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夢見た自由は遠すぎて  作者: 沢木キョウ
第二章 崩壊の後
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第二十三話 七転び八起き?

総文字数が200000字を超えました

ありがとうございます


 ラクはそれまでの高評価をすべて帳消しにする勢いで益体もない言を叫ぶ。

 結局こいつは、見た目どおり、感覚どおり、とりもなおさずラクでした。


 オレは胸中の微かな希望が御破算になったことで呆然自失の状態に陥ってしまった。

 しかし、それは二秒も続くことはなかった。なぜなら、ラクの発した宏壮豪宕の声に、上から被せる勢いで霹靂一声を披露した女子がいたからだ。

 それは目の前の美少女が発するとは思えない、がなりがあり、伊波(いなみ)さんによるものではない。その声に体が反応して、つい背筋を伸ばしてしまうほどだ。

 では、一体誰がこんな声量を出したのだろうか。


 そう考えていると、オレの視界の端、伊波(いなみ)さん越しに見える、先ほどまで寝ていた女子がゆらゆらとその身を捩る。

 顔がまだ机に触れている状態で椅子を引いた音が聞こえ、それに合わせて伊波(いなみ)さんとラクも首を回してそちらに顔を向ける。

 その女子は椅子から立つ限界まで額を机と離さず、長い髪が左右に、重力任せに垂れていく。固い机で快適な睡眠を取るため、枕代わりに使われていた両腕はついに持ち場を離れたようだが、その行先はなく、それもまた体の左右で脱力し、重力に逆らわず、体の動きに合わせて前後左右に揺れている。


 挙動は遅く、完全に椅子から体が離れるまで常人の数十倍はかかっていそうだ。

 そしてついに足を完全に伸ばして立つ準備が整ったとき、愛し合っていた机から離れた。が、まだ頭が冴えていない様子で、体は猫背の状態だ。

 あやふやな体勢で、フラフラしながらも足踏みをしてなんとかこちらに体を回転させている。

 彼女がこちらに体を向けてきたことにより、やっと正体が判明するかと思いきや、猫背と無造作に乱れた長髪が彼女の顔をギリギリまで隠す。

 すると、どこからともなく、「ぅぅぅうう“う”う“う”」だとか、「ぁぁぁああ“あ”あ”あ“」だとか、ゾンビ役もびっくりするクオリティの呻きが静かな教室に響く。

 そのがなり声は、口元がまだ明らかになっていない女子の方向から聞こえてきたような気がする。

 そして、そのゾンビはついに進行を始めた。方角は三人のいる方、つまりこちら側。

 あの体勢では前が見えにくいだろうに、彼女はその歩みを進める。


 ―――――まさか見えてるのか?

 

 と、思いたくなるような状況だ。

 どの作品も、ゾンビって目が見えてなさそうなのに人間に向かって一直線だよなー。なんていうどうでもいい独り言を胸の中で語らせつつ、その迫力にオレは思わず喉を鳴らす。


 しかし、オレの妄想はすべて勘違いだということが彼女の動きでわかった。

 彼女は両足でたたらを踏みながら、周囲にある、ありとあらゆる机と椅子に衝突しているのだ。

 やはり寝起きの状態に、前の見えにくさが加わると人間はまっすぐ歩けないのだなと、彼女を見ていれば痛切に感じる。


 その後の、よろめきながら歩く彼女は悲惨で、周囲の椅子や机を「ガシャンッ!」とひっくり返しながら、自分自身もひっくり返っている。

 あまりの凄惨さにオレたち三人は、瞬きの回数が増え、口を半開きにさせて呆然としていた。

 彼女は衝突して転ぶたびに、呻き声を上げながら、その身を起こすが、その回数が八回目になったとき、天壌無窮と思われた彼女はついに体を起こさなくなった。

 体はうつ伏せになり、起きる気配が全くない。


 あれだけの衝突―――まさかケガをしてしまった!?

 オレの脳内には、にわかに最悪な予想が過る。

 彼女がケガをしてしまい、それで体を起こさなくなったのではないかというものだ。

 呆れと同時に心配が湧き上がってくるが、そのとき、


「スゥ――、スゥ――」


 聞こえてきたのは穏やかな呼吸音。それは紛れもなく、倒れている彼女から聞こえてきている。

 それは彼女が夢の世界に再び旅立ったことを示している。

 オレたち三人はため息を吐き、その息吹に乗せて心配という感情は空気に溶けていった。


「あれ、どうすればいい」


「どうすればいいんだろうね」


「どうしよう」


 オレたち三人は作戦会議のときのように体を向きなおす。

 台風一過というべきか、それが過ぎ去る前に晴れたというべきか、あまりに予想だにしない展開に次に起こすべき行動に頭を悩ませる。


 ラクが椅子に座ったまま体勢を低くして、膝の上に肘を置いて顔を前に出す。そして、伊波(いなみ)さんとオレを手招きして、オレたちもラクと同じような体勢を取って、三人の顔が近くなるように動く。

 ラクはあの女子に声が聞こえないように小さな声で話をするつもりのようだ。

 三人の顔が近づいたとき、思ったとおりラクは小声で、


「(あれ、誰?)」


「(オレは知らない)」


「(お前、まがりなりにもクラス代表だろ)」


「(すまん、人の顔と名前が一致しなくて)」


「(もしかしなくても、若いアイドルグループの顔が全員一緒って感じるタイプか?)」


「(まあ、そうだな)」


「(マジかよ。じゃあ伊波(いなみ)は? あいつわかる?)」


「(もちろんよ)」


「(おっ! さすがだぜ。カエデとはちげーな)」


「(余計なお世話だ)」


「(ニヒヒ。いいじゃねーか。んで伊波(いなみ)。あいつは誰なんだ?)」


「(あの子はねー、かつてこの一帯を仕切ってた暴走族の女総長だよ)」


「……………………えーーーーー!?」



「うっせーーー!!!!!」


 


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