第十九話 嵐の前の噂
前回は、日常をすごしました
今回は、噂の見え方です
物語が加速していきます
改稿 6/6
「ほら、菜々実さん、行くよ」
「うん……」
オレは、朝食を食べてぐっすり寝ている菜々実さんを起こした。
菜々実さんは目を擦りながら欠伸をして机に伏していた顔を上げた。
「カエデ君、私のも片付けへふえたんだねぇ…」
「うん、暇だったから」
「ありはほうねぇ…」
オレがプレートを片付けたことに気づいてくれたようで、感謝してもらった。
「今日は、昨日よりも時間に余裕があるから、走らなくても間に合いそうだな」
「じゃあもう少し寝るぅ……」
「いや寝るな」
「冗談冗談……」
明らかに冗談には見えないくらい眠たそうな顔だが、強引にでも連れていくとしよう。
しかし、今教室の方向に二人で戻ったら、あらぬ噂を立てられてしまうかもしれないため、別々に学食を出ていく方がいいだろう。
「オレ、先に教室に行くから、一分後くらいに菜々実さんも出てきて」
「えぇー、ひょんなこと言わずにさぁ、二人で行ほうよぉ…」
「菜々実さん、まだ寝ぼけてる?」
「ふぁー…全然…起ひへるよぉ……」
菜々実さんは言っている内容とは裏腹に、目は半開きで活舌も怪しい。
このままオレが先に行って、菜々実さんを一人にしてしまうのも心配だ。
仕方ない。
「ハァー…わかった。一緒に行こう」
「うん……」
菜々実さんは返事をすると、目を擦りながら、オレにリードしてと言わんばかりに右手を差し出してきた。
その手を引っ張るように席を立たせ、教室に向かって歩き出した。
「行くよ」
これではまるで、オレが子どもの面倒を見ているみたいではないか。
他の生徒が登校して廊下を歩いている中、オレは菜々実さんの手を引いて歩いている。
周囲からすると、変な陰キャが強引に女子を引っ張って登校しているように見えているだろう。
その証拠に、こっちへの視線を複数感じる。
本当にごめん。菜々実さん。
せめてもの抵抗をと思い、できるだけ顔を隠して歩いた。
そういえば、菜々実さんをどこのクラスまで連れて行けばいいんだろう?
「なあ、菜々実さんって何組?」
「にくみぃ……」
菜々実さんは一年二組らしい。
ここまで連れてきて、途中で別れるのも申し訳ないし、二組まで送り届けてあげよう。
周囲に、こそこそ話をされながら、一年二組の教室の前まで歩いてきた。
だれかに菜々実さんを介抱してもらった方が良いと思い、緊張しながら二組の教室に呼び掛けた。
「すみません、だれかこの子をよろしくお願いします」
「私はもう大丈夫だよぉー……」
「一応な」
すると、女子が近くに寄ってきた。
「ありがとう、君。この子は本当にマイペースなんだよね」
その人は、女子にしては背が高く、クールな無表情だった。
女子にモテる女子といったところかもしれない。
「いえ、じゃあオレはこれで」
「あっ、ちょっと」
これ以上、長居しても変な噂がさらに広まってしまうと思い、その女子の言葉が聞こえていないフリをして、早急に四組の教室に向かった。
それにしても菜々実さんって朝にかなり弱いんだな。
昨日はオレが学食に入ってくる前から寝ていたため十分な睡眠が取れており、それであんなに元気だったのだろう。
こんなことを考えながら廊下を歩いているが、周りの視線が痛い。
しばらくは目立たないようにしなければ。
オレは視線に晒されながら四組の教室に静かに入った。
四組の教室でも変な噂が立ってしまったらしく、廊下のときと同じ視線を、さらに強く感じた。
それに気づいていないフリをして自分の席に着くと、いつもどおりの挨拶をされた。
「カエデ君!! おはよう!!」
「お、おはよう……」
あれ? てっきり、さっきの話について触れられるかと思ったけど、いつも通りの笑顔だな。
知らないわけではないだろうに。
「あのさ、伊波さんは、さっきのオレの……」
「あー、今みんなが話題にしてるやつか! 陰キャが強引に女子の手を引っ張ってたって言われてるね!」
「そうなんだ(強ち間違いではない)……」
「でもね、私は噂の真偽に興味ないの」
「………そう言ってくれるとありがたい」
伊波さんは言葉どおり、本当に興味がなさそうだ。
それが本当に心の底から出た言葉でも、オレを慰める言葉でも、どちらにしてもありがたい。
「約束、忘れてないよね?」
「学食のやつ?」
