第四十五話 例外 (二)
前回は、寝たフリでした
今回は、なんか良さそうです
「ねえ、カエデ君、起きてるでしょ」
「うぐぁ……!!」
耳元で囁かれた声に、オレは思わず、内容を理解する前に、その声から離れるように飛び起きてしまった。
多分、変な声は我慢できていたはずだ……。
以前にも同じようなことがあったが、あのときと違って今は囁く必要は全くないのでは?
ただのイタズラなのだとしたら、オレの精神が耐えられるかあやしいし、あと数回でやめてほしい…。あと数回だけはね……。
「あっ……」
思春期男子がしがちな妄想をしていると、オレの耳が元々あったであろう位置に顔がある伊波さんと目が合った。
彼女は小悪魔のような笑顔でオレのことを見ていた。
オレは、そのイタズラ女子に対抗するため、無表情を演出し、なんとか思考して導き出した疑問をぶつけた。
「おい、なんでわかった」
普通に考えて、オレの後ろと横から見た姿勢だけで、オレが起きていることがわかるのはおかしい。
睡眠の専門家でもない限り、寝ているかどうかの判断を正確に下すことはできないだろう。
すると伊波さんは、テストで難問に出くわしたような顔で少し悩み、またしても小悪魔のような笑顔になって言った。
「それはねー……女の勘、だよ?」
伊波さんは、また明確な回答を避けている気がするが、それにしてもズルい。
女の勘って、オレの認識だと、主に恋愛に用いられる言葉だと思うのだが、それがこんなに乱用されるのはいかがなものかと。
多少のしこりが残りはするが、オレはこの解答についてこれ以上言及するつもりはない。
謎めいていたほうが、面白そうだし。
「そうか」
オレは一言だけ伝えた。
「すごーい! 伊波さんって、勘が当たる人なんですね!!」
唐突に話に入ってきたのは椿さんだ。
伊波さんとの駆け引きに夢中になっていて、伊波さんの隣の位置まで来ているのに気がつかなかった…。
それにしても、椿さんは純粋な目をしている。
伊波さんが冗談を言っているのに気づいていないのか? まさかそんなはずは……。
「フッフッフッ……私はねー、第六感を持っているのだよ……」
あっ、伊波さんの悪ノリが加速してる……。
相手は冗談が通じにくいタイプっぽいから、ほどほどに……。
「ほへえーー!! すごい! すごいです!! じゃあじゃあ、この教室に次に来るのはだれだと思いますか!?」
「あっ、えーとー……」
ほーら、言ったとおりだ(言っていない)。
オレは知らんぞ。自業自得だ。
「そうだなー……夢乃君…かなー?」
伊波さんは明らかに苦し紛れの答えを出した。
根拠なんて一つもないはずだし、さすがに当たるわけがない。
確率で言うと、四パーセント未満だぞ…さすがに……。
伊波さんが予想を言うと、教室の後ろのドアが開く音がした。
「ふぁーあ……おはよう、お前ら早いなー」
ドアの方向を見ると、そこには欠伸をしながら教室に入ってくる、背の高い、イケメンの……夢乃君やないかい!
なんで、当てられた?? 実は夢乃君が後ろを歩いていたのを知っていたのか? まさか本当に、第六感…なのか…?
答えを当てた張本人がどんな表情をしているか確認すると、さきほどまでのドヤ顔がなくなり、口が下方向に開いていた。
察するに、本人も予想していなかったようだ。
よかったー! 伊波さんが度々使う「女の勘」が本当に存在するのかと思ったー。夢乃君が来るのを当てられたのは偶然だよな! うん!
「ん? お前ら、なんかあったか?」
夢乃君はオレたちを見てそう言った。
たしかに、なにかあったかと問われれば、なにかはあったんだけど……なんでそのことがわかったんだ?
えっ、まさか、夢乃君も……女の勘を!?
これは確認しないといけないな。
「なんでそう思った?」
オレは非科学的な事象を間近で観察できるかもしれないという淡い期待を胸に、夢乃君に聞いた。
「だってよー、カエデは伊波さんを真顔で見てて、椿さんはカエデとは逆に、伊波さんをとんでもなく興奮してる表情で見てて、そういう伊波さんは俺のことをまるで『そこにいるはずのない人がいる!』みたいな表情で見てたし、こんなの、ツッコミ待ちですって俺に言ってきてるようなもんだろ」
夢乃君は、その状況に呆れながらも、淡々と説明した。
彼の言うとおりであれば、このよくわからない状況は、彼にあの質問をさせるに値する。
きっと、オレが彼の立場でも同じ質問をしただろう。
よかったー。さすがに夢乃君は『女の勘』を持ってないんだな。
まあ、持ってたほうが面白くは合ったけど。
ちなみに今は、伊波さんとオレは夢乃君のほうを見ているけど、椿さんはオレたちが夢乃君と話し始めると、伊波さんの後ろに隠れてしまったようだ。
さっきまでの、あのキラキラとした顔が嘘のように、今はどんな表情をすればよいか、あわあわしている。
やはり、彼女はまだ、伊波さんとオレ以外とはうまく話せないんだな。
「そっか! まっ、いろいろありはしたけど、大したことじゃないよ! ねっ? カエデ君??」
このエスパー(仮)め……困ったことがあったら、とりあえずオレに頼るのやめませんか??
