第十五話 作戦会議
伊波さんの『聞き込み調査』という提案にノリノリで応じる小芽生さん。オレたちが合流する前の暗さはどこへやら。
彼女はその人脈を利用して、知り合いにメールを出して調査するらしい。確かに直接聞きまわるよりも断然効率がいい。
「そのメールは何人くらいに出せそうだ?」
もっと詳細な作戦を練るため提案する。
人数によっては出番がなくなり、形だけの協力になることもありえる。オレがメールを送れる知り合いなんて、ここにいるメンツ、プラス数人程度だ。もしかすると、対面に座っているクラスカーストの男女トップの二人で事足りる可能性もある。
小芽生さんは悩むことなく自信ありげに、
「できるかどうかっていう話なら、クラス全員には出せる。―――でも気軽に出せる人でいったらクラスの半分ちょっと、二十人くらいかなー。まあそこは望君が残りの十人分をカバーしてくれると思う! ねっ?」
「……………ああ、まあな。俺はクラス全員に出すっていうのは無理だけど、やろうと思えば俺たち二人ならクラス全員に聞けるかもしれない。他のクラスはさすがにきついけどな」
当たり前のように夢乃君が協力することになっているのは、彼の優しさを考えればさほど驚くようなことではないが、さすがの二人。もうすでに交友関係がクラス全体まで広がっているようだ。
彼は協力の意を示してくれているが、しかしその表情はいまだパッとしない様子。なぜそのような状態なのかが気になるところだが、話を前へ進める。
「スゴイな、二人は。でもメールじゃなくていいやつもいるよな」
「ほう………例えば?」
「例えば、ここにいる四人。この場で作戦会議をしている時点でメールを送る必要はないだろう。あとは二人が直接聞ける仲のやつらもメールである必要はないはずだ。きっとグループチャットとか作ってるだろ? となると、実質は十五人ほどで済みそうか」
「おー、ならそれがいいかもね! 負担を減らせるし、グルチャの方が気軽に聞けるしね! やっぱり頭脳担当はサイコーだよ! ウチらは二人の駒として素早く動いて見せようじゃないかっ! シュッシュッ!」
座りながらアヒル口でシャドーボクシングを始める小芽生さん。
しかし、脇は大きく開き、手の形が猫パンチになっていることから、格闘技に関してはとんでもなく素人だということがわかる。さらに重心がブレブレで、リズムもあやふや。
なぜ突然こんなことに饒舌になってしまったのかと思ったら、そういえば数日前に、伊波さんが不良と、格闘の達人感満載の戦闘を目の前で繰り広げていた。
もしかして、これが女子の常識か!? と勘違いしてしまいそうになっていたため、普通の女子を再確認しようと思った次第だ。
結論、あのときの伊波さんは異常でしたとさ。
―――――今はそんなことはどうでもいい。
「二人を操るつもりは微塵の欠片もないんだが、実行役は二人に頼む」
「まっかせてー! そっちの二人は今後の作戦とかもっと考えといてね」
「わかった」
「おっけー! 頑張ろうね、カエデ君」
「うん」
「………」
小芽生さんは張った胸をポンッと叩いてその役割を請け負った。
伊波さんもいつもの調子で応える一方で、夢乃君は黙考している。
クラスにイジメがあるということに心を痛めているということもあるが、それとは別の事に意識が向いている様子だ。その証拠に、たびたび作戦会議への反応が遅れているようだった。
そして小芽生さんが「よしっ」と席を立って、
「今日の会議はこんなところかな。急に来てくれてありがとうね、二人とも」
「全然よ! こういうの探偵みたいで憧れてたんだよね」
「それならよかった。もうそろそろ戻ろっか!」
入学式メンツの女子二人がお開きの流れをつくるが、それを遮るように、
「すまん。二人だけ先に行ってくれ。オレは夢乃君と話したいことがある」
「―――ッ!」
夢乃君は斜め下を向いていた顔を上げ、目を見開く。
その驚きを無視して彼をこの場に拘束する。その顔が晴れない原因を突き止めるまで。
女子を含めた四人でいるより、男子のみの二人きりの方が心の内を明かしやすいだろう。これはそういう気遣いなのだ。
「それならウチらも待ってるよ!」
この場に残ろうとする小芽生さん。
それは彼女が夢乃君に好意を抱いているゆえの選択だろう。が、彼の本心を探るためには今だけは席を外してもらいたい。
安心してほしい。オレと二人なら彼は話してくれるという自分勝手な自信があるのだ。
どうにかして彼女を連れて行ってほしいので、オレは以心伝心が形になってきた伊波さんにアイコンタクトを取った。
アイコンタクトといっても、ただ己が双眸で彼女に訴えかけるだけ。
目の力を抜き、彼女の瞳の奥にある意識を見つめる。もちろん物理的に脳内を見るというわけではないが、そういうイメージで見るとなぜか彼女には通じるのだ。変なやつ。
すると伊波さんは、オレの双眸を見つめ返し、頬を赤くさせて唇を広げた。
その後、頬の赤みを取り去るために小さくため息をこぼして、目の力を抜いて、しかし彼女のトレードマークを崩さないまま小芽生さんの瞳を見た。
「小芽生さん………行こ?」
「わかった」
思考する暇を与えていないことが傍目でもわかるほどの一瞬の返答。
どんな才能だよと思いつつ、二人になることができたことに安心して目を閉じる。
伊波さんが速やかに、小芽生さんを連れてその場を去っていく足音が聞こえ、その距離感を予測して、ある程度離れたことを理解してオレはその目を開けて、対面に座る迷い人を見る。
「夢乃君は、なんでそんな顔をしてるんだ?」