第三十七話 意識改革
なんのための会議なのか、一ノ瀬さんは聞く。
そう。本来であれば、オレたちがここで会議を開くことはなかった。が、そうしたほうがいいと思わせるほどのことが昼から今までの間にあったということだ。
伊波さんは「実は……」と神妙な面持ちで、
「予想外だったんだけど、小芽生さん、あの子、かなりこういうの苦手っぽくて……」
あの二人なら問題ないだろうと実行を任せっきりにした方も悪いが、さっきの小芽生さんを見ていると、コミュ力はありそうなのに、自然な聞き込みをすることには難ありのようだった。
加えて、このクラスには、とある重大な欠点が存在していた。
それは、なにかあればとりあえずクラス代表をワルモノにしようとする風潮ができあがりつつあるということだ。
だから今回の一件も、「よくわからないけど、どうせクラス代表が悪いんでしょ?」という声がちらほら聞こえてくる。
今回決めた作戦はクラスメイトの協力があって初めて成立するものだ。それがなくては、いい結果が得られないことは目に見えている。
これは、このままでは進展がないのではないかという危惧のため急遽開催が決定された作戦会議ということだ。
小芽生さんの意外な弱点を聞いて、一ノ瀬さんは歯を見せずに口角を上げる。
「小芽生ってアタシが想像してるアイツと一緒だよな? 世渡り上手そうな笑顔振りまいてる…………もっとうまくやれるヤツだと思っていたが、そんな可愛らしい一面もあったんだな」
「可愛いかどうかはさておいて……小芽生さんがそういうの苦手だってことは多分、本人自身も気づいてなかったんじゃないかなーって。昼間はすごいノリノリだったから。あと、やっぱり、みんなもあまり協力的じゃなさそうで苦労してるっぽい」
「なるほど……それがクラスの現状ってことなんだな。イジメがあるかもしれねぇってのに呑気に胡坐かきやがって。ようは問題を解決できればいいんだろ?」
「まあそうなるかな……えっ、なにするつもり?」
一ノ瀬さんの目は鋭く、口元は笑顔の狂気に満ちた表情で伊波さんと対する。
伊波さんも一ノ瀬さんの表情に思わず顎を引く。
一ノ瀬さんは首と、組んでいる指をバキバキと音を鳴らしながら、
「アタシが全員に直接、会いに行ってやろうじゃねーか」
目がキマっている。
彼女が今、どんなことを考えているのか、簡単に予想できてしまう。
ここは誰かに静止させてもらいたいが、あの気迫マシマシやる気マンマンの一ノ瀬さんに真正面から物申すことができる存在がこの世界に何人いるか……。
と思っていると、文字どおりの真正面から誰かが呆れ声で話す。
「一ノ瀬ー、落ち着けってー。いまどき、暴力で解決しようなんて、時代遅れにもほどがあるぜよ……おっと少々時代遅れの語尾が飛び出してしまいやしたぜ」
いつまで経っても懲りずに接しているのはやっぱりラクダ、じゃなくてラクだ。
ここまで来ると、こいつのことラクダって呼んでもいいだろ。「雑に扱ってください」って自分から言っているような、お調子者具合だし。
「別に暴力で解決しようなんて思ってねぇよ! 勝手に決めつけんな! あとキモい」
「最後に絶妙なトッピングありがとうございます……全然いらなかったですけど……」
両手で拳をつくっていたのは無意識だったのか、ラクの指摘で思い出したかのように我に返って赤ら顔をつくりながら照れ隠しの否定。最後は綺麗なストレートでビシッと締める。
ラクは急所を抉られたかのような悶絶顔を見せるが、そこには笑顔も垣間見える。
雑に扱っても、こうして悪い雰囲気にならずに話し合いが進むのは、ラクの長所の一つだ。
冷静になった一ノ瀬さんは、また自分の手が変な行動を取らないよう、椅子の足を握りしめる。
「じゃあ、どうすれば小芽生が効率よく聞き込みができるかってことと、クラスのヤツらの意識をどう改善するかってことを考えなきゃならんわけだ……」
四人が再び数秒の黙考タイムに入る。
聞き込みの仕方なんて、教科書に書いてなければ親から教わることもない。
ただの高校生がやる聞き込みなんて、計画性皆無の行き当たりばったりだ。
とりあえず頭に思い浮かんだ人に話しかける。目の前にいる人に声をかけてみる。
質より量という言葉があるくらいだから、この作戦は間違ってはいないのだろう。が、刑事ドラマなどとは違い、相手が同じ高校生というのを考慮しなければならない。
特に相手が小芽生さんのような、クラスの中心でノリがいい人は、まともに相手にされないこともしばしば。
だから、一ノ瀬さんが聞きにいくというのも実はありかもしれない。
あまり話したことない人が真剣に聞いてきたら、相手も真剣に答えてくれるだろう。ただ、一ノ瀬さんが暴力事件を起こす可能性があるため、直接聞きに行くのは却下。
やるなら、それこそメールを使うくらいがちょうどいいだろう。無視されるかもしれないが。
「オレから提案なんだが……」
沈黙を破り、先陣を切ったのはオレ。
みんな猫背だったり、天井を眺めたりして、それぞれの体勢で思考しながら、視線をオレに向ける。
「一ノ瀬さんが聞いてみるのはどうだ?」




