第十八話 薄情者
オレの言葉の意図が理解できなかったのか、夢乃君はその目を白黒させる。
『自由』とかいう、曖昧さと厨二病さを同時にはらんだ二文字を言い放った理由として、ちょっとだけかっこつけたかったというのは、ここだけの話。
でも、しっかりとした理由も、もちろん存在している。
一言でまとめると―――オレは許せなかったのだ。
結論はもう出ているというのに、それを他人に委ねたことに。
彼は言った。「クラス代表になりたくない」と。
そして、こう言った。「でも、みんなの期待を裏切るわけにはいかない」と。
オレにとっては、こんなの、導き出される答えは一択でしかない。が、彼はそれをわかっているはずなのに、無様にもわかっていないフリをして、オレに選択させてきた。
だから答えへのヒントとともに、投げやりの意味も込めようと思った結果、『自由』という言葉が最適だと判断したのだ。
しかし、いまだその意味を理解していない様子の夢乃君は姿勢を変えず、眉間を上に引っ張り、視線だけ向けてきて、
「『自由』ってどういうことだ? もう少し噛み砕いて説明してくれると嬉しいんだけど………」
「そのまんまの意味だよ。つまるところ、好きにしたらいいってことだ。―――オレは占い師でもなければ、未来人でもないし、偉人らのように先見の明に富んでいるわけでもない。だから、どっちがいいかは見当もつかない」
「それでも………直感でいいからさ、どちらかを選ばないと殺されるってことになったら、君はどっちを選ぶ?」
こうまでしてもオレにすべてを預けることを変えない夢乃君。
話を飛躍させてでも結論を聞きたいようで、仕方なくため息交じりに、
「………わかった。答える。―――本当に言葉どおりなんだが、『やりたいようにやる』方を選ぶだろうな。二つの選択肢が二律背反だったら、自分の願望を優先した方が幸せだろうし」
「やりたいこと………それはつまり………」
「周囲のことなんか気にせず、自分のやりたいようにやる。―――もっと簡潔にいうなら、クラス代表をやらない方を選ぶ」
オレはただ一つの答えを選ぶ。
彼の求める返答を心掛けたつもりだが、目の前の憐れな子羊は三度俯いて、
「でも、そうしたらみんなが………」
いつまでたっても釈然としない夢乃君。
そんな彼に痺れを切らし、胸を張って豪気に構え、
「クラスのみんなは二の次でいいだろ。どうせ、夢乃が頼んでもいないのに、勝手に期待と責任を押し付けてくる薄情者の集まりだ。お前が、そんな罰当たりの間抜けどもを突き放したところで、なんの天罰も食わないさ」
異様な語調に、話を終えた瞬間、「えっ」と驚きが漏れた。
強気に伝えようと思ってはいたが、無意識下にここまで強い言葉が溢れてくるとは思わなかった。もはや驚きを通り越して、自分の口の悪さが怖くなってきた。にわかに信じ難い。
夢乃君も、今までのオレからは絶対に出ることのない言動に、呆けてしまっている。
こんな強硬をするのはオレじゃないと言い聞かせつつ、一度、深く自省の意を含んだ深呼吸をして、
「すまん………今、多分、言葉おかしかったよな。気を悪くしてしまっていたら申し訳ない。こういうときは適切な助言をしなきゃならないのに」
海馬に強烈な不意打ちを食らった夢乃君は、現在と過去の『カエデ』を比べていた。
ついこの前までは普通だったカエデの性格が今日は変だ。おかしなことに、事なかれ主義のような振る舞いから、威容のある、迫力に満ちた態度へと変わっているのだ。
何が原因でそうなったのかはわからない。もしかすると、佐藤君や天賦君の件が関わっているのかもしれないが、断言できないし、もしそうだとしてもさすがに異常な変わり方だ。
友達ながらに畏敬の念を抱いてしまうが、今の俺にとっては嬉しい誤算。ここまでズバッと言ってくれると踏ん切りがつく。
―――――俺はこういう友達を欲していたのかもしれない。
体中をめぐっていた気色の悪い灰色の流水は、カエデのインパクトによって水明となった。
汚染物質が体内からごっそりと抜けていくのを心で感じながら破顔一笑して、
「いや、むしろ助かった! そうだよな、うん」
背もたれから解放され、腕を組んで点頭し、自分の中で一度整理する時間を設ける。
カエデの言うことは至極まともだ。
クラス代表を目指すべきか否か。その答えはクラスのみんなをどう思うかに帰結する。
言い方はアレだけど、クラスメイトは確かに、あらゆることを俺に押し付けようとしている。今朝も、「昨日送られたメールの件をどうにか対処してほしい」という相談があった。
こういうのは実力不足の俺でなく、本物のクラス代表に頼んでほしいものだが、相談事のとき、みんな必ず会話の中で言ってくる。
「夢乃君がクラス代表ならなぁ」
「アイツよりも絶対いいクラスにできるよ!」
「リーダーとか向いてるって!」
それを悪気なく、ただ純粋に伝えてくる。
だから俺も真っ向から否定できなくて、ついつい雑な愛想笑いを浮かべてしまう。気づけば、みんなに信頼される立派な男子生徒の誕生だ。
そんな存在にも平等に接してくれるのが『カエデ』という存在。
自分で言うのも妙な話だが、このクラスで俺にそこまで強気な発言ができる人はおそらくいない。
みんなカエデを悪く言うけどさ、俺だって退学者を選べって言われれば同じような展開になったと思うし、彼の悪い噂が本当かどうかもわからないだろ。彼の言ったとおり、無責任も甚だしい。
もちろんクラスの不幸を減らす努力はするけど、少しだけ………
「俺、好きにするわ」




