第十二話 超能力を手に入れた
何も変わらない授業。
ただ資料の順番に沿って話を進めていく四ノ宮先生と、彼女の話をボーっとしながら聞き流して指示があればその通りに動くクラスメイト。
ごくごく当たり前の、普通で退屈な授業にオレは集中できているわけがなかった。先生が説明しているときは視界の中に授業資料を入れてはいるものの、実際に見ているのは全く別のもの。
そう、あのメールの件と朝の自己陶酔君の言葉だ。
これらが、授業をマジメに受けたいオレの視界の裏側を埋め尽くす。
授業の内容を考えているような素振りを見せるが、本当に考えているのはこれらというわけだ。
まあ先生にもバレバレの爆睡をかますようなやつよりは優秀な部類だということでここは一つ。
自分がまだマシだということを自身に言い聞かせつつ結局、右手にシャープペンシルを携えながら例の件を反芻させていた。
彼の朝の言葉は引っかかる。
あれは今回の件の解決方法が思い浮かんでいる様子だった。それも絶対的な自信とともに。
ということは彼がイジメの全貌を知っている可能性もあるが、もしそうだと仮定すると、なぜそれをメールでクラス全体に送る必要があったのか。
単純にクラス代表であるオレの評判を落とすためか?
しかし、すでに地の底まで落ち切っているオレのクラス内の評判を落としたところで得られる利益なんて高が知れている。自分で言っていて悲しくなるな。逆に考えると自分を俯瞰できているともとれるかも……。
自身を慰めるのはこのくらいにして、つまりは可能性としてありえるのがオレの評判の低下目的というわけだ。
本当はこのクラスにイジメなんていう残酷なものは存在していなくて自己陶酔君の自作自演なら誰もが笑えるハッピーエンドになるだろう。イジメがなければオレにしか迷惑かからないしな。
いずれにしても、どう立ち回るのが正解なのか難しいところだ。
「―――これで授業を終わる」
授業と関係ないことに夢中になっていると案外、時が過ぎるのは早いものだ。自分と外の世界との時間の進みにギャップがあるかのような奇妙な感覚に陥る。
午前の授業が約四時間あったはずだが、絶対に一時間も経っていない。確信して言える。オレは周囲との時間の進み方に差を生じさせる超能力でも手に入ったのかと思った。
さて昼食は最近の流れ的に伊波さんと椿さんと三人で食べることになるのだろうけど、二人はこれからどうしようとしているのか確認するとしよう。席を立ってオレの方に近づいてきているのか、また照れて頬を赤くさせてこっちをチラチラ見ながら、本で自分の表情を悟られないよう鼻と口を隠しているのか。
どっちにしても椿さんの可愛い表情が見られそうで、楽しみで蒸発してしまいそうだ。
―――――あれ?
授業という鎖から解き放たれた生徒の喧騒を横目に見ながら、椿さんの席の位置を見たがそこに人影はなかった。
いつもならあそこでおずおずと震えているはずの彼女はどこかへ消えてしまっていたのだ。授業には出ていたはずだし、今朝も話をした。
まさか神隠しにでもあったのかと思ってしまうほどの出来事に開いた口が塞がらない。
珍奇な現象に驚いていると、
「あれ、椿さん、いないね」
「そっちも何も聞いていないんだな」
「うん、どこ行ったんだろうね。………うーん、もしかして私たちの他に話せる友達ができたとか!」
「そうだといいな………」
「ん? ちょっと釈然としてないね」
オレと同様に自分の席から周囲を見渡している伊波さんも椿さんの行方を知らないようだが、あの、人と話すことに不慣れな花の妖精がオレたち以外の誰かと貴重な昼の時間を過ごしていると思うと、心に霧がかかる。向こうにとっては迷惑千万な感情だが、それでも彼女への嫉妬にも似た黒々しい欲が抑えられないのだ。
「まあな、伊波さんの方は?」
「私はね、あの子が別の人と過ごすのは寂しいけど、それで笑顔が見られるなら全然いいよ!」
絵に描いたような完璧な友人だ。
彼女は綺麗事を透き通った声で発する。
淀みのない澄にオレみたいな廃棄物が付着してしまって本当に申し訳ないと心の底からつくづく思っている。
「さすがだ」
「なにが?」
「なんでもない。じゃあいつもの場所に行くか?」
「おっけー!」
明るい返事をもらい、多少なりとも未来に希望を見出していたのも束の間、スマホから音が鳴った。
しかし、今回は前とは少し違って彼女の元には届いていなさそうだ。となるとオレ個人へのメールの可能性が高い。生徒会からでも、昨日からのイジメ関連の話でもなさそうだ。
緊張感もなくスマホをポケットから取り出してメールを見た。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
一緒に食べよ!
――――――――――
カエデ君!
一緒に食べよ! あとメールのやつさ、相談したいの!
学食で望君と待ってるから
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
直接ではなくメールを寄越して伝えてきた人物には心当たりがある。
この文面のノリで、夢乃君と二人で待つ存在なんてオレの極小の人間関係の中では一人しか思い浮かばない。
椿さんがしれっと姿を消していた理由もこれかもしれない。オレたちが彼らに誘われることを見越したゆえの気遣いか、空恥ずかしさを感じたか。
一緒に食べよう!
と気軽に誘うことができたならどれだけよかったことか。空恥ずかしさはオレも一緒というわけだ。人のこと言えないな。