「そう! 一緒に行こうね!!」
もちろん忘れるはずがない。
昨日、クラス代表と副代表として了承したやつだな。
すると、話しかけてくる声がした。
「なあ! 俺たちもいいか?」
ん? どこかで同じことがあったような……。
伊波さんと話しているときに横から話しかけてきたのは夢乃君だ。
隣には小芽生さんもいる。
「ウチら、入学式メンツで昼食べようよ!! サクちゃん、いい?」
「んー、わかった! 四人で食べよう!!」
伊波さんは前のめりで了承した。
こんなときでも一緒にいてくれるなんて、友達ってすごいな。
ただ、頭を過ることがある。
入学式の放課後に、伊波さんに言われたあの言葉。
「私はね、危ないと思うんだよね、小芽生さん」
この二日間、そして今見ても、小芽生さんに変わったところはなく、忠告した本人である伊波さんにも変わった様子はない。
この忠告の意味がわかる日は来るのだろうか。
――――――――――
昨日と同様に、佐藤君と鈴木君のいない午前の授業が終わり、約束の昼が来た。
「じゃあ、みんな行こう!」
こんなとき、オレたちを引っ張ってくれるのは小芽生さんだ。
朝とは逆に、オレはリードしてもらっている側になっている。
驚いたことに、夢乃君と小芽生さんと伊波さんと歩いていると、視線は感じるが、それは朝とは違う、どちらかというと羨望の眼差しで見られている気がする。
通り道で、オレの知らない人と手を振ったり、話したりしているのを見る限り、三人ともすでに他のクラスにも多くの友達がいるようだ。
「じゃあ、俺は醤油ラーメンかな」
「ウチはオムライス!!」
「オレは日替わり定食で」
「私も日替わり定食で! あと、ヨーグルト!」
オレたち四人は学食の中心に近い席に座った。
初めての利用ではないこともあり、スムーズにここまで来ることができた。
席に座ると、すぐに小芽生さんが元気よく言った。
「いっただっきまーす!!」
少人数で学食にいると、絶対に出せない存在感だ。
学食の中心で、周りに聞こえるくらいの声で話すことができるのはさすがにカーストを感じる。
ここで、伊波さんのときと同じく、オレは確認しなければならないことがある。
「夢乃君と、小芽生さんはオレと一緒にいて大丈夫?」
「俺は問題ない」
「ウチも問題ないけど、どうして?」
二人はあまり理解していない顔をしていた。
「いろいろ噂されてるし、二人とも他に友達いるでしょ?」
オレは端的に説明した。
「あー、ぶっちゃけ、俺はそのことが聞きたくて一緒に来たんだよね」
「ウチも…」
二人は清々しいほどに正直だ。
普通は、オレに気を遣うという名目で遠回しに聞くものだと思うが……オレは、今の二人のようにストレートに聞いてくれた方がうれしい。
ただ、オレは性格が悪いからイジワルをしようと思う。
「噂は本当だよ」
「へぇー本当なのか」
「ウチは……友達でいるよ!!」
夢乃君は、オレの解答によって態度を変えなさそうだ。本当にただ気になっただけっぽいな。
一方で、小芽生さんは下手な笑顔を浮かべている。気を遣わせてしまったようだ。
早めに嘘だって言わないと。
「ごめん、さっきの嘘。そもそも噂になるレベルでオレは人と関わってないし」
「そうなんだ」
「んもうー、びっくりしたよー」
オレは自虐交じりに訂正した。
夢乃君の表情に大差はないが、小芽生さんは安堵の表情を浮かべていた。
二人が予想通りの解答で、オレは安心した。
「変な空気にしてごめん。夢乃君の麺が伸びないうちに食べよう」
オレの悪い噂は立ち続けていたが、それをわかったうえで一緒に過ごしてくれる友達ができた。
朝は菜々実さんと、昼は伊波さん、たまに夢乃君と小芽生さんと、帰りは伊波さんと過ごす日々が続いた。
授業は大変だが、オレにとっては何不自由ない学校生活だ。
そんな生活が一週間ほど続いたある日、花梗高等学校の生徒を混沌の渦に巻き込むトリガーが生徒会によって引かれた。
新たな生徒会則が発行された。
これではまるで、オレが子どもの面倒を見ているみたいではないか
でもね、私は噂の真偽に興味ないの
この忠告の意味が分かる日は来るのだろうか
ただ、オレは性格が悪いからイジワルをしようと思う
二人が予想通りの解答で、オレは安心した
新たな生徒会則が発行された
先の展開を考えている自分としては、なんだかデスゲームの主催者になった気分です
次回は、何気ないです