第二話 好奇心の権化
「中学三年生が持つ悩み」の続きです。
改稿 4/21 6/2
「ナビ、頼みます」
「任された!」
姉は満面の笑みを浮かべ、そそくさと部屋を出て行った。
えっ、ナビ任せた瞬間、ナビゲーターいなくなったんだけど。
姉が部屋を出て行き、部屋は暫しの間、静寂に包まれた。
十秒ほど待っていると、姉は鼻歌を歌いながらノリノリで部屋に入ってきた。
その手には姉がいつも使っているノートパソコンが抱えられていた。
その状況から察するに、どうやら姉は自分の部屋からノートパソコンを持ってきたようだ。
「なぜノートパソコン?」
「面白そうな学校のホームページを見つけたから紹介したるわ!!」
姉はノリノリで答えた。
やけに行動がスムーズだけど、まさかオレのために事前に調べてくれていたのだろうか。
いやそんなはずはない。
この話題を出したのは、これが初めてだし。
姉は、綺麗に整理されているオレの勉強机の上にノートパソコンを開いて、画面を見せてきた。
「ほれ、この画面をよーく見なさい。あなたは段々眠くなーるー…」
なんか適当なことを言っている姉の言葉を全部無視して、オレは椅子に座って、画面とにらめっこを始めた。
画面には、一番上に「花梗高等学校」の文字、そして中央には自然に囲まれた大きな校舎が映っていた。
「ちょっと、無視はひどいなー、姉ちゃん傷ついちゃったぞ!」
「どのくらい?」
「朝起きたら外が強風で学校から連絡が来て、今日絶対に学校休みだーって思ったら、気を付けて登校してくださいって言われたときくらい」
「それは重傷だな」
姉は想像よりもテンションが上がっていた。
適当に言葉を返しながら、「花梗高等学校」のホームページに目を通した。
「ところで、姉ちゃんが紹介したかった学校っていうのはこの『花梗高等学校』ってやつ?」
「そのとおり!」
「おすすめの理由は?偏差値が高いの?」
「いーや」
「家から近いの?」
「ノー」
「じゃあスポーツで有名とか?」
「それも違う」
「制服が豪華とか!」
「んー、あえてわからないと答えよう」
「はい??」
意味が分からなかった。
姉が自信満々に勧めてくるということは、ただの意地悪というわけではなく、それなりの理由があるはずだ。
しかし、該当する要素はない。
一体、姉にはこの学校のなにが魅力的に見えたのか。
「この学校の良いところは?」
当然の疑問である。
返答によっては、今後の姉との関わり方を考えなければならない。
「それはね………」
姉は首を傾けながら言葉を選んでいた。
なぜだろう。
ただ、この学校を勧めてくる理由を知りたいだけなのに、姉ならきっと面白い理由を答えてくれるに違いないと期待している自分がいる。
さあ、なんと答えるんだ、天才よ。
オレに魅せてくれ。
「………面白そう!!」
返ってきたのは色んな意味で期待を裏切らない答えだった。
この天才が自信満々に言う言葉の意味は、やっぱりオレにはわからなかった。
オレには見えていない景色が姉には見えているのだろう。
オレが唯一信頼している姉のことを今一度、信じてみようと思う。
「…わかった」
「そうだ、この学校のいいところを強いて挙げるなら、入試形式は個人面接だけで、学費もかからないってことかな」
姉は、付け加えるかのように花梗高等学校の良いところを挙げてきた。
サラッと大事なことを言うもんだから、聞き逃しそうになってしまったではないか。
その情報は、「面白そう!」より、もっと最初の方に言うべきことだったと思う……。
「え、めっちゃ良いじゃん」
「でしょー! 姉ちゃんに抱きついて来てもいいよー//」
姉は、オレの椅子の真横で、座っているオレに視線を合わせて、両腕を大きく開けながらこっちを見ている。
一瞬だけ目を向け、すぐにノートパソコンの画面に視線を戻した。
「もしかして、姉ちゃん拒否された!? ぐぅー…姉ちゃん傷ついちゃうぞ…」
「どのくらい?」
「バレンタインの日に、気になってたクラスの女子に呼び出されて、『これ!』とチョコを渡されて、ついに自分にも青春が来たのか―って感動してたら、『〇〇君に渡して!』って言われたときくらい……なんかごめん」
