第三十八話 わかるようで、なにひとつ
「アタシでいいのか?」
一ノ瀬さんはオレの提案に、自分を指差して本当に自分なのかを疑う。
ラクに聞き込みを制止させられた次の瞬間にはオレが一ノ瀬さんを調査員に推薦したのだ。困惑も当たり前だろう。
当然、他の二人も疑問に思っているに違いない。
伊波さんは興味の視線を向けているが、ラクはあまり気が向いていないようで、肩を落としている。
「一ノ瀬さんだからこそできることがあると思って」
「アタシだからできること。―――まさかお前って、どっちかっていうと、こっち側の人間だったりするのか?」
「オレはいつだって平和主義者だよ」
「へいわ? 急に脈絡のないこといいやがって。じゃあなんでアタシにやらせよーってんだ?」
「小芽生さんがうまく聞き込みができてないのは、彼女自身の人柄が良すぎるからっていうのもあると思うんだよ。だからみんな、彼女の問いを一種のノリだと解釈してしまって、まともに話を聞かない」
「そんなことあるのか??」
「さあな。これはあくまでもオレの予想だから信じなくてもいい」
「ふーん。んまっ、いいぜ。面白そうだし」
一ノ瀬さんは疑問を抱きながらも、オレの誘いに乗る。
すかしてはいるが仕事を任せられて嬉しそうに拳を握っている。しかし、あの手は椅子と繋がっていたはずだ。
「落ち着け、一ノ瀬さん。直接、聞きにいってほしいわけじゃなくて、メールで聞いてほしいんだよ」
オレは手を下に押すジェスチャーを取りながら一ノ瀬さんに冷静さを取り戻させる。
一ノ瀬さんはそれを見て、握った拳の力を緩めて、「おっと」とまたしても手が勝手に動いたことに気づく。
その手をもう一度隠すように椅子の後ろ脚に引っ込めた。胸を張ったような座り方に違和感を覚えつつも、彼女は不満そうに、
「なんでメール? 直接の方が効率いいだろ? アタシ、そっちの方が得意だし」
「なぜ得意なのかは聞かないが、一ノ瀬さんって、多分クラスメイトとそんなに親しいわけではないんだよな?」
「まあそうだな」
「一ノ瀬さんは、そんな親しくないヤツから急に話しかけられたら、どうだ? 警戒するだろ?」
「確かにな。喧嘩売ってんのかって思うかもな」
「それは多分、一ノ瀬さんだけだと思うけど。まあ、そういうことだから、一ノ瀬さんにはメールでクラスメイトに、イジメを知ってるかどうかを聞いてほしい」
一ノ瀬さんは不満げに鼻を鳴らすが、息多めで「わかったよ」と返事をする。
スマホの使い方が、完全に慣れていない人のソレだった一ノ瀬さんにとってはメールを送ることが億劫なのだろう。さっきまでの嬉しそうな拳は完全に、なりを潜めている。
一ノ瀬さんは、その後、何度も鼻から息を多く吐きながら、頭をフラフラさせてスマホを再び取り出した。
「伊波、何度もすまんが、次はメールの送り方を教えてくれないか?」
「まっかせて!」
一ノ瀬さんの元に伊波さんが椅子を近づけてスマホの画面を指差しながら、メールの送り方を教えている。
と、ラクが二人のことを遠い目で眺めながら、
「なあ、一ノ瀬って実際なにものなんだろうな」
オレにだけ伝わる声量で呟く。
ラクのとおり、一ノ瀬さんと話すほど、伊波さんが冗談で言った元暴走族という表現が間違いなんかじゃないのではないかと思えてくる。
しかし、伊波さんと関わるときに見せる砕けた顔は、彼女が本当に高校生の女子だということを思い出させてくれる。
どちらが一ノ瀬さんの素なのかの判断が難しいところだ。そうなると、どうコミュニケーションを取っていくかも難解だ。
が、すでに判明している要素だけで判断するなら、彼女は一年四組のクラスメイトであり、寝ることが好きな目つきの怖い家出系女子だということ。
だから、
「よくわからないけど、過去はもうどうでもいいんじゃないか? 一ノ瀬さんはオレたちにとって、ただのクラスメイトで、ただのラク嫌い。最初は気になったけど、それでいいだろ。あまりいい過去とは言えないっぽいし」
オレもラクに聞こえる程度の声量で答える。
本当はオレも一ノ瀬さんがどんな道程を歩んできたか気になっている。現代の高校生でスマホの扱いに慣れていない人材なんて、なかなかいない。最近は小学生でさえスマホを持っていると聞くし、一ノ瀬さんの特殊さが際立っている。
そんな彼女の人生を綴った本を読んだら、絶対に波乱万丈で、面白いに決まっている。ベストセラー間違いなしだ。
だがしかし、オレは追及をしない。誰にだって触れられたくない過去はあるだろうし。
だからオレたちにとっての一ノ瀬さんは、目つきがヤバい、ラクが嫌い、伊波さんには甘い、一旦はそんな女子だ。
久しぶりに、他人のことを考える発言ができたと自分のことを褒めてあげようと思っていると、焦った様子でツッコミを入れてくるヤツが約一名。
「それもそうだな―――って、ちょっと待て。一ノ瀬の特徴の一つに俺のことが嫌いっていうのがあったと思うんだけど、気のせいかな? 気のせいかなー??」
「自意識過剰だな。そういうのはほどほどにした方が身のためだぞ」
「さっきのって幻聴だったのかな? 俺、一ノ瀬にリズム狂わされてる気がするわ」
ラクはなぜか身を乗り出して、さっきよりも息多めで、小さな叫びを披露した。
オレなにか変なこと言ったか?




