第十七話 心優しきはその身を削る
自分を低く評価することに関しては、オレと同じだとはにかんで言い張る夢乃君。
しかし、絶対に彼は自分を高く評価するべきだし、そうしてもらわなければ、本当に能力のない人らに対しては侮蔑的にしか聞こえない。
その諦めたような口元も、さっさとすげなく歪めてほしいものだ。そっちの方がお互いに軋轢が生じず、憂き目にあわずに済むだろう。
オレは彼の侮辱にも似た勘違いを確認するため、
「同じというと、夢乃君も自分のことを低く評価しているという認識で、相違ないか?」
再び腕を組みなおし、眉間に皺を寄せて横柄に聞く。どこぞの作品の強キャラをイメージした、太く余裕がある話し口で。
ついついオウム返しをするようになるほどの発言。
クラスを引っ張っていく存在としての矜持が欠如している考え方。
優しい人は自己を過小評価しがちだというのはわかるが、それとこれとは話が別だ。
彼には、このクラスの勇者になってもらわないと困る。クラスメイトらが今絶賛欲している、どんな絶望的な状況もひっくりかえせるような、そんな勇者に。
そして、見事に天賦君とオレの子どもじみた大立ち回りを諫めたとき、其方は真の英雄、名実ともにクラス代表となるだろう。
それくらいのポテンシャルが彼にはあると確信している。
しかし、目の前の勇者候補は、脱力で背もたれに身を預けるという矜持の欠片を微塵も感じさせない姿勢でコクリと頷いて、
「俺はさ、大した人間じゃないんだ。頭がめっちゃいいってわけじゃないし、社会性があるわけでもない。持っているとしたら、高めの身長と、恵まれた環境くらいなもんだ。友達に恵まれて、家族に恵まれて、出生に恵まれて、な」
彼は背もたれから距離を取り、その恵まれた身体を丸めて、テーブルの上に腕を置き、そこに映る自分の影を見つめた。
オレからは、天井から降り注ぐ光輝により、深い影に塗りつぶされた彼の顔が見えた。テーブルと彼の間の小さな空間だけ昼夜が逆転しているような明暗だ。
その小さな空間に視線を落としつつ彼の話を静かに待っていると、先ほどよりも籠った声で、
「………でも、本当はさ、それだけの男なんだよ。本物の俺は、今カエデの目の前にいるような、弱く、酷く臆病で、救いようのない、自分自身では何もできない、なんの取柄もない人間なんだ。みんなが望んでいる『夢乃望』という存在はただの偶像に過ぎない。そしてみんなは、ただの偽物に願っている。『クラス代表になってくれ』ってね」
彼の顔を、角度的にハッキリと把握することができない。
が、その心の内は少しわかった気がする。
覇気のない声、曖昧な抑揚、たびたび首を振る仕草。そこからは彼の自信のなさと迷いが読み取れる。
どうやら、オレが自己紹介のときに危惧していた、『過度な期待』という問題を彼は抱えてしまったようだ。先日の騒動を経て、クラス代表として夢乃君を推すような声が教室、さらには学校中に轟いている。それが彼の抱える『過度な期待』の正体だろう。
これは厄介なもので、一度その状態に陥ってしまうと依存症のように容易に抜け出すことができない。
しかし、その事態を抜け出すための対策が存在してはいる。ただ単純に問題行動を起こせばよいのだ。文字だけで見れば簡単そうだが、いざ実行に移すことは難しい。
人間は、心のどこかでは嫌われたくないと思ってしまう、そういう生き物なのだ。できることならオレも嫌われる人生より、好かれる人生の方が望ましい。
このようなことは夢乃君自身もすでに思索済みだ。
だからこそ、悩みの種として心の中に根を張ってしまった。
クラスメイトには弱みを見せたくない。けれども、「クラス代表として期待しないでほしい」とハッキリ言えば、クラスの不満が増してしまうという、意図せずに発生した矛盾が彼を蝕んでいる。
―――――どうすれば、誰も辛い思いをせずに済むのだろうか。
心優しい夢乃君はずっと前から、特にここ数日は考え続けていた。
そして、視線を下に、声を籠らせたまま、
「カエデ、俺は―――力不足の俺は、クラス代表になりたくない。君の方が向いてるから。でも、みんなの期待を裏切るわけにもいかない。それがみんなの心の支えになってるから。―――――なあ、俺は、現実から逃げて楽になるか、現実を受け入れて苦しむべきなのか。どっちを選べばいい………」
彼は姿勢を起こし、再び脱力して慣性任せにその身を背もたれにぶつけた。
重い選択肢がオレの目の前に出現する。この選択で、他人の人生を左右してしまうレベルのもの。
できることなら夢乃君に、「オレよりクラス代表向いてるんだから、四の五の言わずやれよ」と言いたいところだが、残念ながらそういう雰囲気ではない。
彼のように、「人生超絶明るいぜ!」みたいな人でもオレと似た悩みを抱えているんだな。そんな人にアドバイスできるほど、こちとら人生歩んでないんですけど……ここは友人として思ったことを素直に伝えよう。どうせ取り繕った言葉なんて求めてないだろうし。
だから、オレは「そうだなー」と言って、
「『自由』にしたらいいと思う」




