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夢見た自由は遠すぎて  作者: 沢木キョウ
第二章 崩壊の後
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第三十二話 舞台上、道化の戯れ


「…………」


 オレは言葉を失って下を向く。「自分たちは生徒会の操り人形じゃない!」とハッキリ言い返せないのは、一ノ瀬(いちのせ)さんの指摘に心当たりがあるからだ。

 オレたちは生徒会の声を直接聞いたわけではなく、不定期に送られてくるメールだけを見て、その後の行動を決定している。


 なんの効力があるか不明な生徒会則『一週間の学食の利用』というものに従って、『それが破られたから誰かを退学させろ』というメールのとおりに動いて、その結果、勝手に決められたクラス代表をクラスメイトにやめろと言われ、今こうしてクラス代表としての立ち振る舞いの見直しや、今後の作戦会議をする羽目になっている。


 どれもこれも、生徒会が関わったことで生じた出来事だ。

 果たして、この中の一体どこに、オレの感情が含まれているのだろう。

 オレたちは生徒会の用意した舞台の上で踊り続ける道化。脚本を忠実にこなす原作ファン大喜びの名役者。

 演劇の一項目でしかない、『退学者を選ぶシーン』に役者自身が本気で感情移入する方が…………


「滑稽か」


 心の中で今までを振り返って整理した結果、口からは一ノ瀬(いちのせ)さんと同じ言葉が薄く漏れていた。

 生徒会の思いどおりに動いていると考えると、自分には価値がないのではないかと改めて思う。オレが意識を向けるべきは一年四組だけでなく、生徒会も。ということか。


 気をやらなければならない対象がザックリ計算で二倍になり、オレはため息を前借する。


「あれ、カエデ君、もしかして…………機嫌、いい?」


 面倒事が嫌いなオレの胸中なぞ気にかけず、伊波(いなみ)さんはオレの顔を覗くように体と首を曲げて聞いてきた。

 慰めの言葉をかけられると思いきや、ここは伊波(いなみ)さん。話の流れ的にオレの機嫌がいいわけないのに、無表情の双眸を向けて、そう聞いてきた。

 オレの機嫌はどちらかというとよくない。なんならどちらか選ぶ必要もないくらいよくはない。他人の思考がオレの中に勝手に介入してくるなんて、気持ち悪いといったらありゃしないのだから。


「そんなわけないだろ、伊波(いなみ)さん。オレはもれなく意気消沈キャンペーンを実施中で、慰めの言葉をかけられたら一瞬で惚れてしまいそうだ」


「カエデ、辛いよな…………ラク子がそばについているからね!」


「やっぱりさっきのは嘘ってことで」


「うぐっ…なんで!!」


 前髪をはらいながら冗談交じりに伊波(いなみ)さんに言ってみたが、聞こえてきたのは気色の悪い裏声。そして肩に置かれた、女子というにはあまりにも無骨な男子の手。

 こういうときに悪ふざけをしてくるのは間違いなくラクだ。視線を向けなくてもわかる。

 オレの冗談に伊波(いなみ)さんは全くの無反応だ。が、ブリブリしているであろうラクに視線を向けたくないため、自分の身体の右側に手を伸ばし、手の平で気色の悪い何者かを押しのけて、伊波(いなみ)さんと視線を合わせ続ける。


 男子同士の仲睦まじい光景を見て、伊波(いなみ)さんはついに破顔して肩をすくめる。


「どっちにしてもさ! 暗いことを暗い雰囲気で考えるより、暗いことでも、こうしてワチャワチャしながら考えるほうが好き! きっと楽しいしね! 一ノ瀬(いちのせ)さんも、そんな暗いこと言わないの! わかった?」


 伊波(いなみ)さんは、夕刻で影に覆われ始めた教室を明るくしようと奮闘する。

 人差し指を立てて三人、一人一人に訴えかけるように言い、最後に一ノ瀬(いちのせ)さんに注意した。注意といっても、そこに圧は全くなく物腰は柔らかい。

 そして、どうやら伊波(いなみ)さんの思いが伝わったようで、一ノ瀬(いちのせ)さんの心に張り詰めていた緊張の糸が切れる音がした。

 一ノ瀬(いちのせ)さんは伊波(いなみ)さんに催促されて、一瞬、睥睨するが、すぐに目を瞑って鼻を鳴らし、


「わかったよ。そもそもこんなに捻くれたこと考えてるのってアタシぐらいだろうからな、三人もあまり気にすんな。メンタルコントロールのための自分を落ち着かせる言い訳にでも使ってくれ。この学校で起きる悪いことは全部、生徒会のせいだ。ってな感じで」


「そうさせてもらうね!」


 腕と足を組んで厳かに、しかし同時に口元から薄い笑顔が漏れている一ノ瀬(いちのせ)さんは生徒会を利用したメンタル維持の方法を提案してきた。

 生徒会への皮肉に満ちた彼女の案からは、一ノ瀬(いちのせ)さんがどのくらい生徒会を嫌っているかが強烈に伝わってくる。


 それを伊波(いなみ)さんは深く考える様子もなく即肯定。

 しかし、オレはまだ決めかねている。生徒会は本当に悪なのかどうかということに。


 一ノ瀬(いちのせ)さんの言うとおり、本当に生徒会がオレたちを操作しているのだとしても、それが必ずしも悪とは限らないと思う。別な言い方をすると、生徒会はオレたちに考える機会を与えてくれているとも取れるのだ。

 ただ好き勝手に生徒を操りたいのであれば、生徒会則で、『伊波(いなみ)サクはカエデに告白する』だったり、『一ノ瀬(いちのせ)アナトは学校で睡眠禁止』、『一年四組は一年三組にカチコミに行く』とか、もっと直接的に命令してもおかしくない。

 わざわざ学食利用を促すなんて、地味にもほどがある。


 オレは、ここにはなにか意味が込められていると確信している。実際、入学式で校長が言っていた「ヒントはすでに蒔いてある」という発言。このヒントこそ、生徒会則なのではないかと予想している。


 この違和感がスッキリするまでは生徒会が善なのか悪なのか、二者択一を保留にしようと思う。


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