第五十五話 仕草は口ほどに物を言う
「アイツ、小芽生ってあんな顔もするんだな」
「クラスのみんながいる前ではしない顔だな。というより、夢乃君にしか見せない顔と言った方が正しいか」
「二人のときにしか見せない表情……ロマンチックだねー!」
「どこがだよ」
夢乃君と小芽生さんの会話を遠くから見て、オレたちは漫然として会話をする。
半分くらい、二人が話した内容を覚えていない。なんなら自分が何を喋ったのか、それを言った二秒後には忘れてしまうほどだ。
「お? 夢乃が笑ったぞ?」
「あれは……事情を話したってことかもな。今度は小芽生さんの方が下を向いてるし」
「んー! 大体の内容はわかるけどさー、どんな流れで話してるか気になる―! あそこに入り乱れる細かな感情が知りたーい」
「まあいいだろ。オレの予想が正しければ、小芽生さんの機嫌は段々……」
学食の屋内スペースから見える二人の表情が逆転したことを確認した。オレたちからは彼らの話している内容が聞こえていないが、三人は事情を把握しているため、あの顔だけで何を話しているか、おおよそ推測できる。
一ノ瀬さんは、化学の実験で特殊な反応を示した水溶液を見る中学生のような双眸を二人に向ける。
これがまさに彼女がさっき言っていた「深入りしすぎないで楽しみたい」ということなのだろう。
一方で伊波さんは、態度とは裏腹にアレキシサイミアのごとき語調で感情を理解できないことをごねる。たまに出る伊波さんのアレにはオレも返答に困るため、毎回、雑に流すだけで終わってしまう。ここでズバッと彼らの感情を言い当てられたのなら、かっこいいことこの上ないが、あいにくオレも答えられない。
もしかしたら自分こそがアレキシサイミアなのかもしれない。と思いそうになってしまったが、中二病すぎるという思考が過り、すぐにそれを脳の奥深くに引っ込める。
彼らの感情の動きというものが詳細にはわからないが、おおまかに予想はできる。
夢乃君は薄く微笑んでいる一方で、小芽生さんは唇を内に翻して前髪を垂らして顔が隠れるようにしている。
夢乃君の境遇に同情でもしたのだろうか。と思っていると、彼女の唇はゆっくりと基本位置に戻っていく。そして口の片側に隙間が見え始め、そこからは白い歯がうつる。何かを話し始めるのかと期待していたが、そこまで大きく口が開くことなく、口の端は歪むだけ。それに伴って、片目、片頬も一瞬歪んだ。
「あー! 今、小芽生さん……」
「口の中で……鳴らしたな」
「ほーん、今のがアイツの本質か。薄々そんな気はしていたが、その瞬間をこうして見られるとはな。ここに来てよかったとつくづく感じる」
「いつもと違う、その人の本性を見れたときって、めっちゃゾクゾクするね」
小芽生さんは垂らした前髪によって誰にもあの仕草を見られていないと思っているのだろうが、横から見ることができるオレたちの位置からはハッキリと見えてしまった。
―――――あれは……『舌打ち』だな。
他の動物には見られず、人間しか行わないと言われている行為。
何かに不満を持ったとき、怒ったとき、ストレスが溜まったときに、一部の人間が癖でやってしまうこと。
それをやること自体、行儀がよくないとされているが、それでもやってしまうのは小芽生さんが昔から舌打ちを常習的にやっているという証拠。
つまり、一ノ瀬さんがクスクス笑いながら言ったとおり、あれが小芽生さんの本質なのだろう。
伊波さんは小芽生さんの顔を見て、自身のことを抱きしめて「はぁー…」と打ち震えながら、目を血走らせて小芽生さんの裏の顔を探るように観察している。
しかし、観察対象はすぐに顔を上げてまたニッコリ笑顔をつくってしまったため、伊波さんは「あー」とため息を吐いて、肩を落とす。
「また普通に話し始めた……。もっと見たかったなー」
「ああいうのは、見て見ぬフリをするのが良識ってもんだろ。誰にでも心の裏側の隠したいことの一つや二つや三つや四つくらいはある。二人は周りに言いふらさないだろうけど、ここで見たことはオレたちだけの秘密な」
「そもそも話す相手とかいねぇから安心しとけ」
「なんかやけに多かった気がするけど……そうだね」
オレたちは小芽生さんの仕草を視界から外すように、再びこの席における本来あるべき方向を向く。
伊波さんは抱きしめていた手の力を抜き、オレに倣って同じ方向を向き、伊波さんとオレに一ノ瀬さんが対面している状態に戻る。そのまま背もたれに寄りかかり、人差し指を口の下に当てて斜め下を見て、
「それにしても『舌打ち』かぁー。二人はさ、舌打ちする人のことどう思う?」
一ノ瀬さんとオレに目をやりながら上目づかいで聞いてきた。
話を振られ、どっちから話し始めようかという空気読みが数秒行われたが、先に気遣いを見せたのは腕を組んでいた向こうからだった。
一ノ瀬さんは、オレを横目で見て、小さく頭を上に振る。
気遣いの一環なのだろうが、「お前から喋れ」という圧を感じ、オレから話すことを決める。
試しに小さく舌を鳴らしてみた。




