40話 少し前の山頂
「星屑」と「キラボシ」がドラゴンスパイラルの頂上に着く少し前の話である。
ドラゴンスパイラルの一つの頂上、その頂上にいる龍は火属性の龍である。
火龍は普段ならば頂上に鎮座し、不可侵領域に侵入しようとする輩を迎え撃つという龍神ハザデスに与えられた使命を全うしている。つまりいつも頂上で一匹でいるのだ。一匹でないときは、自身の眷属である火竜がいるときぐらいである。
侵入者はめったに来ない、来たとしても火竜との戦いで疲弊しているためすぐに燃えて死んでしまう。それに火龍の強さはこの世界ではトップクラスであるため、万全な状態であってもすぐに燃えて死んでしまう。
そんな火龍だが今日に限っては頂上に人影がある。その人影の正体はまれにやってくる侵入者ではない。
火龍はその人影の主に問う。
「さて…………何の用だ? 魔族の者」
人影の主は一人の魔族であった。が、普通の魔族ではないことは火龍もよく分かっていた。
魔族から発せられる覇気を感じとったのはもちろん、まず頂上に辿り着いたことが警戒する要因であった。
「はじめまして火龍殿、私は魔王軍第二軍隊長の「イグニス・アルデンス」と申します。今回は火龍殿に魔王軍から提案をさせて頂きたく参上いたしました」
火龍はその言葉を聞いて一層警戒を強めた。目の前にいる魔族が魔王軍第二軍隊長を名乗ったからではない。
龍は存在するだけで特有の覇気を放出しており、その覇気には相手への精神的不快感や緊張などを促す効果がある。
もちろん今も放出しており、普通の人間や魔族であれば悪くて廃人になり、良くても上手く喋ることが出来なくなる。
そんな覇気を食らって平然と口達者に名乗るこの魔族は警戒しなければならないと考えたのだ。
「して、魔族の者よ。提案とはなんだ?」
「その前にその「魔族の者」と呼ぶのを止めて頂けますか? 私は名乗りましたので、名前で呼んでいただけると幸いです」
火龍は警戒したまま、再度聞く。
「イグニスよ、提案とはなんだ?」
「この度我々魔王軍が提案致しますのは火龍殿の協力です。ご存知かは存じ上げませんが、現在魔王軍は人間と戦争をしています」
火龍は戦争のことを知らなかった。山の頂上でそんなことを知る機会などあるはずがない。
イグニスは話を続ける。
「その戦争の中で火龍殿が参加してくだされば形勢はこちらが優位になります」
「それでは我に何もメリットが無いと感じるが?」
「失礼いたしました。我々が提示するメッリトはノルディック王国の壊滅です」
この提案を聞き、火龍はピクリと反応する。
「ご存知の通りノルディック王国は、唯一龍神の信仰が禁止され龍を嫌っている国です。ご自身の種族が嫌われていることもですが、龍神の信仰がされていないことについて龍神の眷属として許せないことでしょう?」
イグニスの言っていることは正しかった。
火龍はその国が嫌いだ。
自信の種族である龍を嫌っていることも理由の一つだが、最大の理由は自信の生みの親とも呼べる龍神ハザデスを信仰せず非難していることだった。
火龍は一瞬悩んだが、すぐに返事を返す。
「いや断らせて頂こう。我はハザデス様との盟約によりそういった事情に首を突っ込んではいけないことになっている」
「そうですが…………それは残念です」
イグニスは火魔法を火龍に向かって放つ。
反応が遅れ火龍はもろに火魔法を食らってしまうが、龍の鱗の前で打ち消される。
火龍はすぐに『火炎龍吐息』をイグニスに向け放つ。
『火炎龍吐息』は他属性の龍ですら一撃で致命傷を負うほどの威力を持っている。言わば火龍の必殺の奥の手だった。
これを受ければほとんどの生命は熱で消え去ってしまう。火龍もこれでイグニスを葬ったと思った。
「本当に残念です。火龍殿」
イグニスはまるで火など熱くないかのように平然としている。
「何故、私一人が交渉に来たと思います? このように私には火も熱も効かないからですよ」
火龍は戦慄した。火龍の攻撃手段は「火炎龍吐息」を除いてもほとんどが火属性であり、火属性ではない攻撃手段といえば、体当たりや引っかき、噛みつくなど慣れないものがほとんどだったからだ。
もしもここで負けてしまっては相手の目的がなんであれ、龍神から授かった役割を全うすることができなくなってしまう。
火龍はイグニスの攻撃に耐えながら打開策を考えるのだった。




