69話 第一回戦
シリスは深呼吸をして、息を整える。
彼が今いるのは、学園の闘技場のステージへの入り口だ。
何故、ここにいるのか?
それはこれから行われる闘技大会の一回戦目の出場選手に選ばれたからだ。
対戦相手は、「武術の申し子」と称された3年生の「アルバート ロイ」である。
シリスは、アルバート家について聞いたことがある。
アルバートの一族は代々続く貴族で家から出た者はほとんど国の騎士団に入団する。
そしてほとんどの場合、入団して一年ほどで隊長にまで上り詰める。
まさに戦闘に特化した家系なのだ。
さらに厄介なことに脳筋に思える歴史のあるこの一族は頭も良く、武術を使いこなすのだ。
しいて欠点を上げれば代々魔力が人並み以下だということだけだ。
対戦相手の情報を思い出し緊張や不安を紛らわしていたシリスの耳に、実況者の自分を呼ぶ声が届く。
シリスは再度深呼吸をする。
息は整い、脳に酸素が供給されているのを感じ、緊張をほぐす。
大丈夫、自分はしっかりと準備をしてきた、と自分に言い聞かせ一歩踏み出す。
そして前を見て、ステージに向かった。
ステージへ出てくると少し前まで薄っすらと聞こえていた歓声が、シリスの耳にハッキリと届く。
ステージの中央には、先に呼ばれていた対戦相手が立っていた。
「よう! お前がウィステリ シリスか?」
「えぇ、私がウィステリ シリスです」
「そうか、知ってると思うが俺はアルバート ロイ、3年生だ」
「存じています。今回の試合はよろしくお願いします」
そう言ってシリスは少し頭を下げ、お辞儀をする。
そして両者は各々の構えをとった。
ロイは拳を握りしめ前に出した。
シリスは腰から剣を抜き手に持った。
その時に丁度、試合開始の宣言が鳴り響き、両者は動く。
だが、動く方向は違う。
ロイが正面から挑むように向かうのに対して、シリスは後ろへ下がり距離を取る。
距離を取りたいシリスの動きは残念なことにロイより遅い。
それは純粋な身体能力の差。
そしてEXスキルの熟練度の差である。
シリスはここ数日で【脚力】を獲得していた。
そしてロイもまた【脚力】を所持している。
一見、どちらも同じに聞こえるが、実際にはロイの方が優れている。
シリスは数日分の熟練度、対してロイは数年分の熟練度。
その差は結果を見れば歴然であった。
シリスに向けて拳が飛んでくる。
シリスは避け切ることができないと判断して剣で受ける。
拳が剣にぶつかり、その衝撃はシリスへと伝達された。
シリスは後方に飛ばされた。
シリスは反撃のために自身のユニークスキルを発動する。
ユニークスキルにより、行使された魔法は、火魔法の火球だ。
火球はロイに向け放たれ、ロイはその火球を易々と避けた。
だが、シリスの撃った火球はその一発だけではない。
ロイが一発目を避けた瞬間、何発もの火球がロイに向けて放たれる。
ロイもこの数、全てを避けることはできないため、少しでも数を減らそうと距離を取る。
その間にシリスは立ち上がり剣を構える。
そして、つい先日覚えたばかりの属性付与を行使する。
付与された属性は火。
刀身は燃え上がり、火に包まれた。
その様子を見たカケラは、過去で見た魔剣イグニスを思い出した。
つまり、あの剣は今、純粋な剣の出来を抜きにすれば、魔剣と同様の性能を発揮しているのだ。
シリスは先ほどまでとは裏腹にロイに接近する。
火球を回避したロイに向けて、燃える剣が振るわれる。
あと数㎝で刃が届くというところでシリスは目を疑った。
ロイは拳でその剣を受けたのだ。
シリスは剣を受けられるとすぐに後ろに下がった。
ロイの手の甲には剣による切り傷が付いており、その周囲は少し赤くなっている。
シリスは目を疑った。
浅い切り傷しかないのだ。
本来、鉄で打たれた剣であればもう少し深い傷ができるはずなのだ。
それにその周囲が赤くなっていること、あの火の温度は高く、赤くなる程度ではないはずなのだ。
シリスは原因を考えた。
『威力が弱すぎたか?』
否、威力は申し分なかったはず。
『では、防御魔法で守られたのか?』
否、防御魔法が展開されていれば、剣の切り傷などつくことはない。
『では、耐性系のスキルか?』
この可能性が高い。
シリスはそう結論付ける。
だが、そうだとすると、目の前の男の耐性スキルはかなりの熟練度だということになり、自分の数倍はあるということだ。
絶望的な状況。
だが、シリスはまだマシだと考える。
『勇者様に比べればまだ、勝算はありますね…………』
それは誰が聞いても「比べる相手が悪すぎる」の一言に尽きるような考えだった。
ロイはこの間にも接近してきている。
シリスは剣を構えるのを止めて、水蒸気爆発の準備を始める。
勇者には効かなかったこの魔法は今シリスの行使できる魔法の中では、二番目の威力を誇る。
チャンスは攻撃の時。
ロイが拳を振る瞬間。
チャンスを逃せばロイはそれを警戒する。
つまり一回限りの必殺技同然。
シリスは以上の考えを数秒で行った。
それによって熟練度が溜まり、世界からのアナウンスが聞こえてくる。
〈熟練度が一定値に達しました。EXスキル【思考加速】を獲得しました〉
シリスはそれを聞くと、迷うことなく発動を念じる。
今は少しでもプラスの要素が欲しいのだ。
ロイはもうあと1mほどの距離まで迫ってきている。
そしてロイが拳を振り上げる。
シリスは【思考加速】により、慎重に見極める。
前のように火魔法と水魔法の複合魔法が発動する。
ロイは至近距離でその爆発を受け、吹き飛ばされる。
そして発動者であるシリスもその反動を受け、その場に座りこむ。
シリスはすぐにロイの方を確認する。
視線先ではロイが地面に倒れている。
モルベイが近寄り、状態を確認する。
「アルバート ロイ、ダウン! 勝者ウィステリ シリス!」
その言葉を聞いて、シリスは安心して肩の力を抜いた。




