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夢見た自由は遠すぎて  作者: 沢木キョウ
第二章 崩壊の後
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第四十話 主役の登場


――――――――――――――――――――



 作戦会議から土日休みを挟んで月曜日。


 天気は曇り。


 湿り気のあるアスファルトと黒ずんだ土を横目に、雨くさい早朝の空気を吸い込みながら比較的白い地面を削りながら歩く。


 ふと温い風が手の甲をかすめ、小さく手首を回して温風を巻き取ろうとするが、それはすぐにどこかへ消え失せてしまう。

 一過したつむじ風の行き先を自然と上空だと感じ取り、地面を撫でるように視線を傾けていく。上へ上へと。

 首が辛くなるギリギリまで顔を上げ、そこからは目線だけを上に向けていき、あの白を視界の中に入れる。小さな風を見失ってしまったようで、目の奥にはただ一面の白だけが広がる。

 薄暗い天を仰いでも目を瞑る必要はなく、水滴が溢れ出そうな綿の城を手中に収めようと手を伸ばしてみるが、あの遠く、堅牢な綿菓子はなかなかその手に入ってくれない。


 顔に水滴は当たっていないのに、ポツポツと音が聞こえてくるような気がする。

 何層にも重なっている重厚な城を見ているだけで幻聴を誘うような作用でもあるのだろうか。


 しかし、一定のリズムで音は確かに鳴っている。オレの足元から、確かに。

 オレは視線を落として音の正体を探る。


 ―――なにもない。


 そこにあったのは学校に向かって歩みを続けるオレの足だけ。

 服も濡れておらず、足を見るついでに視界に入ってきたアスファルトを見ても特に異常はない。

 なんだったんだと思いつつ、雨のニオイを体内に入れて、心の靄ごと空気を吐き出す。



――――――――――――――――――――



 朝の学食。


 週明けの朝一番の学食は、今日からまた新たな一週間の始まりだと自分の中で切り替えることができる場所。


 そして土日の疲れを癒す天国。


 そんな高天原には今日も人はいない。

 閑散としていて、もの寂しさを感じる。が、オレの気持ちは沈んでいない。

 今は、久しぶりに感じるこの静けさが心地いい。最近はイジメの件だったり退学者だったり、その他にもいろいろとあって疲れていたから独りは落ち着く。


 オレはそこで朝食セットを頼んで、薄暗い学食で幸せな孤独を感じながら食事をする。



――――――――――――――――――――



「おはよー!」

「おいっすー」

「昨日のテレビ見たー?」


 休み明けの教室は賑わっている。

 みんな「学校面倒くさいわー」と言ってはいるものの、なんだかんだクラスメイトに会えることがうれしいのだろう。少しばかり声も大きい。


 対してオレはいつもどおりの寝たふり。机の上に両腕を畳んで腕と胸の間に隙間をつくって、頭をイン。


 ぼっちの朝食に満足した後の喧騒はお肌の大敵だ。知らないけど。

 だからオレは誰かと会話するわけではなく、話しかけられたくないというオーラをその身に宿して外界から距離をとる。。

 しかし、そのバリアをいとも簡単に突き破って、オレの肩に手を置いてくる猛者が一人。


「カエデ君、おはよー! いやー今日は最高の晴天だねー!」


 顔を合わせなくとも声だけで判断できるようになってきたが、どうにもツッコミをしてくださいといいたげな話し口だ。鼻にかかっている。


 オレはこのうずうずに駆られるままに、机に伏せていた頭を回転させて声のした方向を向く。


「今日の空に青い要素なんてひとつもないだろ」


「あっ、おはよ、カエデ君」


「おはよ……伊波(いなみ)さん……」


 「やっとこっち見たね」と言いたそうな二回目の朝の挨拶。机に寝そべりながら見る伊波(いなみ)さんはオレ目線からは九十度傾いているが、顔を覗き込むようにして話しかけてきた彼女はとびっきりの笑顔だった。

 空中にゆらゆらと揺れている髪の毛も光を放っているように見えるほどの明るさ。


 オレは気分が悪くはないと言っても、さすがに元気に振舞うということはできない。まあ普段から元気というわけではないが。

 そんな疲れているオレとは正反対。同じくらい疲労が溜まっていてもおかしくないのに。


「伊波さんはすごい元気だな。あんなに頑張ってたのに」


「まあね! だって、今日がすごい楽しみだったから!」


「どうなるんだろうな」


 伊波(いなみ)さんはうれしそうに、小さく飛び跳ねながら、その目を輝かせる。

 あの人たちに任せた例の件がどうなっているか、その報告が楽しみで仕方ないのだろう。

 オレもどんな報告が聞けるか。クラスメイトの反応がどうなのかが気になっている。


 ―――――あんなに頑張ったことだし、面白いことが起きてくれるといいが…………。


 そんな淡い期待を抱きつつ、今日の主役が現れるのを待ってみる。

 

 伊波(いなみ)さんと挨拶をしたあと、彼女は別の女子たちに話しかけられたようで、オレは再び寝ているポーズを取って周囲の会話に耳を傾ける。


 教室のあちらこちらで話し声が飛び交っているが、そのなかで、今までよりも会話の数が少ないグループがあることに気づいた。


「なあ、まだ来ねぇのかよ」

「あいつにしては遅いな」

「なにかあったんじゃ…………」


 そこで行われていたのは、学校に来るのが遅いヤツがいるという会話。

 心配そうな声を出す彼らの会話を、集中してもう少し聞いてみる。


「もうホームルーム始まっちまうぜ?」

「連絡はつかないの?」



「どうしちゃったんだろう……望…」


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