第十三話 環境の被害者
「どこにいるんだろーねー」
もはや磁石並みにくっついて離れない伊波さんと二人で学食に来た。
そこそこの賑わいを見せているが、それでも以前のような活気はない。生徒会則の期間外になると寂寞とまではいかないくらいの、ものさみしさを感じる。
数十人の話し声が飛び交う場で、入り口から最も離れた、壁に近い席に隣同士で座っている、よく見慣れた男女二人組が目に入る。普段よりもどことなく暗い空気が取り囲む二人を見て、
「多分、あれだと思うけど、大事な話っぽいな」
「そうだね、ちょっとあそこの付近だけ照明届いてない?」
「まさか……そうかもな」
と思ってしまうレベルだ。
斜め下を向いて待つ二人の元へ、会話の樹海を潜り抜けて近づく。そこそこの人数からそこそこの視線を浴びるのにもそこそこ慣れてきたが、それでも悪評からなる冷ややかな視線にどぎまぎを隠せない。
全身全霊の平静を装って、なんとか二人の座る薄暗い席まで辿り着いた。
そこにいたのは小芽生さんと夢乃君だった。
つまり、あのメールの差出人は小芽生さんで、この二人が今話題のクラスの問題の解決を目指しているというわけだ。それでクラス代表であるオレを巻き込もうと。できることなら断りたいところだが、立場上それは不可能だということはオレでも理解できる。それに友達からの誘いだし誠心誠意の対応をさせていただこう。
小芽生さんがこっちを見て手を振る。
「やっほー、カエデ君。あっ、サクちゃんも!」
「どうも」
「私も来ちゃった! もしかして、邪魔だったかな……?」
「ううん、全然! 結局、入学式メンツなんだよね」
「なんだかんだな」
教室内での序列は全く異なるが、入学式の日に一緒に飯を食った仲だというだけでこのように関われるのは良き友達だと言える。
「ここに座って」
小芽生さんがオレたちを対面の席へ案内する。しれっと彼女が夢乃君の隣をキープしたのは気のせいだろう。
オレは誰が隣に座るかは全然気にしていないが、夢乃君がどう思っているかが気になるところだ。彼女の行動に頭を悩ませているのか、全く気にしていないのか、逆に彼女の好意が嬉しいのか。彼が彼女の好意に気づいていればの話だが。
そんなことを悠長に考えながら席に座るが、夢乃君の面持ちはどこか不安げだ。体を縮こまらせて斜め下を向き、下唇を軽く噛んでいる。教室では見られない顔だ。大勢に見られているときは、何があっても明るく振舞っている彼の本当の感情というのが今だろう。
小芽生さんが眉尻を上げて言う。
「早速なんだけど、相談があるの」
「イジメの?」
「そう、実はね、ウチ、誰が関わっているのか、知ってるの」
彼女は確信している様子だ。
これはカーストゆえの人脈の広さと、情報の収集力の賜物だろう。学校内においてこれに勝る力は多分ない。情報が現代の世界において重要だということは最近のマンガとかアニメ、ドラマを見ていればわかるが、それはこの場においても同様だと思われる。
そんな大事な力を、オレは全くと言っていいほど持っていない。だって嫌われてるし。
そのため今回のような問題を解決するにあたって、オレだけでは不可能だったところに小芽生さんの相談。タイミング的にはこれ以上ない。
オレの隣の伊波さんは驚いた様子もなく、
「誰?」
彼女もまた小芽生さんであれば情報を集めているということを理解していたのだろう。
小芽生さんのように詳細を知っていそうな人がクラスにいるということは、天賦君がイジメの件を把握していることにも多少の説得力が湧いてくる。
そしてオレたちも、たった今から情報を持つ者の仲間入りをしようとしているわけだ。
そんな情報提供者、小芽生さんは前屈みになって小さな声で、
「ウチのクラスにいる、いつも一人で過ごしてる『ミヤコさん』」
「あー、あの子か」
イジメに関わっている人として名前を上げられたのは『ミヤコさん』だ。被害者か加害者かは明言されていないが、普段の彼女を見ていれば推測は容易い。
失礼を承知で予想するなら、彼女は被害者だ。
イジメられているという意味でもあるが、自己紹介のとき、クラスで一番最後に自信なさげに下を向いて、もごついていた『ミヤコさん』が見事ぼっちになってしまったのは、ある意味、あの環境の被害者だとも言える。
自己紹介イベントがなければ、読書仲間として椿さんと仲良くなっていた未来もあったかもしれないが、今は昔。今では完全に立ち位置が異なる。
『椿さん』にあって『ミヤコさん』にないもの。この二人には一体どんな差異があったのか。
自己紹介のときの二人を思い出せば一目瞭然ではあるが、一言で表すならそれは『愛らしさ』に他ならないだろう。愛らしい雰囲気というものは曖昧で腹立たしいものだが、この世は理不尽なもので、たったそれだけでイジメの対象になってしまうのだ。
逆に、あの一瞬を頑張りさえすればイジメの対象にならなかったと考えれば、惨いことを言うようで心苦しいが、この現状は自業自得だ。
オレの人情味の欠片もない考えを他所にして小芽生さんは続ける。
「そう、それでね、あの子からその証拠ももらってるの」
「証拠?」
小芽生さんはすでに『ミヤコさん』ともコミュニケーションを取っているらしい。
この陽キャは本当にクラスの誰とでも関われるんだな。もう、自分と格が違いすぎて怖い。こんなにスゴイ人と話していると自分の矮小さが身に沁みすぎて泣けてくる。
と、考えていると目の前のスゴイ人が続ける。
「文章のスクショをもらってるの」