第二十一話 七日前 (一)
前回は、生徒会則でした
今回は、花が咲きます
改稿 6/6
新たな生徒会則が出された日の午前の授業が終わり、昼休みに入った。
例のルールによって、一週間、生徒は全員学食を利用しなければならない。
「なぁ望! 学食行こうぜ!!」
「おう!!」
「学食混みそうだし早めに行こうよ!!」
「もみじちゃん、てんさーい」
もちろん、うちのクラスの普段は学食を使わない人たちも学食に行こうとしている。
しかし驚いたことに、一人だけ教室で、本を読んで過ごそうとしている人がいる。
「ねえカエデ君、椿さん、大丈夫かな?」
伊波さんは、席を立つ気配のない、ソロ組の一人である椿さんを心配しているようだ。
椿さんは、いつも会話に入ろうとしているが、上手く馴染めていない。
どなたか一緒に昼食を取りませんか?
どなたか一緒に帰りませんか?
そんなようなことを言いたげな表情をしている。
せっかく生徒会則が出たタイミングだし、どうせなら椿さんとも話してみたい。
「椿さんのこと、誘ってみてもいい?」
「もちろん!」
伊波さんの了承も得ることができたし、オレは椿さんを学食に誘うことにした。
ただ懸念があるとすれば、オレは嫌われているということだ。
伊波さんと一緒にいるだけで、本人は気にしていなくても、唯一の汚点と言われてしまうくらい迷惑をかけてしまっている。
そんな状態でも問題がないかを椿さんには確認する必要がある。
「椿さん、良ければでいいんだけど、椿さんと伊波さんとオレの三人で一緒に学食行かないか? ほら、生徒会則も出たことだし、どうせならって思って。オレがクラスで嫌われている存在でも問題なければなんだけど……」
オレは、自分から誘うことに慣れていないながらも、椿さんの席の前に伊波さんと二人でしゃがんで、言葉を詰まらせつつ学食に誘った。
椿さんは、オレが話しかけると目を見開いて、ガチガチに緊張しているであろうオレの顔を見た。
彼女の、驚愕で固まってしまった目と、オレの目が合ってしまい若干の気まずさがありつつも、最後までたどたどしいオレの言葉を聞いてくれた。
オレが言い終えると、椿さんが笑顔で言った。
「もちろんです! 行きたいです!」
普段の雰囲気からは考えられないくらいの笑みだ。
これが彼女の本来の表情かもしれない。
今までの彼女が本性を隠していたというわけではないが、だれかと話すとき、いつもぎこちない表情だったため、今の顔を見ることができて安心した。
「ありがとう!」
伊波さんはうれしそうに返事をした。
実際、オレも表情にはうまく反映できていないが、ものすごくうれしい。
自分の言葉で人の心を動かすことができた、説得できたかもしれないという達成感がある。
「こちらこそ、ありがとうございます!」
「いいえ!! じゃあ、みんな行こう! きっともう混み始めてるかもねー、この際だらだら話しながら歩こうよ!」
椿さんは、時間の割にページの捲れていない本を閉じて、席を立った。
伊波さんとオレも立って、三人で教室を出た。
伊波さんはいつもどおりの笑顔の一方で、椿さんは斜め下を向きながら肩を窄めて、顔を赤くして歩いている。
おそらく、だれかと一緒に行動するということに緊張してしまっているのだろう。
無理もない。
普段、他人と関わらない人が、急に伊波さんみたいな元気な子と一緒になると、自分を上手く出すことができないのはよくわかる。
オレも人と関わらなくなった中学二年から三年にかけては、想像のなかではうまくコミュニケーションが取れていたが、現実になると黙ってしまう。なんていうことがよくあった。
彼女も自分から積極的にいく姿勢はあったものの、本当に人と話すと委縮してしまうようだ。
オレが言える立場ではないが、どうにかして手助けをしていければなと思っている。
話は変わるが…今落ち着いて考えると、オレが一緒に歩いている二人って、クラス内の人気ランキングのツートップでは??
これこそまさに、両手に花ってやつ!?
お、良い言葉を思いついた。
今は…そう!! 「両手に椿が咲く」だ!!
我ながら良いと思う!!
この言葉をだれかに披露したいという思いを精一杯抑え続けて、オレたちは廊下をだらだらと歩いていた。
「椿さんって、いつも読書してるけど、本が好きなの?」
「はい…」
「へぇー!! どんな本読むの??」
「基本的にはジャンルは問いませんが、強いて挙げるなら、小説が好きです」
「小説かー、ラノベとかは?」
「有名どころは読ませていただいてます」
「実は、私も読むんだよね! 恋愛でも異世界でも、いろいろ読んでる!!」
「そうでしたか! では、今度一緒に語りたいですね!」
「そうだね!」
オレが会話に入る隙間のないまま、二人の話が盛り上がっていた。
手助けなんて…必要なかったんだ……。
伊波さんが椿さんの緊張をほぐし、オレは一言も発さないまま学食に着いた。
そこでディスプレイに映っているメニュー一覧を見て、それぞれなにを食べるかを決める。
「オレは、日替わり定食で」
「じゃあ、私も日替わり定食! あと、イチゴ! 椿さんは?」
「ワタクシは…」
オレは、変態というわけではないが、椿さんがなにを食べるのかが気になる。
雰囲気的には、やはり上品そうな料理をお召し上がりになられているのではないかと思う。
例えば、ローストビーフとか、飲み物は紅茶とか飲んでいそう。
見た目的には、和食も似合う気がする。
筑前煮とか、焼き魚、味噌汁とかを食べている様子が目に浮かぶ。
すると、椿さんは恥ずかしがりながら言った。
「ワタクシは…チーズ麻婆玉牛丼・牛肉マシマシ、超大盛りで……」
さすがに、これはオレの予想を逸脱している。
チーズで麻婆で玉子で、さらに牛肉マシマシ牛丼の大盛りって、オレは全部食べられるか怪しいくらいの量だ。
それを細身の子が食べるって…………オレは飛勝君の件もあり、そろそろ見た目による先入観で判断することをやめることができそうです。
「椿さん結構食べるんだね!!」
「はい…//」
「すごいかわいいと思う!!」
オレは、椿さんの注文に話しかける言葉を失っていたが、伊波さんは圧倒的コミュ力で乗りきっている。
女子特有の「かわいい」という言葉の魔法に理解しがたい部分を感じつつも、オレたちは、いつもより人の多い学食の、端の席で昼食を取り始めた。
中学二年から三年にかけては、想像のなかではうまくコミュニケーションが取れていたが、現実になると黙ってしまう
魔法の言葉、かわいい
次回は、相談しちゃいます