第三十五話 ”人望”
一ノ瀬さんの言葉に、オレの脳内にはクエスチョンマークが浮かぶ。
オレが本当にクラス代表かどうかを調べたいときに、まず聞くのがそこ? という疑問。
もっとクラス代表要素は別のところにあるのではないかと思う。
友達が多いとか、関わりやすいとか、集団を統率することが得意だとか。
それらを差し置いて出てくるのが、他人より自分が大事という情報。それ自体にクラス代表における重要な要素があるとは考えにくい。
「他人より、自分が大事だとなにか問題があるのか?」
「いーや、そういうわけじゃーねえ」
「じゃあどういうことなんだ」
「クラス代表に限っては違うんじゃないかってな。この役職のヤツがどんな仕事をしてるかは知らないが、名前の響きからして、このクラスのリーダーって感じの立場なんだろ?」
「多分そんな感じだと思うが…………」
一ノ瀬さんは目を瞑って記憶を呼び覚ます。
少し口角が上がったのが見えて、彼女は目を開ける。
「組織をまとめるリーダーに必要なことってなんだと思う?」
「みんなを引っ張れるだけの高い能力とかか?」
「よくわかってんじゃねーか。だけど世の中には、能力がからっきしのくせして先頭に立ってるバカもいるんだ。そんなバカについていく大勢のバカな部下もな」
「(バカ、バカって言いすぎだろ……)」
「あ“っ”?? なんか言ったか?」
「いいえ」
「勘違いか…………話を戻すが、ある集団を例に挙げよう。その集団は、能力がないリーダーだったのにも関わらず、なぜか高い統率力を見せた。どんな困難にも屈しない強靭な精神、常に上を目指し続ける心。その二つを持って前に進み続けた……」
「その組織のリーダーにも隠れた素質があったのか?」
「断言しよう。全くない。が、そのリーダーには他の誰よりも優れている点があった」
結局、素質あるじゃん。とこぼれてしまいそうな口を全力で閉じて件のリーダーの優れている点を聞く。
「それは……?」
「そいつは誰よりも仲間思いだったんだよ」
一ノ瀬さんは胸を張り、輝く双眸でオレの目をまっすぐ見つめる。
相変わらず目つきは怖いままだが、なぜか引きつけられる双眸だ。彼女の目からは形容しようがない説得力が感じられる。
この一言でオレはやっと理解した。
一ノ瀬さんは、自分よりも他人を大切にする生き方のほうが好きなんだということを。
考え方は人それぞれだが、あんな目を見せられれば彼女の方が正しいとさえ思えてくる。しかし、
「仲間思いなだけで、そんなに変わるものか?」
美談というものには再現性がないのが定番。
話のよかった場面だけを切り取れば、おのずといい話に聞こえてくるものだ。
オレだって、美談っぽいことはいくらでもいえる。だから、もう少し説明がないと完全に納得はできない。
一ノ瀬さんは、夕焼け色の晴れた笑みを浮かべて両手を広げる。
「ああ! 変わるとも! リーダーが仲間思いだと、みんながそれに応えようとする。それにさらにリーダーが応えようとする。結果、一つのまとまりのあるチームとして、能力以上の力を出せんだよ! もっとわかりやすく表現するなら…………」
一ノ瀬さんは、自分の頭頂部を数回ポンポンと叩いて考える。
「そうだな……リーダーに必要なのは、“人望”。それだけで十分だ」
「それ以外は?」
「必要ねぇな」
一ノ瀬さんは確信を持ってぴしゃりと言う。
コミュニケーション能力とか、優れたリーダーシップを発揮できるとか、もっと他の要素が必要だと思っていたオレとは、かなり異なる意見だ。
一ノ瀬さんにとって、人望があればリーダーに向いているということは、オレにはその人望が欠けているということなのだろうか。
「なら、オレには人望がないってことか?」
「そのとおりだ」
あまりにも即答され、オレは短く息を吐いて鼻を鳴らす。
つけ加えるように一ノ瀬さんは真剣な目つきに変わって続ける。
「お前、他人のこと、人として見てないだろ?」
唐突に言われた、『人望』とかけ離れている言葉。
心当たりのない一ノ瀬さんの問いかけに、オレは即答できず、「は」という空気交じりの声を発する。
オレだって、実はちゃんとした人間ですから、他人のことはきちんと見てますとも。
言いがかりはよしてほしい。言われたのがオレだからキレないだけだからな! 一ノ瀬さんと言い合いするのを躊躇っているわけでは決してない。
オレは、なおも冷静に聞く。
「なんでそういうことになる? 一ノ瀬さんは一回、外見を眺めただけでその人の人となりが全部わかるとでもいうのか?」
「なんとなく。ニオイでわかる」
「犬かなんかかよ…………とにかく、オレがクラス代表に向いていないことは百も承知だ。勝手に押し付けられただけの役職だから、こんなやつがリーダーでも我慢してくれるとうれしい。ちなみに、イジメをやっているのは…………」
「お前じゃないんだろ?」
どこで身に着けたか知らない、あまりにも精度の低い嗅覚によって、オレの人となりを予想していたらしい。なんという不敬。
一ノ瀬さんに聞こえないよう、ペットに形容しつつ、自分がクラス代表だということを自身でどのように捉えているかを説明。決して本意ではないのだと。
そして一ノ瀬さんに勘違いされているままであろうイジメの犯人について訂正しようと思っていたら、彼女はオレの言葉の上から被せるように言った。




