第二十四話 夕焼け色に彩られる花冠
伊波さんが、台風のような長髪爆睡系女子のことを、巷ではあまり聞かない女総長だと説明した。
それが彼女のイタズラだということは数秒考えれば簡単にわかることだが、オレにとってはお馴染みになってきた彼女のイタズラにいとも容易く引っかかるラク。
その証拠に、ラクは伊波さんの発言から数秒間の沈黙の後、小声で話すことを忘れて大声で驚愕の雄叫びを、背もたれに体をぶつけながら披露。
そういうオレも、一瞬だけ真に受けてしまい、体を小さく飛び跳ねさせるが、その反応はすべてラクに上書きされる。
―――――あまりにもいつもどおりの語調で言うものだから危うくオレも騙されそうになった。なんなら目の前で急に発狂したラクの方にびっくりしたわ。
と、二重の驚きを噛みしめていたところでなんと三重目。
先ほども響いた「うっせーーー!!」の言葉。それがラクの悲鳴に呼応するように再び響いたのだ。
がなりを含む、誰かに怒鳴られているような盛大な怒声に、オレは三回目の痙攣をさせられる。
しかし、体を震わせるオレよりもわかりやすく驚いていたやつが横目に見える。
背もたれに体を勢いよく仰け反らせていたそいつは、怒声の方角から突風でも吹いているかのように、苦鳴をさらしながら椅子から吹き飛ばされていたのだ。
―――――びっくりしすぎだろ。ラク。
地面にひっくり返るラクを見ながら胸中でツッコミ。
リアクション的には、某ヒーローアニメの敵モブも驚く情けなさだ。
目の前にいる伊波さんはラクの声にも怒声にも無反応だった。にも関わらず、ラクのやられっぷりを見るや否や、思わず頬を膨らませて、目は鮮やかな弧を描かせて、「ぷぅー!」と吹き出しているようだった。
そして口元を右手で隠しながら頬を赤くさせて、
「ご、ごめん、そんなに驚くなんて。わ、私も、驚いたけど、そこまで………ぷぅぅぅあっははははは!!」
「笑いごとじゃないんだが…………」
笑いこらえようとする努力が垣間見えたが、頑張りむなしく、口からはたまりにたまった大笑が大洪水を起こしており、その目からも洪水の一部が溢れていたようで、涙目になっていた。
ラクの無様っぷりに抱腹絶倒の伊波さんだが、その高笑いにもどこか可憐さがあり、オレは彼女の赤ら顔に視線のすべてを奪われていた。
伊波さんは目元の水分を手で拭いながら、もう片方の手で腹を撫でおろす。
その一つ一つの挙動がどれも画になっている。
重苦しい出来事ばかりだった教室に咲く一輪の花は、ここ最近さまざまな展開に巻き込まれて精神的疲労を抱えていたオレにとって、安らぎの甘美な香りを漂わせる、これ以上ない癒しとなっていた。
―――――何にも気を遣わなくて済む平和な情景を、脳内メモリーという宝箱に大切に保存することにしよう。
オレは日が傾き始めた橙色の空を背景にして、あどけない少女を中央になるように視線を動かす。
逆光に照らされた艶やかな赤みがかった花冠は、暖色に満ちる水彩紙にはうってつけで、無為な情景をより優美なものにしている。
オレはそれを見て思わずため息。
心の中の切羽が空いたような晴れやかな気分だ。
―――――ん?
その光景に魅入っていると、伊波さんの顔にかかる逆光が強くなった。
何事かと思い、彼女の背後に目をやると、そこにはゆらゆらと揺れる黒影があった。
それは人のような形をしており、ゆっくりと伊波さんの背中に近づいていく。
そして、そいつが伊波さんの真後ろに立ったとき、前髪をかきあげて、ずっと隠れていた顔を露わにした。
影がかかったそいつをよく見ると、うちの学校の制服を着ている女子で、生徒事情に疎いオレでも見たことのある容姿をしていた。
女子は右足に体重を乗せ、右手を腰へ、左手をボサボサになった前髪に添えて、上から睨みつけるように、
「おい、うっせーぞ…………」
ここ数分で二度も聞いた言葉の三回目。
しかし、今度は研ぎ澄まされた覇気を伴っている静かな声。
吐息交じりに告げられた言葉の圧は、先ほどの二つまでとは一線を画しており、呼吸するのさえ憚られる緊張感を演出している。
伊波さんは静かな怒声に喉を詰まらせ、表情筋を硬直させながら、ゆっくりと後ろに振り返る。椅子に座っている伊波さん目線からは、立っている女子の腹しか見えていないようで、後頚部を曲げて顔を見ようとする。
顔を見た伊波さんは冷や汗をかき、壊れたロボットのような動きで元の体勢まで戻る。
真上から見下ろされる女子の圧がどんなものかは、伊波さんの上がり切らない口角を見れば推察できる。
伊波さんにならい、オレも改めてプレッシャーのある女子の外見を観察する。
オレは悪びれもなく、ただまっすぐに彼女の姿を眺めて、なぜこんなにも圧があるのかを探る。
そして気づいたことがある。
―――――身長たっか。
体系はスリムで、足が長い。伊波さんでよく見えてはいないが、チラリと見える肌色により、鮮やかな美脚の所有者だということがわかる。
腰に手を当てて片足に体重を乗せる立ち姿はファッションモデルのようで、思わず「おー」という感嘆が漏れそうになる。
先ほどまで椅子やら机やらにぶつかりまくっていたことで乱れた制服も、彼女のポージングにより元からそういうものだったかのように映えている。
ここまでは本当に完璧で、美人と呼ぶに相応しいが、ゆいいつ美しさとは程遠い、しかしもっとも視線を引き付ける箇所がある。
―――――目、こわすぎない?




