第三十四話 盛大な勘違い
一ノ瀬さんは、なんとか開くことができた自分へのメールを読み上げる。
「このクラスにはイジメがある。しかし無能なクラス代表はそれを…………放置した!?」
スマホの画面に近づいて目を見開く一ノ瀬さん。
さっきの圧だけでいうなら間違いなくこのクラスで一番イジメグループに入っていそうなのは一ノ瀬さんだが、そんな彼女はイラつきの表情を見せる。
「マジで許せねぇな、クラス代表。そういうことならアタシも協力するぜ! クラスに代表にケジメをつけさせる方法ってやつ!」
一ノ瀬さんは気合十分に固く拳を握って意気込む。作戦会議の目的がクラス代表を倒すことだという盛大な勘違いとともに。
その「ケジメ」とやらがどんなものかは、彼女の握った拳を見れば簡単に推測できる。そして、それを向けられるのはクラス代表。そんなクラス代表に、少しだけ同情してしまう。
正義感に溢れた彼女の勇ましさは女子なのにカッコよく見えるほどだ。
…………クラス代表ってオレじゃね??
一ノ瀬さんのカッコよさに心を奪われていて、危うくそのまま話を進めてしまうところだったが、ここは一度、待てをかけさせてほしい。
そもそもの話、今回の作戦会議はオレがイジメをしていないことを前提に進めているものだ。それが崩れてしまうと、さらにややこしいことになる。
それに、あの拳に殴られて余計な騒ぎを起こすなんて、たまったもんじゃない。
できるだけここは穏便に、かつクラス代表としてのオレの好感度が下がらないような振る舞いを心掛けなければ。
「例のクラス代表なら、ここにいるよ」
一ノ瀬さんの勘違いを訂正しようと考えていると、先に行動を起こしていたのは伊波さんだ。
伊波さんはクラス代表の話題が出ると食い気味でオレの方に視線を向けた。
―――――これはまずいかもしれない。
今の話の流れだと、一ノ瀬さんにとってオレが最悪なヤツだと思われかねない。現状、彼女が持っているクラス代表に関する情報といえば、イジメを無視したということだけ。
それに鉄拳制裁を加えると宣言していることを考慮すると、今の危険度はSクラスだと予想できる。
オレの予想どおり、一ノ瀬さんは伊波さんの答えを聞くと、真顔でこちらに視線をギョロっと向けてきた。ラクに向けていた視線の数倍は圧のある黒目がその暗さを増している。
身じろぐことさえままならないほどの圧にオレは息を呑む。
オレを睨みつけながら一ノ瀬さんは「んー」と唸り声をあげながら顎の下に手を当てる。その目はオレを吟味しているかのように動いている。
オレの目、口元、姿勢、足元まで、体の隅々を見やると彼女の表情は真顔から次第に、眉間に皺が寄り、何かを疑問に思っているかように唸りの語尾がつり上がる。
一ノ瀬さんは伊波さんに体を寄せていたが、気づけば、座っていた椅子から身を乗り出して、オレから距離数センチの場所まで顔を近づけていた。
多分、一ノ瀬さんはオレを吟味することに集中しすぎて、ここまで距離が近づいていることに気づいていない。ポジティブにとらえるなら、彼女は集中力がある。別の言い方をするなら、周りが見えていない。
独りで過ごしてきたことの弊害とも取れる彼女の行動に、さすがのオレも息を止めて呆れ顔。
それにしても視線が痛い。
こんなに見られてるなんて……まるで複数人から見られているような気がする……。
…………複数人?
目の前の一ノ瀬さんにより戸惑いと幸福の狭間で苦悩させられていると、なぜだか複数人の強い視線を感じた。
「う“ら”や“ま”し“い”ぃ“ぃ”…………!」
「…………」
視線の正体はラクと伊波さんだった。
ラクは目を血走らせて声を震わせている。
そんなにうらやましがられても、これはこれでオレの想像していたハーレム展開とは違うんだけどな。譲れるならラクにこの位置を譲りたいんですけど。
伊波さんもそんなに睨まないでよ!
と、ラノベの主人公がヒロイン以外の女子と話していて、その子が嫉妬しているのを主人公が苦笑いで落ち着かせる。なんていうご都合展開があるわけもなかった。
むしろ伊波さんは全くそんな表情ではなく、明るい笑顔でこちらを見ていた。
あのなんの屈託もない笑顔は、ただの照れ隠しだということを信じたいところだ。
一ノ瀬さん以外のことを考えて気を紛らわせていると、一ノ瀬さんがオレから顔を離して、何かを深く考えるようなフェーズに移行したのが見えた。
椅子に座りなおし、少し開いた両足の膝の上に両肘を立て、手でつくった受け皿の上に前かがみになって顔を置く。一点を見つめて数秒考え、その体勢のままやっと一ノ瀬さんは口を開ける。
「お前、本当にクラス代表なのか??」
ここまで吟味しておいて出した答えがそれかよ。
というツッコミをしたいところだが、オレは酸素を取り込んで冷静になる。
肯定から入らずに、一ノ瀬さんに言葉の意味をたずねる。
「どうしてそう思った?」
オレがそう聞くと、一ノ瀬さんは姿勢よく椅子に座りなおし、改めてオレの顔を見てから「だって」と言い、
「他人よりも、自分が大事っていうタイプだろ?」




