第四十一話 最後の平穏 (四)
今回で、総文字数110000いきました
ありがとうございます
前回は、シミュレーションでした
今回は、びっくりです
今回は、「小さい謎」が出てきますが、本気を出せば正体が予想できると思います
あと、ギャグ展開みたいになりました
伊波さんとオレは、椿さんに案内されて図書館に向かっていた。
授業の終わりで賑わっている廊下を足早に抜けて、人気がないが、広々とした多目的スペースまで来た。
そこにはテーブルが数台と、それぞれに椅子が数脚あり、友達とトランプをしたり、話したりするのに最適そうな場所だ。
その両サイドの窓は、ガラス張りになっている。
左の窓からは、学校の校門が見え、ちょうど下校している生徒たちが見える。
右の窓から見える自然の景色も、ピンクと緑に染まっていて、なかなかに悪くない。
「わぁー!! すごーい!! こんなところがあったんだねー!!」
この開放的な空間を、両手を広げて駆け足で周り始めたのは伊波さんだ。
オレも、この二人がいなければ、大声で走っていたに違いない。
「ここは、なんで人がいないのかわからないくらい良い場所ですよね! ワタクシのお気に入りスポットの一つなんです」
椿さんは、案内の足を止め、自分の世界に入ってしまった伊波さんを野放しにして、オレに説明した。
この場所から、下校している生徒たちを見ていると、なんだか自分が偉くなったと錯覚してしまう。
「椿さんは、この場所をいつから知ってるんだ?」
オレがその光景に感動しながら質問すると、椿さんは少し悩んでから答えた。
「えーっと…入学式の日…ですね。図書館を探すために学校の中を彷徨っていたら、ここを見つけたんです。人がいないので、ワタクシはよく、図書館や…この場所で、一人になって心を落ち着かせています」
椿さんは、そんなに最初のころから、こんな場所を知っていたんだな。
オレも知っていれば、一人になりたいときとかに、ここに来ていただろうに。
この場所を一人で使っていたとは…羨ましい。
「じゃあ、この場所は椿さんが独占していたってことか」
オレが椿さんへの嫉妬を独り言のように呟くと、彼女は思い出したかのように言った。
「そういえば……ここを利用している人が一人だけ、いたんですよ! たしか…入学式の日のー…放課後だったような……」
椿さんは腕を組んで思考を巡らせていた。
少し経ち、彼女は組んでいた腕を解いて、左手の平に、右手の拳を上から軽く叩きつけて言った。
「そうでした! ワタクシはあの日、多くの生徒が下校しているとき、図書館にいたんです! その人を見つけたのは、ワタクシが図書館から戻ったときだったので、普通の生徒はもう下校済みのはずですが、その方は、左の窓からだれかを眺めていました!」
「だれかを?」
なんと…この場所を利用して人を眺めるのが趣味な人がいるらしい。
椿さんは、もう一度腕を組んで、続けて言った。
「はい! そうです! 窓にへばりつきながら、顔を赤くして激しく呼吸をして見ていましたね。そして、その人はワタクシの存在に気づいたのか、すぐにどこかへ走っていってしまいました……。その人のへばりついていた窓には、白く呼吸の跡が残っていて、ワタクシはそこから、その人がなにを見ていたのかを確認したんです。ですが……」
椿さんが重要な部分を話す直前、多目的スペースを堪能していた伊波さんが、スキップで合流した。
「なんのっ! 話っ! しーてーるーのっ?」
伊波さんは、スキップに合わせて、リズミカルに言ってきた。
周りに他の人がいるときには見せない、素(だと思われる)の伊波さんだ。
この場に他の男子がいなくて良かったと、心の底から思っている。
その伊波さんに、椿さんは小さく、フフッと笑って言った。
「あの…実はですね……この場所は……」
静寂が空間を吹き抜ける。
伊波さんは、椿さんに顔を近づけ、なにを話すのかを、今か今かと待っている。
その目からは好奇心が、口角の上がった口元からはワクワクが伝わってくる。
オレは、椿さんがこれからなにを言うのかを知ってはいるものの、無意識に息を呑む。
椿さんは、目を細めた。
そして大きく息を吸い…しかし囁くような声で、ゆっくり言った。
「幽霊が出るんでs……」
「ぎゃあああああああああああ」
椿さんの発言に間髪入れず、というか言い切る前に、絶叫の声が多目的スペースと廊下に響いた。
オレもその叫び声に、思わず体が反応してしまった。
なんとか声を我慢できたが、危ないところだった。
予想外だ。
椿さんが、急に冗談を言うなんて。
彼女もまた、周囲に人がいないことで、素(だと思われる)の自分を出すことができているのかもしれないな。
予想外といえば……
「伊波さん、幽霊は無理なタイプなのか?」
さっきの絶叫とともに、前のめりだった姿勢を仰け反らせ、両手を上げて、口を大きく開けたまま、時が止まってしまったかのように地面に倒れた伊波さんに聞いた。
「……」
しかし、数秒待っても反応がない。
オレは、このよくわからない事態について、椿さんに相談しようとして彼女を見た。
しかし、その顔は青ざめ、彼女の両手は震えた口元を隠そうと必死で、足も内股になって小鹿のように震えていた。
えっ、なんで脅かそうとしたほうが、そんなリアクションを取ってるんだ!?
