第五十話 靡然として散りゆく一兎
第二章も五十話です
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あれだけわかりやすく夢乃君好き好きアピールをしておいて、まだバレていないと思っていたことに驚愕したが、この華麗な話術で小芽生さんの緊張は解けたようだ。
震えていた身体は冷静さを取り戻し、代わりに赤ら顔を披露している。
これなら落ち着いて会話ができるだろうと思い、オレは小芽生さんの問いを雑に受け流して、彼女を早く夢乃君に話しかけに行かせるように催促する。
小芽生さんは、顔に散らしたもみじを靡かせながら席を勢いよく立って、頬を膨らませながら夢乃君の座っている場所まで腕を大きく振って、歩き始めた。
「頑張れよー」
「頑張ってね!」
「え、二人は来ないの?」
小芽生さんは、伊波さんとオレも一緒に来ると思っていたのか、向かおうとしていた歩みを止め、オレたちに目を見開く。
伊波さんは、小芽生さんの問いに一度オレの顔を見てきた。
オレは伊波さんに伝わるよう、夢乃君と小芽生さんに視線を一往復させる。それを見て、伊波さんは小悪魔のような笑顔を一瞬オレに見せて頷き、いつもの笑顔をつくりなおして、再び小芽生さんに視線を向ける。
「私たちは遠慮しとく。ここは小芽生さんに任せるね」
「オレも遠慮しとく。それに、ここで夢乃君の事情を知れたら小芽生さんのクラスでの評価があがるだろ?」
「まあ……そうね」
「あとはやっぱり、夢乃君に気遣いができるってことをアピールするチャンスでもある。まさに一石二鳥、一挙両得、二兎を追うものは一兎を得ず。だな」
「ウチあまり国語とかできないんだけど、最後の一つだけ意味真反対じゃない!? カエデ君がたまにやるそれって、わざと!? わざとだよね!?」
「なに言ってるかわかんないけど、早く行った方がいいぞ、ウサギ。夢乃君と話せる時間が減っていってるぞ」
「やーっぱりわざとだ! ていうか、ウチ追われる側だったの!? ―――もう。はいはい、わかりましたよ! いってきます!」
「いってらっしゃーい」
小芽生さんは軽快なツッコミを入れつつ、語調には呆れが、しかし表情には笑みが浮かび上がっている。
好きな人いじり……ではなく、オレの気遣いが功を奏して、小芽生さんは完全にいつものペースまで戻ることができたようだ。
顔のもみじも散ったようで、キリっとした眉が小芽生さんのやる気を強く表している。
メンタルが回復傾向にある状態の小芽生さんは「よしっ!」と両手を握りしめ、夢乃君の元まで再び歩き出す。伊波さんとオレは青春を謳歌している彼女を、手を振って見送る。
離れていく小芽生さんの背中を眺めながら、伊波さんは奇妙な笑い声を上げる。
「ウッシッシッシッシ。カエデ君も悪よのお。」
「なにがだ。至って優しい、これこそがクラス代表と崇められてもいいくらいの気遣いだっただろ」
「いやいやー、夢乃君たちを二人きりにするために、我々はここに残ったんでござるよねー?」
「そんなつもりは、少ししかない」
「『ない』で終われば否定形に聞こえるけど、よく聞いたら、ちゃんと思ってるではありませんかー」
「まあちょっとだけ面白そうだったからやっただけだ。それにオレたちが夢乃君と話す理由はないしな」
「確かに、私たちが知りたいことってないもんね」
オレたちが夢乃君のところに行かなかった理由は二つ。
一つ目は夢乃君と小芽生さんを二人きりにするためだ。
オレがあの場に紛れて彼らの青春を邪魔してはいけない。オレは恋愛イベントにおいては一介のモブでいいのだ。
二つ目は知りたいことはないからだ。
伊波さんとオレは、夢乃君がなぜ頬を赤くしているのか、午前中、なぜ教室に来なかったのかは気になっていない。
クラスメイトが求める答えを探すのは、特に今回は小芽生さんの役目だろうし、オレたちが無理に干渉しなくてもいいだろう。
オレは背もたれに体重を預けて目を瞑り、口を薄く開けて深呼吸をひとつ。
気遣いをしながらの会話というものは、人と話すことに慣れていないオレにとっては窮屈で仕方ない。そのため、こういう会話をすると必然的に精神疲労が溜まってしまうのだ。
「カエデ君、もしかして疲れた?」
オレの抱えている疲労に気づいたのか、伊波さんが心配をしてくれている。と思いきや、その顔は心配ではなく、笑顔だった。声音は愉快で、口角も上がっている。
言っている内容自体は心配そのものだが、プラスとマイナスの感情が曖昧なせいで、どう思われているのかわからない。
本当に心配されているなら「大丈夫だよ」と言うべきだが、冗談で聞かれているなら「リップロールに失敗した」とでも答えるべきだ。
オレは「いや」と言って、
「リップロールの練習してた」
オレが選んだのは後者だ。
これを言ってから、息を大きく吸って、次は本当にリップロールをやるために息を吐いてみるが、オレの唇は岩のように固まって微動だにしない。
「リップロールって、歌の練習でするやつでしょ? 歌の練習のための練習ってこと? 歌唱力上げたいの?」
「いつか友達にカラオケ誘われるかもしれないし。そのためにもな」
「へぇー。カエデ君って、最近冗談言うこと増えたよね」
「おい、ちょっと待て。それはつまり、オレにはカラオケに一緒に行くような友達はいないだろってことか?」
「いやいや! まあー、えーとー、それは一旦置いといて」
「都合の悪いことを置いとくな」
「さっき小芽生さんと話してるときも、前と比べたら冗談が増えてるなーって思ったんだよ」




