第三十九話 ”違和感”
お久しぶりです
ここから第二章も動きます
ラクとオレが暇つぶしにダラダラ話している最中、もう片方の女子組は現代技術の授業をしていた。
「メールはね、さっきのアプリから送信もできるんだよ」
「ほえー、すごいな、画面も見やすいし」
花梗高等学校アプリはレイアウトも優秀だ。
一体どんな人がつくったかは知らないが、このアプリ開発に関わったクリエイターは技術の最前線に立っているに違いない。
そんな技術者にこれだけの仕事をさせることができるこの学校の持っているお金はどのくらいなのだろうか。校舎も立派、敷地も広い。校内施設も充実している。
―――――ここって実は金持ち学校だったのか?
と考えるが、隣のラクを見れば別にそんな固い学校ではないということを感じさせられて、一安心で息を吐く。
伊波さんは一ノ瀬さんに顔を寄せて彼女のスマホの画面を指差しながら教えている。
「ここを押して、そしたらメールを送るために、いろいろ設定する画面が出てくるから……」
一ノ瀬さんにメールを勧めたオレが言うのは責任感がどうこう言われてしまいそうだが、実はオレもメールは好きではない。
どうすれば、わかりやすい文章になるか。とか、敬語で書くか砕けた表現で書くか。とか―――口で話せば一瞬で完結することを何分もかけて伝えるという効率の悪さ。
直接話すことも苦手だが、こっちの方が短時間で済むという利点もある。
ようは、どっちもどっち。それでいて、オレはどっちも嫌なコミュ障というわけだ。
以前、一度だけメールを出したことはあるが、そのときは友達と話すというわけではなく、どうせ関わらないであろう人に対するメールだったから多少雑でもいいやという感じだった。
さすがにあれを複数人だったり、身近な友達だったりに送るのは躊躇してしまうが。
眉間に皺を寄せながら一ノ瀬さんもメールの設定に悪戦苦闘中。
「これはなんだ?? ここを押せばいいのか?? あれ、画面が消えたぞ! 伊波、助けてくれー!」
「それはアプリの説明が書いてあるところで……あっ、そこは押しちゃ……、えーっと、ちょっと……こっちが正解で……」
一ノ瀬さんは人の指示を聞くことが苦手なようだ。
伊波さんが懇切丁寧に教えてはいるが、うまくいっていない。
一ノ瀬さんも、伊波さんを困らせようとしてやっているというわけでなく、頑張っているということは伝わってくる。
どれだけ一ノ瀬さんが設定に躓いても、伊波さんは嫌な顔ひとつしていない。子どもにいろいろと教えている母親を彷彿とさせる教え方だ。
その甲斐あって、
「おー。なんかソレっぽい枠が出てきたぞ」
「それがメールの本文を打ち込むところだよ」
一ノ瀬さんはスマホの画面をあっちこっちに寄り道しながらも、なんとかメールを送るフェーズまでたどり着く。
伊波さんの優しかった表情は、さらに柔らかくなり目尻が下がっている。
そして一ノ瀬さんは、メールを送るうえで最も大事なことに気づく。それは本文の書き方云々ではなく、このアプリにおける、人にメールを送信するときに必要になってくること。
「ところで伊波。ここまで来たのはいいが、アタシって誰に聞けばいいんだ? もしかして、クラス全員なのか?」
そもそも一ノ瀬さんは誰にメールを送ればいいのかを知らない。オレに言われるがままに手を動かして、伊波さんにメールの送り方を教えてもらっている。
そこまで詳しいことをオレも伝え忘れていたと思い、一呼吸分、「うーん」と悩んで伊波さんを見ている一ノ瀬さんの視線を強奪する。
「じゃあ、クラス全員。って言いたいところだけど、さすがに一人じゃキツイよな。小芽生さんと夢乃君と誰に聞くか分担できればいいが、あいにく今は二人は不在。電話で聞こうにも、プライベートの二人の時間を奪うのも申し訳ない。だから……
―――――一ノ瀬さんが送れるだけ送ってほしい」
オレはその後に、聞く対象が被ってしまうことは仕方ないということを一ノ瀬さんに伝える。
一ノ瀬さんは判然としないように口を尖らせるが、伊波さんはオレに「いいねー!」とサムズアップをしてウインク。
この反応の違いには、メールへの理解度の差が影響しているのだろう。
一ノ瀬さんは一回一回メールを送らないといけないと思っており、伊波さんは一括送信できることを知っている。つまりは想像している労力が違うということだ。
オレは二人に向かって小さく頷いて、その送信方法を教えてあげてほしいと伊波さんに目で訴える。
伊波さんは両腰に手を当て、胸を張って頷きを返す。
これで一ノ瀬さんは誰にメールを送ればいいのかも理解したことだろうし、あとはこのまま伊波さんに任せておけば問題ないだろう。
