第四十話 最後の平穏 (三)
今回で、四十話目です
ありがとうございます
前回は、勇気を出しました
今回は、脳内シミュレーションです
午後の授業が始まった。
いつもは睡魔との戦いに没頭する時間だが、オレは午前のときよりも四ノ宮先生の話している内容を素直に吸収することができている。
理由は二つ。
一つ目は、中間テストの合計点勝負があるからだ。
やるなら本気で、圧倒的に勝ちたい。
だからこそ、テスト範囲になるだろう今の授業内容を集中して聞いている。
二つ目は、絶望していたときに、椿さんから誘いがあったからだ。
普段なら、この後は授業を受けて家に帰るだけだが、今日は違う。
椿さんと伊波さんと一緒に、放課後に図書館に行く約束をしたのだ。
美少女二人と三人で交流できるのが嬉しくて、今からすでに浮かれているわけではない。
ただ、この異常事態が楽しみで、眠気が吹っ飛んだだけの話だ。
水曜日とか木曜日はやる気が起きないが、金曜日は休み前日ということもあり、学生たちが妙にやる気に満ちているような現象がオレの身にも起きている。
さて、出された問題も速めに解き終わったことだし、暇つぶしとして、クラスメイトのやる気を観察してみようと思う。
オレは周囲を見渡した。
四ノ宮先生は教卓の前で、電池が切れたロボットのように固まって、生徒が問題を解き終わるのを待っている。
本当に生きているのか怪しいが、目だけはなんとか動いているようなので、大丈夫だろう。
隣を見ると、伊波さんはオレと同じく、先生に出された問題を解き終わったようで、静かに姿勢よく目を瞑って待っていた。
呼吸は一定で、顔も一見、寝ているように見えるが、その姿勢を見れば精神統一しているだけだということが容易にわかる。
それにしても、さすが伊波さんだ。
毎回マジメに授業を受けているだけあって、問題を解くのが早い。
次に、窓際の席にいる夢乃君と小芽生さんを見ると、夢乃君はまだ問題を解いており、小芽生さんは目が半開きになっており、瞬きの数がやけに多くなっている。
この調子なら、中間テストの勝負は伊波さんの勝利で終わるだろうな。
飛勝君を見ると、姿勢は良いが、頭が下がっている。
あれは起きているフリをして、思い切り寝ている生徒のとる姿勢だ。
本人はバレていないと思っているだろうが、その実、先生側からは判別ができるというのを昔聞いたことがある。
やっぱり、マジメではないのか??
前に見たときはマジメに授業を受けていて、今は寝ている。
よくわからない生徒だ。
オレの後ろにいる佐藤君と鈴木君は見るまでもない。
寝息が聞こえてくる。
つまり、二人とも爆睡だ。
生活態度を改めなければならない時期にも関わらず、授業中に寝るとはなにごとか!
ほとんどの生徒は、寝ていたり、明らかに授業に身が入っていなかったりしているように見える。
そんな中、我らがマジメ代表の椿さん。
姿勢はまっすぐで、あの様子から察するに、問題をすでに解き終わっているようだが、資料を読んで授業内容の理解を深めているようだ。
さすがだと感心せざるをえないが、一つ気になることがある。
彼女の口元が、少しにやけているように見えるのだ。
あれがもし、オレたちと一緒に放課後に会えることに対する喜びなのだとしたら嬉しい限りだ。
「お前ら、解き終わったか? では、続きだ。・・・」
オレは右手にシャープペンシルを装備して、姿勢を正して授業を受けた。
――――――――――
「カエデさん!……伊波さん!……行き…ましょう……!」
周囲が授業終了の歓喜に震えている中、それとは異なる意味で声を震わせ、まだ椅子に座ったままの状態の伊波さんとオレの目の前まで素早く移動してきたのは椿さんだ。
「わかった」
オレは冷静に返事をして、貴重品だけを持って席を立った。
「れっつごー!!」
伊波さんは元気よく返事をして、その明るさとスマホを携えて席を立った。
二人して席を立ったはいいが、オレたちはこの学校の図書館に行ったことがない。
登下校をするときに目に映るので、だいたいの位置はわかっているが、入り口がどこなのかとか、その構造がどうなっているのかとかは全く知らない。
オレたちが席を立ったとき、気を使ったのか、椿さんが笑顔で聞いてきた。
「二人は……図書館に…行ったことは……あり、ますか?」
まだ声は震えているが、おもてなしをしたいという思いが伝わってくる。
この子は、どこまでも優しい子なんだな。
「行ったことないんだ。だから、良ければ椿さんに案内してほしい」
「私も! 最近はずっと学食ばっかり利用していたから、この教室と学食、あと体育館くらいしか場所がわかんないんだよね!」
オレたちが案内を促すと、椿さんは両手を胸に添えて、緊張が解けた笑顔で言った。
「任せてください!」
こうしてオレたちは三人で図書館へ向かうことにした。
――――――――――
ふぅー。緊張しました―!!
前回、昼食をご一緒した日から、毎日、どうやって二人を誘えばいいのかをシミュレーションした甲斐がありました…。
次に誘われたとき、もっと仲良くなるために…。
……
三人でいるときに何回か出た「本の話題」をうまく利用することができました!
これならきっと、ワタクシが二人を図書館に誘うのに、なんの違和感もないはずです…。
佐藤君たちがいるのは誤算でしたが、なんとか隙を見つけて話すことができました!
あのときに勇気を出して話しかけた自分…ナイスです!!
……
午後の授業は、全く集中できず、このあと二人とどうやって図書館に行こうかを考えるばかりでした…。
途中で問題を解く時間があったらしいのですが、脳内シミュレーションに夢中で問題を解いておらず、とりあえず資料を眺めるだけになってしまいました…。
でもこうして、二人を図書館に誘って、もっと仲良くなる作戦……通称「布衣之交・バージョン図書館作戦!!」を決行することができました!
布衣之交は、互いの身分関係なしに信頼できる友達のことです。
ワタクシと、カエデさん、伊波さんとでは、住む世界が違いすぎます。
お二人はクラスの中心人物である夢乃君や小芽生さんと仲が良く、噂によれば佐藤君と鈴木君の復帰の手助けをしたのも彼らだと伺っています。
ワタクシとは違って彼らは、心優しく、コミュニケーションが上手で、ワタクシにはないものばかりを持っています。
それでも彼らに……ワタクシの…くだらない人生における、最初の友達になってほしいのです!!
「お前はそれで満足か……?」
満足かどうかはまだわかりませんが、今はこれ以上を望みません。
「そうか……。だが、僕はお前をよく知っているからこそ忠告する。彼のお方に近づこうとするのは……」
いくら言われても、ワタクシは考えを変えるつもりはありません。
あなたも安心していてください。
「……」
――――――――――
ただ、この異常事態が楽しみで、眠気が吹っ飛んだだけ
呼吸は一定で、顔も一見、寝ているように見えるが、その姿勢を見れば精神統一しているだけ
僕はお前をよく知っているからこそ忠告する。彼のお方に近づこうとするのは……
「お前はそれで満足か……?」って、ほぼ魔王ですね
「シミュレーション」と「シュミレーション」一瞬迷います
次回は、図書館に向かう途中です