67話 シリス、教えを乞う
今日は実にいい日だ。
授業がない。
と言うか、大会に向けての各自特訓になったので、今日以降はこの調子だ。
要は毎日、自習である。
別に授業が嫌いとは思わないが、それでものんびりとできるのは気分のいいものだ。
今は食堂で紅茶を飲んでいる。
外を見ると木に小鳥が二羽とまっているのが見える。
実際には聞こえないが、小鳥のさえずりが聞こえてきそうである。
「頼む! カケラ君、私に剣術を教えてくれ!」
そんな穏やかな雰囲気を叩き割るようにシリスの声が耳に響く。
「………………話は、聞きましょう」
僕はシリスを向かいの席に座らせ、事情を聞く。
「要件は、先ほど言った通り剣術を教えてもらいたいということです」
シリスはとても真剣な顔で言う。
「それは解りました。でもシリスは、剣術を使えますよね?」
僕が授業で見た限りでは、シリスは剣術を使えていたはずだ。
その疑問について聞くとシリスはこう答える。
「確かに基礎的なものはできますが、これだけでは足りないのです。このままでは大会で不利になることも考えられるでしょう。なので今よりマシにするため剣術の指導をしていただきたいのです」
いや、あのスキルがあれば剣術がそこそこでも戦えるでしょう。
「まぁ、事情は理解しました。でもあのユニークスキルで剣術も使えるようにはならないんですか?」
僕の記憶が正しければ、【板書】を使って技術を習得、そしてそれを行使することができたはずだ。
「それができないのから困っているんですよ。おそらく、書き込めばいいのでしょうが、剣術なんてどうやって書けばいいのか。難しすぎて一文字も書けないのです!」
そりゃあそうか。
書き込めなければ発動できないのは当然か。
「分かりました。ではこちらからも交換条件をつけさせていただきます」
「分かった。できる限りのことはしよう」
その言葉を聞いて僕は条件を提示する。
「条件は、シリスが使える魔術を教えること、です。どうですか?」
シリスは悩むまでもなく、即答する。
「それぐらいならできます。それでは早速、訓練場に向かいましょう」
と言って席を立つシリス。
「………………僕は昼食食べたけど、シリスは食べたの?」
そう聞くとシリスはこう答える。
「それより、剣術を!」
僕はシリスのことを買い被っていたのかもしれない。
場所は毎度お馴染みの訓練場。
今日は人がいつもより少ないように感じる。
「それでは一度、私の剣術を見てください」
シリスが木刀を握り構える。
そして剣を振るう。
その速度はキラボシと比べてとても遅く感じる。
技術としても低いとまでは言わないが、そこまでである。
「どうですか?」
シリスが聞いてくる。
そんなことを言われても僕はスキルでズルをしただけなので、特にアドバイスできることはない。
それに僕が使っている剣術は【斥力】ありきの技術であって、似たようなスキルか魔法が使えなければ再現はできない。
そうやって次の言葉を悩んでいると、突如一つのアイデアが下りてきた。
「今の剣術と魔法やスキルを合わせてみればいいんじゃない?」
これが今、思い付いたアイデアだ。
「なるほど、何か運用できそうなものがないか一緒に見てください。ついでに魔法も見せるので」
シリスは板書を手の中に出現させ、めくり始める。
それを僕は覗き込む。
「これなんてどうでしょう」
シリスが開いたページには術式が記されていてその術式の右上に魔法の名前が書いてあった。
「神聖魔術?」
「はい、これはつい先日、勇者様に見せていただいたものです」
キラボシが見せた魔術か、ならばさぞかし強力な魔術だろう。
「この魔術の効果は?」
僕はシリスに聞く。
「確か………………結界と神撃、そして回復の三つを見せてもらいました」
それからもシリスの説明は続く。
結界は、内部の魔力の浄化―――――要は結界の中で魔法や魔術が使えなくなり、魔物は弱るそうだ。
神撃は、強力な衝撃を与える聖属性の攻撃、これも魔への特効性があるそうだ。
回復は、傷を治すことはもちろん、毒の解毒もできるそうだ。
そして最後にこれらの魔術の行使には、信仰対象への強い信仰が必要なのだそうだ。
「この信仰って、シリスは何を信仰してるの?」
「私はもちろん龍神です。と言うかこの世界で龍神を信仰していないのは、中々いないと思いますが………………」
その理屈だと僕は、使えない可能性がある。
だって、その信仰対象は僕だ。
自分で自分を信仰するなんてできるわけがない。
僕は術式を『解析』だけしておいた。
「それは奥の手として残しておいた方がいいんじゃないか?」
「そうですね…………。別のものにしましょう」
僕とシリスは別のページを見る。
「これなんてどうでしょう!」
僕はその術式を見る。
その術式は、ついこの間見た『動粒魔法』だった。
「これもキラボシに見せて貰ったものか?」
僕はシリスに聞く。
「えっ? ………………そうですが、何故分かったのです?」
「剣術の時間に使われてたんだよ。それより、シリスはこの魔法、どこまで使える?」
場合によっては、僕が剣術を教えることができるかもしれない。
「そこまでですね。この術式が複雑で、そのせいで魔力の消費も多いですから、できたとしても一瞬だけです」
どうやら無理そうである。
また振り出しに戻ってしまった。
「ちょっとその本を見せて」
僕はシリスから本を貸してもらい、ページをめくって、1ページずつ記されたことを確認する。
もちろん僕は、見ただけで術式が理解できるわけがないので、『解析』を使う。
5ページほどめくったときに手が止まった。
止まったことに特に理由はないが、形容しがたい引っ掛かりを感じたからだ。
そのページに描かれていた術式は、剣の耐久性を高める魔法だった。
「この術式は?」
「確か、騎士の方が使っていたものをそのまま描いたものです。私もよく使っています」
何故、僕はこのページで止まったのだろうか?
僕は再度、描かれている術式を見る。
見ているとやはり何かが引っ掛かる。
その時突然、数ページ前の火球の術式を思い出しそのページまで戻る。
「先ほどから、どうされたのですか?」
シリスが聞いてくる。
「この剣の耐久性を高める術式と火球の術式がどうしても何か引っ掛かって…………」
シリスはそのページを交互に見比べ、突如目を見開き、大発見をしたかのように言った。
「術式の部分を火球のこの部分と入れ替えればいいんです! 何でこんな簡単なことに気付かなかったのだろう!」
シリスは興奮気味に言う。
「ありがとうございます。カケラ君! あなたのおかげです!」
シリスが僕にお礼を言うが、僕はそのページを見せただけなのだが………………
「お礼の魔法ですが………………この中に欲しいものはありますか?」
僕はもう見せてもらったので、別にいいと断った。
実際、色々と術式を『解析』させてもらえたので、報酬はすでに貰っているも同然だ。
僕はそのまま自分の寮へ戻った。