伊波さんがびっくりするのは、まだわかるけど、なんで椿さんも……?
さらによくわからない事態になり、なんだかオレも変なリアクションをしたほうがいいのかと思い始めてきた。
急に地面にのたうち回るとか、急に変顔をするとか……。
踊りだすのも悪くないか……。
すると、オレが奇行を始める寸前、椿さんが震えた声で言った。
「あっ…あっ…あぁー……! ど、どうしましょう!! カエデさん!! い、伊波さんが……! し、し、し…死んで…しまいました!! わ、ワタクシは……なんて…ことを……! はわわわわわわぁぁ」
椿さんは、涙目になりながら全身を震わせて、オレに伝えてきた。
なんだこの生き物。
子犬みたいで、愛らしい。
オレは、そのペットの頭をなでようと右手を伸ばした。
……
…………
おっと、危ない。
オレは同級生の女子の頭に触れる前に、なんとか理性を取り戻して踏みとどまった。
無意識に発動していた奇行を誤魔化すために、オレは行き場を探索中の右手を、椿さんの左肩に乗せた。
そして、オレは事故が起きずに済んだことに安心し、静かに目を閉じて、「オレはなにもしていない」ということを示すため、首を横に二往復させた。
「ひっぐ!! そ、そんな…………!! 友達になれたと思っていたのに…!!」
椿さんは、さらに涙を溜め、もう今にも溢れ出しそうになっていた。
もしかして、オレが椿さんの頭をなでそうになってしまったことに気づいたのか??
それが嫌で、オレとは友達になれない…ということに違いない……。
友達がいないことには慣れているつもりだったが、なんだろうな…この気持ちは…。
「ちょっとー!! 勝手に殺すn……」
「うぢゃああぁ」
二人で悲しみに暮れていると、伊波さんが目にハイライトを取り戻して声を発した。
伊波さんの発言に間髪入れず、というか言い切る前に、絶叫の声が多目的スペースと廊下に響いた。
オレもその叫び声に、思わず体が反応してしまって椿さんの肩に乗せていた右手を離した。
なんとか声を我慢できたが、危ないところだった。
伊波さんは、「いしょー」と言って体を起こし、ジャンプするようにその場に立った。
一方で、絶叫した張本人である椿さんは、前屈みだった姿勢を仰け反らせ、両手を上げて、口を大きく開けたまま、時が止まったかのように固まってしまった。
魂の抜けた椿さんの目の前で、伊波さんは手を振って呼びかけた。
「おーい……ねぇーえ! だいじょーぶー?」
すると、椿さんは体の硬直が解けたようで、両手を握りしめ、腕を下に伸ばした。
その顔は、エサを頬張っているハムスターのようになっており、涙目で伊波さんのことを睨んでいた。
「んーもう! びっくりしたんですよ!!」
小動物が怒ると、伊波さんはそれをあやすように、頭をなでながら言った。
「ごめんねー、怖かったねー、よしよーし!」
「んんんんー!」
伊波さんにあやされると、椿さんは、ふんすふんすと威嚇しながら、伊波さんに攻撃力ゼロの連続パンチを繰り出していた。
心なしか、「ポコッポコッ」という音が鳴っている気がする。
それを受けて伊波さんは、涎を垂らしながら、明らかに危ない笑顔をつくっていた。
(このままでは、椿さんが危険だ!!)
「もう行こう。図書館はもうすぐなんだよな」
オレはそう思って、このよくわからない事態を終わらせようとした。
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あのときは話が途切れてしまったが、椿さんの言っていた「ですが……」の後に続く言葉は、流れ的におそらく、「だれもいなかった」だろうな。
たしか…入学式の日のー…放課後だったような……
普通の生徒はもう下校済みのはずですが、その方は、左の窓からだれかを眺めていました
「だれもいなかった」
「いしょー」は「よいしょー」と同じです
もし、目の前でだれかが倒れてるときに、肩に手を乗せられて首を横に振られたら勘違いしてしまいますよね
それにしても、椿さんかわいいですね
ヒカリさんとの共通点? 「かわいいこと」で間違いなしです
個人的お気に入り回でした
次回は、やっと図書館です
あと少し…あと少し…