとてつもない物理的な衝撃がカケラの肉体を襲う。
その衝撃は、カケラがこの世界で受けたどの攻撃よりも強烈だった。
ドラゴンの鱗だろうと砕くことができるだろう。
もし、人間が受けたのなら、まず無事ではすまされない。
その威力の攻撃をシリスが使用したのにも理由がある。
原因はキラボシである。
キラボシがシリスに容赦はいらないとアドバイスをしたのだ。
真の威力を知ったシリスは、内心本気でカケラを心配した。
シリスは、衝撃によって巻き上がった砂煙の方を見る。
煙が晴れたそこには、ボロボロになったカケラが立っていた。
カケラは手に持つ剣を杖のように使い、何とか立っていた。
シリスが負けを覚悟した瞬間、カケラの体が重心を見失ったように揺れた。
そして後ろへ倒れていった。
シリスは信じられないような、ありはしないだろうと諦めていた光景を見る。
カケラは地に倒れ、シリスは立っている。
「決着! 決着! 決着! 勝者ウィステリ シリス!!」
全員にそう宣言される。
それは観戦していた全員が認識していることだ。
次に会場に響いたのは、シリスに向けられた称賛、歓声、栄誉を称える言葉の数々だった。
それが耳に届くとシリスは、緊張の糸が切れたように疲労感に襲われ、まぶたが重くなる。
シリスは、魔力が空であり、これはその症状だ。
シリスは、カケラと同じように倒れ眠りについた。
シリスが運ばれた頃、カケラはまだ倒れて空を眺めていた。
『神聖なる一撃』を受け、耐えきったはいいが、あまりの威力に立つことができなかったので、そしてこのままでは生命に関わるとソクラテスが判断し、シリスの勝利がモルベイの口から宣言された瞬間に弱体化を解除。
さらに【再生】に権能を使って、熟練度をため、性能を強化した。
『いやー、楽しかった』
カケラは、口に出さず心の中で言う。
ソクラテスは、返事をしない。
しばらくすると担架が運び込まれ、シリスに続いてカケラも運ばれる。
担架が闘技場の通路に入った時、カケラは寝た体勢から起き上がる。
「え?」
担架で運んでいた人も驚く。
カケラは、そのまま担架から降りる。
「もう回復したので、ありがとうございました」
そう言って、その場から去ろうとする。
「え? え?」
救護の人は、担架を持ったままその場に立ち尽くした。
※魔術の認識の違いは、後付けではありません(後付けだと思ってもらってもかまいません)




