第二十六話 ちんけな理由
「えっ?」
女子の反応に思わず垂れていた頭を上げるラク。
彼にとっては女子の反応が想定外だったのだろう。
これまではドスの利いた、威圧感に満ちた声だったものが、今は裏声で困惑してしまうほどにそれが薄れているのだ。
彼女の発したその声は、もはや子犬の鳴き声のように可愛らしく聞こえる。まあ、そんなはずないのに。
オレは彼女の反応を見るため視線を向ける。
そして彼女は首を傾げて、
「今さ、アタシのこと暴走族だって、そう言ったの?」
「左様でございます」
さすがに裏声ではないが、普通の女子、なんなら美声と呼べる透き通った声の返答。
女子の圧がかなり薄れているにも関わらず、ラクは武士の如き語調で再び頭を下げて返答する。
これはおそらく、ラクがふざけ始めているのかもしれない。さすがの切り替えの早さ。こいつは度胸があるというか恐れ知らずというか。
オレがラクの態度に呆れ半分で驚いていると、目の前の伊波さんが視線を左右に動かして、唇を震わせているのが見えた。瞬きは多く、足も内股でモジモジしている。
冷や汗かきまくりの彼女がなぜそんなことになっているのか、今までの会話の流れで大体予想できた。
―――――適当に吐いた嘘がバレそうになってビビってるのか。
ただラクを驚かせようと思って吐いた嘘がバレそうになって、それであんなにブルブル震えているのだろう。
その嘘と彼女の圧とラクの純粋さが絶妙に噛み合ってしまい、伊波さんは絶体絶命というわけだ。
そんな窮地に陥っている彼女からの熱烈な視線を感じ取ったが、オレは鼻で笑って目を逸らす。
彼女はオレに見捨てられ、絶望に満ちた顔で、椅子の上で硬直することしかできていないようだ。
なんとなしに今の彼女を表す四字熟語の多さを考えてみる。
自業自得、因果応報、自縄自縛…………。国語嫌いなオレでもパッと考えただけでこれだけあるということは、こういう哀れな人はいつの時代も存在するのだなーっと思う今日この頃。
ラクのおふざけ交じりの礼儀正しい態度に、女子は困惑の声色で、
「『左様』か……。ちなみにそれって誰から聞いた?」
伊波さんのピンチまで残り数秒。
ここで伊波さんやオレが返答すると、それはそれでややこしいことになる。
だから今は、ラクが空気を読んで上手く誤魔化してくれるのを願うしかない。
ラクは頭を下げたままわざとらしく渋い声をつくって、
「あなた様の眼下にお掛けになっております、『伊波サク』という者から拝聞いたしました」
願いむなしく、ラクは誰から聞いたかを素直に答える。
顔を伏せていて表情を見ることはできないけど、こいつのことだからどうせニヤニヤしているのだろうと予想は容易い。
対して、『あなた様の眼下』にいる人は顔面蒼白。
悪事身に返るとはまさにこのこと。
「ほー?」
ラクの報告によって、女子は声を低くしてその圧を復活させる。視線はゆっくりと下を向き、伊波さんへ。
「…………」
何も話すことができずに伊波さんは喉を鳴らす。
ゆっくりと振り返り、その女子と目を合わせると「おい」と圧をかけられて、
「アタシってそんな風に見えんのか?」
「い、いーえー! 滅相もござらんです! アタシさんは本当に素晴らしい方だと存じたいと思いたいです! あ、いや思っておりますです! はい……」
「ったくよー……、日本語ヘタクソになってんぞ。そんな敬語はやめろ、違和感がスゴイ。てか、ヤンキーだとか、暴走族だとか言われすぎてもう慣れてるんだが―――ところで伊波サク、誰からその噂を聞いた?」
「…………ウフフッ…お言葉に甘えて、敬語はやめるね。で、誰から聞いたかってことなんだけど、私が勝手に考えたんだよね」
女子は呆れながらも冷静に話している。
伊波さんも先ほどとは雰囲気を変えて柔らかい態度で返答する。
震えはなくなり、肩も脱力、伸ばしていた背筋も少し曲げて楽な体勢になっており、まるで別人かのような対応だ。
そして悪びれる様子を微塵も感じさせない語調でラクの方向に向き直り、己のやったことを告白する。
オレの目に再び入った彼女の表情はどこか笑んでおり、彼女の双眸は黒瞳の輪郭がはっきりしていた。
傍から見れば処刑人に自らの罪を告白するくらい、自分の首を絞めるような行為だが、この伊波サクという変人に至ってはその限りではない。
「なぜだ?」
彼女の背後に立っている女子は腕を組んで当然の反応を見せる。
勝手に他人のことをソッチ系の人呼ばわりして、その理由が気になるのは当たり前だ。
しかし、ここは伊波サク。彼女はその瞳孔を見開いて、ラクのことを見つめたまま、
「なぜって…………面白そうだからだよ」
「そんなちんけな理由でアタシのことをそんな風に言ったのか……」
「気を悪くしちゃったならごめんね?」
やはり期待を裏切らない返しだ。
そして全く気持ちの籠っていない謝罪。
怖いもの知らずの彼女は見ていてヒヤヒヤする。
こんな返答ならブチギレられてもおかしくないだろう。
女子は組んでいる腕を解いて、それを両腰に据え、息を大きく吐く。
吐いた反動でその分大きく空気を吸い込み、その大量に吸い込んだ空気により発せられるであろう大声に備えて、オレは身構える。
そして…………
「…………あっはっはっはっはっは!!!」
彼女は盛大に笑った。




