82話 決勝に向けて
カケラは目を覚ます。
今日の夢でも、ハザデスやバラシャダが出てくることはなかった。
窓の外を見ると、朝日が光の破片のように差し込んでいる。
カケラが起き上がり、今日の支度を開始する。
今日は特別な日。
国でも人気の学園の闘技大会。
その決勝戦である。
本来の大会の進行であれば、今日が準決勝と決勝を行う予定だったが、選手の大半が棄権するというトラブルが発生し、準決勝が前倒しで行われたのだ。
なので、最初から決勝戦である。
カケラが支度をしていると、ソクラテスが話しかけてくる。
『カケラ様、おはようございます』
『ソクラテスか、おはよう』
カケラはソクラテスと挨拶を交わす。
『それでは、睡眠のデータがありますが、お聞きになりますか?』
『いや、それはいい』
カケラはソクラテスを制止する。
カケラからすれば、睡眠の情報は別にどうでもいいのだ。
『解りました』
『報告はいいけど、データの収集は続けてくれ』
『了解しました』
そんなやり取りをを脳内で済ませると、丁度支度が終わり、部屋を出る。
そして昨日と同じ闘技場へ向かう。
道中に特筆すべき点はなく、昨日と同じである。
カケラが闘技場に到着すると、一つ違和感を感じた。
一般の観戦席はそれなりに埋まっているが、生徒用の観戦席がほとんど空席なのだ。
カケラは理由を考えた。
今日は一度教室に向かうなどのことはなく、観戦席に直行でいいはずだ。
カケラが考えていると、ソクラテスが呆れたように推測を披露する。
『おそらく、今の時間帯は、ほとんどの生徒が朝食を食べているものだと考えられます』
カケラはその推測に合点がいった。
カケラはよく食事を取り忘れる。
これは記憶力などの問題ではなく、カケラが龍神になったことによって食欲が希薄になったからである。
神は食事を必要としない。
食事をするのは、単に味覚を楽しむなどの目的がある場合のみである。
カケラは今更食堂に戻るのも必要がないと、観戦席に座った。
カケラが座った頃、食堂にてシリスは朝食を口に運んでいた。
何も考えずに黙々と咀嚼する。
彼の頭の中には、今日の決勝戦のことと昨日のとある地獄が上映されていた。
昨日、寮に戻ろうと歩き出すと、急に肩を掴まれ引き留められた。
その正体は、勇者キラボシである。
キラボシは彼を担ぐとそのまま訓練場へと連れ去り、地獄と形容できるような特訓を行ったのだ。
疲労困憊で倒れても、回復系の魔法で即回復され、再び地獄が始まる。
一種の拷問である。
キラボシはシリスとカケラの白熱した戦いを見たいがために行ったが、シリスはトラウマになっていた。
「シリスさん、大丈夫ですか?」
シリスを心配してダクトが声をかける。
「…………………………です」
「え?」
シリスの言った言葉が聞き取れずダクトが聞き返す。
「死ぬより恐ろしいことなんてないと思ってたんです」
「?…………はぁ、そうなんですか」
「でも、私が甘かった。地獄はあったんですよ。尤も、かの龍神が魂を導いた先ではありませんが」
そう言って、静かに笑い出した。
ダクトは、不味いと思い、その場から離れた。
『以上が制限下での能力です』
カケラはソクラテスの説明を聞き終わった。
何の説明かと言うと、弱体化の話である。
決勝戦をするにあたって、自分の能力に制限を設け、僕はその能力のみで戦うという、ゲームのようなものだ。
身体能力を落として、スキルの出力も低下、そして権能と一部スキルの使用禁止が主な弱体化だ。
今までの試合はその制限がなく、簡単で面白味に欠けた。
だが、これならば全力で楽しむことができるのだ。
カケラは周囲を見回す。
観戦席は少しずつ埋まってきている。
『まだかな~』
カケラは心の中でそう呟いた。
『ひゃほーい!』
学園内のとある場所にて今日の決勝戦を楽しみにしている者がいた。
その者は興奮のあまり、目の前の岩を剣を切り刻む。
岩は豆腐のよう刃が通って、幾つもの石になった。
そしてその者は、その場で飛び跳ねる。
テンションが高く、人が見れば町一つ分ほど後ずさる光景であった。
その者は剣を鞘に納め、スキップで闘技場へ向かう。
その者の名をキラボシ、周知の事実だが魔王を倒した勇者である。
闘技場に人が押し寄せる。
それは生徒であったり、見物客であったりだ。
観戦席は満席、昨日に増して盛り上がっている。
観戦席には、カケラとシリスの姿がない。
二名とも念のため早めに準備をしに行ったのだ。
特にカケラは、一度遅刻をしているので、観戦席が埋まるより早くに向かったのだ。
生徒たちは、決勝の主役たちの入場を心待ちにする。
3、2年からすれば今年の闘技大会は異例であった。
例年であれば、1年生の出場者は多くとも二名ほどで出番も無く、初戦敗退が普通だった。
だが、今年はその1年生が異例の強さを見せつけ、決勝にまで勝ち残った。
2、3年も聞いていないと棄権するほどだった。
「それでは皆様! これよりお待ちかねの決勝戦を開始いたします!」
モルベイの声が音響魔道具により闘技場全体に響き渡る。
「最初にステージに上がるのは、この男だ!」
そう言って、モルベイは一つの入り口を示す。
その入り口から一人の選手が入場する。
腰には剣を納めており、片手には一冊の本を持っている。
「数多の魔法を行使し、対戦相手から勝利をもぎ取った、期待どころか尊敬すらできる一年生! ウィステリ シリス~!!」
シリスはステージに上がり、定位置まで歩いた。
「続いて入場するのは、この男だ!」
モルベイはそう言って、先ほどとは反対方向に位置する入り口を示す。
その入り口から一人の選手が入場する。
手には何も持っておらず、手ぶらで前へと進む。
「初戦から過去類を見ないような入場の方法をとり、その剣技にて全ての敵を倒した天才! それと同時に家系も不明な謎に包まれたミステリアスな奇才! ミチビキ カケラ~!!」
カケラは、ステージに上がり、シリスの前へと一歩一歩、歩みを進める。
そして両者が向かい合う。
「カケラ君、正直、私では、あなたに勝つことなど不可能だと考えています」
シリスはそこで一息を吐く。
そして言葉を続ける。
「ですが、勝つ気で挑みます」
シリスが真剣な眼差しで言う。
「お手柔らかに」
カケラはそう返し、『空間収納』から竜剣を取り出す。
それを見て、シリスも鞘から剣を抜き、構える。
「それでは、決勝戦、開始!!」
その合図により、決勝戦が始まった。