そんな下手なウインクで合図しても………今回だけだぞ。
「そうだな。ただ、にらめっこをしていただけだ(これが最後だからな、伊波さん)」
「そうか……」
ここは話題を変えて……
「そういえば、夢乃君って一人で登校してるんだな」
見たところ、教室に入ってきたのは彼一人のようだ。
クラスにいる雰囲気的には、五、六人くらいは連れて登校してるもんだと、勝手に思ってた。
「そうだよ。俺はだれかといるときと、独りでいるときの区別をハッキリとさせたい性分でね。登校するときは一人で、学校にいるときはグループで過ごすっていう風にしてるんだ」
「そうなのか……」
オレはてっきり、夢乃君は、ずっとだれかといるのが好きなんだと思ってたけど、案外そうではないんだな。
たしかにオレも、ずっとだれかといる生活は窮屈で仕方ないし、共感できる。
「よっ! 望! おはよ!」
「おはよー! 望君!」
夢乃君と会話をしていると、教室にぞろぞろと生徒が入ってきた。
夢乃君は、その大群に流されるように窓際の席へ行き、いつもどおりのグループを形成して会話を始めた。
これが彼の、独りからグループになる瞬間か。
彼の話している様子を見ると、さきほどよりも声が上ずっており、常に笑顔をつくるよう意識しているのがわかる。
なぜそんな窮屈な世界に自分の身を投じているのか、オレには理解ができない。
「椿さん、大丈夫だった?」
夢乃君から隠れていた椿さんに、顔だけ振り向いて心配の声をかけたのは伊波さんだ。
伊波さんも、椿さんのコミュニケーションの苦手さを理解したうえでの心配なのだろう。
「はい、大丈夫です。ごめんなさい、二人に迷惑をかけるようなことになってしまって」
椿さんはさっきまでの出来事でオレたちに迷惑がかかったと思っているようだが、オレはどちらかというと、伊波さんに迷惑をかけられたと思っている。
「オレは全然気にしてないぞ」
「私も! ……あっそうだ! 椿さんにアドバイスしてあげる! もしも困ったことがあったらカエデ君に押し付k…頼ってみたらいいよ」
「今、押し付けるって……」
「言ってない」
「いや、言っ……」
「言ってない」
「……」
伊波さんの笑顔の迫力に、オレは黙ることしかできなかった。
これで椿さんも、伊波さんと同じように、オレに全部振ってくるようになったらどうするんだ。
「二人とも……ありがとうございます! ワタクシ、頑張ってみますね!」
どうやら椿さんは元気を取り戻したようだ。
「カエデさんを頼れるように!!」
「……」
オレは椿さんの元気に、黙ることしかできなかった。
……
そうして、適当な話を三人でしながらホームルームの時間になるまで待っていた。
気づけば、教室の中にはほとんどの生徒が登校しており、ホームルームまで残り数分という時間まで迫っていた。
「あっ! そうでした! 伊波さんには朝話しましたが、カエデさん、今日の昼、ご一緒しませんか? ワタクシ、二人に弁当をつくってきたので、ぜひ食べてほしいのです」
「それはありがたい。女子に弁当をつくってもらえるなんて、オレには無縁だと思ってたからうれしい。本当にありがとう」
「いいえ! 友達なんですから!」
「友達、か……そういえば、伊波さんと椿さんは今日一緒に来てたみたいだけど、もしかして毎朝一緒に来てるのか?」
「いや、いつもは違うけど、今日はたまたま会ってね、それで一緒に来たの!」
「そうだったのか」
「ははぁーん…もしかしてー、妬いちゃったー?」
「『妬き』はしていないが、『焼き』はしたな、今日は空を眺めながら登校したから、肌が焼けたかもな」
「あは…あはは……面白いね……」
「無理に笑うな」
「フフッ……でも、今日はそれくらい良い天気ですよね。これだけ快晴だと、なんだか今日が楽しい一日になる気がしますね!」
「んもー、椿さんはかわいいねー、カエデ君と違って」
「比較対象がおかしいだろ」
「(ピロン……)」
そんな他愛もない会話をしていると、複数の場所からスマホの音が聞こえた。
「なんだろう……」
オレのスマホも音が鳴り、オレたち三人は会話を中断して、それぞれがスマホを開くことにした。
周囲の生徒たち、おそらく全員が、スマホの画面を見ている。
こんな同時に、偶然、クラス全員のスマホが鳴ることはありえるのか。
確率の壁を越えた瞬間をついさっき見たばかりで、今の現象もなくはないと思いつつ、自分のスマホを確認した。
メールが一通、届いていた。
それはねー……女の勘、だよ?
謎めいていたほうが、面白そうだし
まあ、持ってたほうが面白くは合ったけど
なぜそんな窮屈な世界に自分の身を投じているのか、オレには理解ができない
いや、いつもは違うけど、今日はたまたま会ってね、それで一緒に来たの!
これだけ快晴だと、なんだか今日が楽しい一日になる気がします
耳元で囁かれたのは、「第十五話 不自由な選択」ぶりです
次回は、生徒会則です