「それは重傷だな…というか謝るな」
「もういいの、カエデ…それ以上は自分を苦しめるだけだから……」
姉は想像よりもテンションが上がりすぎていた。
適当に言葉を返しながら「花梗高等学校」について調べた。
どうやら姉の言っていた通り、入試は個人面接だけで、学費は無料らしい。
さらに、この学校は校則というものが存在せず、生徒の自由を尊重してくれるらしい。
なんでこんなにも他の学校と毛色が違うのだろうと思ったら、なんとオレたちの代から生徒を募集している新設高校ではありませんか。
オレがこの学校の初めての生徒になれるって考えると急に魅力的に見えてきた。
「どう? 興味が湧いてきた?」
オレとノートパソコンの画面の間に、姉が横からにやけながら入ってきた。
一瞬視線が吸い付けられたが、すぐに顔面越しに画面を見つめ直した。
「興味は湧いてきたけど…」
オレは確認しなければならないことがある。
学校を選ぶうえで最も考慮しなければならないことだ。
「進学とか就職とかは問題ないの?」
これだけ毛色の違う校風だと、専門学校色が強くて、特定の職種にしか就くことができないのではないかと感じた。
オレが高校を選ぶうえで考慮するべき内容の一つに、「将来の選択肢が多いこと」があるから、これは絶対に抑えておきたいポイントなのだ。
「問題ない、それは私が保証する」
家ではいつも変なことしかしていないあの姉が、珍しくマジメな顔で答えた。
その表情は、どんな言葉よりも説得力があった。
これだけ信頼の置ける情報は、どのメディアを探しても見つからないだろうから、オレの不安は杞憂に終わったというわけだ。
「そうだ、ちゃんとホームページの一番下まで確認しなよ」
姉の表情が、いつも通りの笑顔に戻った。
顔が真剣ではないからと言って、姉の言葉に説得力がなくなるというわけではない。
この雰囲気から放たれる、オレへの気づきを促す言葉というのも聞き逃すことができない面白要素だ。
オレはその気づきを得るために、姉の言葉どおりホームページの一番下までスクロールすると、なにか文字が書かれていた。
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生徒会則
入学式が終わるまで生徒同士の会話を禁止する
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オレはここに書かれている内容を理解できなかった。
もちろん日本語的な意味は分かるけど、普通の学校ではありえない内容すぎて、受け入れるのに時間がかかってしまった。
「姉ちゃん、ここに書かれてる生徒会則の意味わかる?」
オレは画面を指差しながら、姉に聞いた。
すると姉は、顎の下に手を当てて、考える唸り声を上げながらも、楽観的に答えた。
「んー……どうだろう、よくわかんないけど、こういう普通じゃないのって面白そうじゃない?」
この好奇心の権化め。
普通とはかけ離れている、いわゆる、異常に対して自ら飛び込むことを躊躇わないのは姉の良いところでもあり、悪いところでもある。
この異常さが姉を天才たらしめている所以なのかもしれない。
あまり気乗りはしないが、少しだけその好奇心を見習ってみようと思う。
「たしかに、普通とは違う学校って面白そうだよな………オレ、ここに決めた」
オレが画面から目を離して、横にいる姉に視線を向けながら言うと、姉は笑顔のまま言った。
「ありがとう!!」
なぜか感謝されたが、オレは「花梗高等学校」に入学することに決めた。
そして月日は流れ、あまりにも静かな、花梗高等学校第一期入学生徒の入学式の日が来た。
姉はノリノリで部屋に入ってきた
姉は首を傾げながら言葉を選んでいた
オレがこの学校の初めての生徒
問題ない、それは私が保証する
あまりにも静かな…
第二話にして早速、生徒会則の登場です
みなさま、この季節は体調管理を怠らないでくださいね
次回、入学式いきます