ここからは一旦様子見。明日からの二日間の休みを挟んで、また月曜日に進捗とか、問題点とかがあったらそのときにまた聞けばいい。
一ノ瀬さんからメールが来たときのみんなの反応が気になるが、それは想像だけで楽しむことにする。誰が一番驚くだろうか。やっぱりミヤコさんとかはびっくりするんだろうなー。
とにかく今は一ノ瀬さんに、作戦会議に急遽参加してくれたことと、なんだかんだオレの提案を受け入れてくれたことへの感謝を忘れないようにしよう。
「一ノ瀬さん、ありが……」
「ちょーっと横から失礼」
一ノ瀬さんへの感謝を口にしようと思っていたとき、女子組の会話とオレの声を遮る声量で待てをかけたのはラクだ。
人に感謝しようと思っていたところでのキャンセルは少しばかり心に響く。
伊波さんは表情を変えないが、一ノ瀬さんはラクの声で、出会ったばかりのときのような眼光を正面のソイツに向ける。
「なんだよ、こっちは今忙しいんだよ。うるせぇな」
「いやいや、別のクラスの代表が出した結論に文句を言いたい訳じゃないんだけどよー……」
ラクの語調は変わらないが、いつもと違う真剣な表情だ。。
それを見て、一ノ瀬さんもしゃくれ気味になっていた顎を引いて話を聞く。
そしてラクのこの話の入り方。
もうすでにオレの案が否定されることが確定してはいるが、ラクの地頭のよさを信じてオレも話を真剣に聞く。
ラクは首を傾げて、
「一ノ瀬が送れるだけ送るっていっても、お前、クラスメイトの学籍番号を知ってるのか?」
ラクは、オレの『一ノ瀬さんが送れるだけ送る』という提案に疑問をぶつける。
忘れていたが、メールを送るには相手の学籍番号を知っている必要があるのだ。
クラスの内情に疎い一ノ瀬さんがクラスメイトの学籍番号を知っているはずもなく、
「全く知らんが、なんで学籍番号? もしかして、メールの送信に学籍番号が必要なのか?」
ラクの疑問で初めて一ノ瀬さんはメールの送信に学籍番号が必要となることを知る。
伊波さんもそのことを完全に忘れていたようで、短く息を吸って、
「ごめんね一ノ瀬さん、説明し忘れてたんだけど、このアプリはね、メールアドレスの代わりに学籍番号を指定したらその人にメールを送れるの」
「マジかよ……アタシそんなもん全然知らんぞ。なあ、伊波なら学籍番号を知ってるよな? それ、教えてくれないか?」
「教えたいけど、私も全然知らないの。教えられるとしたら、カエデ君のと……あと、仲良くしてる子くらいで……ごめんね」
「そんなもんだよな。だってまだみんな仲良しってわけじゃねぇし」
一ノ瀬さんは、少しだけ肩を落とすが、すぐに切り替えて伊波さんに学籍番号を知っているか聞く。しかし、クラス副代表である伊波さんも他人の学籍番号を知っているはずもなく、完璧かと思われた作戦は完全に袋小路に。
これを提案したのはオレなのに、伊波さんに謝らせてしまった。
オレは、一ノ瀬さんへの情報の伝え忘れと、伊波さんに謝罪をさせてしまうという二つのやらかしを同時に起こしてしまったわけだ。ここはオレも謝罪を……
「二人とも……オレが、メールの送信に学籍番号が必要だってことを伝え忘れてたのがわる……」
オレが二人に謝罪をしようと思っていたとき、“違和感”が喉を閉じ、体を硬直させた。
「どうしたの、カエデ君?」
「なにしてんだよ」
「カエデは充電切れのようですね」
オレの静止にさまざまなツッコミをされている気がするが、お構いなしに、オレは自分の中に湧いて出てきた“違和感”との対話を始める。
――――――――――――――――――――
メールの送信には学籍番号が必要。
副代表で、コミュニケーションが活発な伊波さんでも学籍番号を知らない。
もちろんオレも伊波さんと椿さんの二人だけしか覚えていない。夢乃君のさえ知らない。
まだ学校が始まって二週間と少し、学籍番号を覚えているほうがありえない。
生徒が気軽に見られる名簿が存在しているわけでなく、日常会話の中で自分の番号を話すことなんてめったにない。
あの小芽生さんでもうまくいかない聞き込み調査。
なぜかイジメをしたことにされるクラス代表。
最近、懊悩している夢乃君。
イジメの被害者、ミヤコさん。
一年四組の全員に送られたと思われる、メール。
そして、生徒会則。
……………………
――――――――――――――――――――
オレは確信めいた双眸を三人に向ける。
「……………………」
「本当にどうした? 具合でも悪いのか?」
「おっ! 充電が見事復活したみたいだな」
「ここまでの話。全部なかったことにしよう」
「ここまでの話。全部なかったことにしよう」




