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夢見た自由は遠すぎて  作者: 沢木キョウ
第二章 崩壊の後
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第三十八話 わかるようで、なにひとつ


「アタシでいいのか?」


 一ノ瀬(いちのせ)さんはオレの提案に、自分を指差して本当に自分なのかを疑う。

 ラクに聞き込みを制止させられた次の瞬間にはオレが一ノ瀬(いちのせ)さんを調査員に推薦したのだ。困惑も当たり前だろう。


 当然、他の二人も疑問に思っているに違いない。

 伊波(いなみ)さんは興味の視線を向けているが、ラクはあまり気が向いていないようで、肩を落としている。


一ノ瀬(いちのせ)さんだからこそできることがあると思って」


「アタシだからできること。―――まさかお前って、どっちかっていうと、こっち側の人間だったりするのか?」


「オレはいつだって平和主義者だよ」


「へいわ? 急に脈絡のないこといいやがって。じゃあなんでアタシにやらせよーってんだ?」


小芽生(こがやおい)さんがうまく聞き込みができてないのは、彼女自身の人柄が良すぎるからっていうのもあると思うんだよ。だからみんな、彼女の問いを一種のノリだと解釈してしまって、まともに話を聞かない」


「そんなことあるのか??」


「さあな。これはあくまでもオレの予想だから信じなくてもいい」


「ふーん。んまっ、いいぜ。面白そうだし」


 一ノ瀬(いちのせ)さんは疑問を抱きながらも、オレの誘いに乗る。

 すかしてはいるが仕事を任せられて嬉しそうに拳を握っている。しかし、あの手は椅子と繋がっていたはずだ。


「落ち着け、一ノ瀬(いちのせ)さん。直接、聞きにいってほしいわけじゃなくて、メールで聞いてほしいんだよ」


 オレは手を下に押すジェスチャーを取りながら一ノ瀬(いちのせ)さんに冷静さを取り戻させる。

 一ノ瀬(いちのせ)さんはそれを見て、握った拳の力を緩めて、「おっと」とまたしても手が勝手に動いたことに気づく。

 その手をもう一度隠すように椅子の後ろ脚に引っ込めた。胸を張ったような座り方に違和感を覚えつつも、彼女は不満そうに、


「なんでメール? 直接の方が効率いいだろ? アタシ、そっちの方が得意だし」


「なぜ得意なのかは聞かないが、一ノ瀬(いちのせ)さんって、多分クラスメイトとそんなに親しいわけではないんだよな?」


「まあそうだな」


一ノ瀬(いちのせ)さんは、そんな親しくないヤツから急に話しかけられたら、どうだ? 警戒するだろ?」


「確かにな。喧嘩売ってんのかって思うかもな」


「それは多分、一ノ瀬(いちのせ)さんだけだと思うけど。まあ、そういうことだから、一ノ瀬(いちのせ)さんにはメールでクラスメイトに、イジメを知ってるかどうかを聞いてほしい」


 一ノ瀬(いちのせ)さんは不満げに鼻を鳴らすが、息多めで「わかったよ」と返事をする。

 スマホの使い方が、完全に慣れていない人のソレだった一ノ瀬(いちのせ)さんにとってはメールを送ることが億劫なのだろう。さっきまでの嬉しそうな拳は完全に、なりを潜めている。


 一ノ瀬(いちのせ)さんは、その後、何度も鼻から息を多く吐きながら、頭をフラフラさせてスマホを再び取り出した。


伊波(いなみ)、何度もすまんが、次はメールの送り方を教えてくれないか?」


「まっかせて!」


 一ノ瀬(いちのせ)さんの元に伊波(いなみ)さんが椅子を近づけてスマホの画面を指差しながら、メールの送り方を教えている。


 と、ラクが二人のことを遠い目で眺めながら、


「なあ、一ノ瀬(いちのせ)って実際なにものなんだろうな」


 オレにだけ伝わる声量で呟く。

 ラクのとおり、一ノ瀬(いちのせ)さんと話すほど、伊波(いなみ)さんが冗談で言った元暴走族という表現が間違いなんかじゃないのではないかと思えてくる。

 しかし、伊波(いなみ)さんと関わるときに見せる砕けた顔は、彼女が本当に高校生の女子だということを思い出させてくれる。

 どちらが一ノ瀬(いちのせ)さんの素なのかの判断が難しいところだ。そうなると、どうコミュニケーションを取っていくかも難解だ。

 が、すでに判明している要素だけで判断するなら、彼女は一年四組のクラスメイトであり、寝ることが好きな目つきの怖い家出系女子だということ。


 だから、


「よくわからないけど、過去はもうどうでもいいんじゃないか? 一ノ瀬(いちのせ)さんはオレたちにとって、ただのクラスメイトで、ただのラク嫌い。最初は気になったけど、それでいいだろ。あまりいい過去とは言えないっぽいし」


 オレもラクに聞こえる程度の声量で答える。

 本当はオレも一ノ瀬(いちのせ)さんがどんな道程を歩んできたか気になっている。現代の高校生でスマホの扱いに慣れていない人材なんて、なかなかいない。最近は小学生でさえスマホを持っていると聞くし、一ノ瀬(いちのせ)さんの特殊さが際立っている。

 そんな彼女の人生を綴った本を読んだら、絶対に波乱万丈で、面白いに決まっている。ベストセラー間違いなしだ。


 だがしかし、オレは追及をしない。誰にだって触れられたくない過去はあるだろうし。

 だからオレたちにとっての一ノ瀬(いちのせ)さんは、目つきがヤバい、ラクが嫌い、伊波(いなみ)さんには甘い、一旦はそんな女子だ。


 久しぶりに、他人のことを考える発言ができたと自分のことを褒めてあげようと思っていると、焦った様子でツッコミを入れてくるヤツが約一名。


「それもそうだな―――って、ちょっと待て。一ノ瀬(いちのせ)の特徴の一つに俺のことが嫌いっていうのがあったと思うんだけど、気のせいかな? 気のせいかなー??」


「自意識過剰だな。そういうのはほどほどにした方が身のためだぞ」


「さっきのって幻聴だったのかな? 俺、一ノ瀬(いちのせ)にリズム狂わされてる気がするわ」


 ラクはなぜか身を乗り出して、さっきよりも息多めで、小さな叫びを披露した。


 オレなにか変なこと言ったか?


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