第五十二話 エンターテイナー
威圧的にゆっくりと話しかけてきた人は誰なのか。
伊波さんはオレが話していると思っていたようで、途中からこっちに視線を送ってきていたが、オレは何も言っていない。
「なにふざけてんだよ」
二人で顔を合わせて困惑合戦を繰り広げていると、もう一度、声が聞こえてくる。
オレと伊波さんは声がしたタイミングでお互いの口元が動いていないことを確認。よって、第三者からの呼びかけだということが判明した。
「ってことは」
二人で声の発生元へ顔を向ける。
「よう」
なんとオレたちの対面の席、つまり、ついさっきまで小芽生さんが座っていた席に別の女子が座っていた。
その人は、余裕の笑みで足と腕を組んでいた。姿勢もよく、座っているのにスタイルがいいことがわかるほどだ。前髪を人差し指で一なでしてから鼻を鳴らして、組んでいた腕のうち、右手を開放し、軽快にこちらに手の平を向ける。
「い、一ノ瀬さん!? いつからそこに!?」
伊波さんは、女子の正体に目を見開く。それは一ノ瀬さんで、もうずっとそこに座っていたかのような馴染み度合いだ。小芽生さんが夢乃君のところに行ってから、そこまで時間は経っていないのに、違和感は全くない。
「小芽生が向こうに行ってからだな。お前らがちょうどあいつらを見てるときにアタシは普通にここに座ったぞ」
「もしかして、ずっと見てた、とか?」
「もちろんだ。どうせ学食にいるってわかってたから、声がギリギリ聞こえるところでメシ食ってたわ」
一ノ瀬さんは、伊波さんと小芽生さんとオレの会話を見ていたらしい。
朝は空気を読んですんなりと引き下がったが、実際は関わりたくて仕方がなかったのだろうか。わざわざ学食にまでついてくるなんて。
「そんなにオレたちの会話が気になってたのか?」
「まあな。だって面白そうだし、暇つぶしってことよ」
「なら最初から一緒にいてもよかっただろ。小芽生さんも一ノ瀬さんのこと受け入れてくれると思うぞ。嫌われてるってことはないだろうし、アイツが断るとも考えにくいしな」
オレが一ノ瀬さんに、ともに行動することを促すと、再び鼻を、今度は強く鳴らして控えめに歯を見せる。人差し指の腹をオレに向けて立てて左右に振りながら、
「チッチッチ、わかってねぇなー。本当にカエデはわかってねぇよ」
「なにがだ?」
一ノ瀬さんは、肘は軽く曲げたまま腕を広げる。
「そりゃ、エンターテイメントだよ! このストーリーを楽しむには、アタシは今の立ち位置がちょうどいい」
「どういうことだ?」
「よく考えてみろぉ? これはお前ら四人の物語なんだ。アタシはそんなお前らの行く末をポップコーン貪りながら見てるだけで大満足ってわけよ。自分が深入りしたら余計なことにも気遣わないといけなくなる。それは勘弁だ」
「要はオレらの問題に足を突っ込みすぎても面倒くさくて、でも無関係っていうのも嫌だってことか?」
「そんなとこだな。小芽生と、ましてや夢乃と直接接触しようものなら、良くも悪くも一気にクラスの注目株になる。そんなのアタシには似合わねぇ。アタシはこれからもクラスの端っこで自由にしてたい質なんだよ」
「一応、一ノ瀬さんもこの作戦にガッツリ関わってるから、無責任のままではいられないと思うが、まあわかった。じゃあそんな一ノ瀬さんに聞きたいことがある。さっきの小芽生さんとの会話、どう思った?」
「そうだなー、アイツは本当に夢乃が好きなんだな。お前の作戦を聞いたときは、そんなはずないと思っていたが、まさかな」
「だからこその作戦なんだ」
「お前らの話に乗って正解だぜ! さっきも笑いそうになるのを抑えるのに必死も必死よ。 こっからもっと面白いことになるんだもんな! 今、アタシ最高に青春してるわ!」
「他人が本気で困り果ててるのを見て笑うとは。この前の義侠心みたいなのはどこいった?」
「義侠心?」
「言ってたろ。リーダーは信頼がどーたらって」
「あれは組織の話で、小芽生とアタシの関係は他人、もしかしたら敵かもしれないんだ。そんなヤツのことを想ったってなにも起きねぇよ」
一ノ瀬さんは、鼻で笑いながら首を左右に振りながら肩を竦め、小芽生さんを敵かもしれないと表現。
リーダーではないからって好き勝手に言いすぎだと思うが、それがオレに危害を加えるようなものでないのなら、オレは無理に問い詰めない。
それに、一ノ瀬さんが小芽生さんと関わらないでおくことで、後々役に立つことがあるかもしれないし、今は作戦のサポート役として頑張ってもらうことにしよう。
というか、口悪いのに笑顔なの、接し方に困る。
「そうかよ、てかお前、今日の朝、もう結構注目されてたぞ」
「な、なんだと!? なぜだ?」
あまり注目されたくないと言っていた一ノ瀬さんに、イジワルついでに朝注目されてたことを伝えると、今までで一番の驚きを見せる。
もちろん理由を聞いてきたが、ここで「スタイルがよくて」なんて言ったら、全く自覚のなさそうな一ノ瀬さんは気分を害してしまいそうなので、適当な嘘でも吐いておこう。
「寝すぎて、とかじゃないか?」
「おい、嘘吐くんじゃねぇよ。ナメてんのか?? あ“ぁ”?」
「すみません。嘘でした」




