第四十九話 二つ目の果実
それぞれが「んー」と考え込んでいると、小芽生さんが突然、死人でも見たような顔になる。
「な、なんで……」
口と鼻、どちらで呼吸をするかが定まっておらず、瞳は震えている。口元の筋肉も痙攣を起こしており、閉じることができていない。右手も硬直してテーブルの上に音を立ててスマホを落としている。
小芽生さんの対面に座っている伊波さんとオレと、彼女の見ている世界は文字どおり真反対のため、何を目にしたかオレたちにはわからなかった。
「小芽生さん、急にどうしたの?」
伊波さんからすると、話し合いをしていたところで小芽生さんが急に冷や汗をかき始めたのだ。驚きと同時に、嬉しさや悲しさもはらんでいるような、そんな汗を。
小芽生さんは震えた右手の人差し指以外をなんとか曲げ、ゆいいつ伸び切っている指をオレと伊波さんの左斜め後ろあたりに控えめに差した。
「あ、あれって」
小芽生さんが指差した方向に、伊波さんとオレは視線を向ける。
「あ!」
小芽生さんとは違い、伊波さんは明るい笑顔で指の先にある何かを見た。
オレも「マジかー」と驚きが零れる。
「なんで、あそこにいるのー?」
三人それぞれが別々のリアクションを取ってしまうほどの相手は誰だったのか。
「夢乃君!」
オレたちの視界の先には、今日学校に来ていないはずの夢乃君の姿があった。
彼は屋外の席に座っており、たった一人で昼食を取っている。いつも誰かとともに行動している彼がぼっちになっている姿はかなり新鮮だが、そこから寂寥感は感じない。むしろ牢獄から解放されて自由になったかのように、外の空気をおいしそうに吸い込んでいる。
雰囲気だけでいうと、オレたちから見える夢乃君は、今までで一番充実しているようだ。
こっちのクラスが大変なことになっているときに、なんというヤツ。
とかいう感想は夢乃君の前で出るわけもなく、小芽生さんから出てきた感想は、
「学校に来てたんだ! よかったー」
事故や事件に巻き込まれていなくてよかったという安堵だ。
今日の午前の授業中も小芽生さんが何回か連絡をしていたようだが、ずっと返信はなかった。
だから、こうして夢乃君が普通に過ごしてくれているだけで小芽生さんは、まず安心。
しかし、夢乃君の表情は和んでいても、それを圧倒するほどの不安要素がひとつあった。
「よかったけど、あの顔って……」
「左側、真っ赤だね」
夢乃君の左頬には大きな赤い果実がひとつ熟れていた。
それは、今日の朝、クラスで注目を浴びていた男子と同じ場所にあり、白い布が赤を少しはみ出しながらも覆っている。
小芽生さんの脳裏には、本人もありえないと思っている予測が出てくる。
今日の朝、飛勝君の頬にあった腫れと、夢乃君の頬にもある赤い痕。週明けに同じような傷があるなんてたまたまとは思えない。
飛勝君の方は、見た目とか雰囲気的になんとなくではあるが納得している。明らかに喧嘩してそうだし。
だが夢乃君は、そういうこととは無縁の存在に見える。見た目的にも雰囲気的にも優しそうで、争いごとなんて一生ないんだろうなと思えるほどだ。実際にも優しいわけだし。
しかし、現実の証拠として夢乃君の頬が腫れている。
いくら喧嘩しなさそうといっても、特殊メイクでない限り、これは変えられない事実。
それを加味したうえで、ここまでで判明している要素を繋ぎ合わせて出てくる答え。
「飛勝君と全く同じだな」
「…………」
「小芽生さん、あれはもうそういうことだろ」
「わかってる。望君と飛勝君が喧嘩したかもしれないっていうこと、だよね?」
「そういうことだ」
夢乃君と飛勝君が喧嘩したという可能性。
信じられないかもしれないが、これが一番ありえるだろう。
事実から得られる予測としてはこれしかないが、それ以外の、人間関係だったり性格だったりを加味すると、絶対にないといえる。
「でも、ウチ、信じられない」
「なにが?」
「望君が喧嘩するってことに、ね。やっぱり男子だからなのかな」
「男子だからっていうことはないと思うが、もし本当のことを知りたいんだったら本人に直接聞きに行けばいいんじゃないか? せっかく会えたわけなんだし」
「うん」
小芽生さんは身体を捩らせて、俯きながら控えめに返事をするが、まだ席を立つか迷っているようだ。
夢乃君に会えたはいいものの、いざ会うとどうやって話しかければいいか難しいだろう。
何か事情があって教室に来ることができなかった夢乃君が、明らかにその事情に関わってくる赤を身につけてきているのだ。何が地雷になるかがわからない状態ではうまく話せない。
何も考えずに、「その頬の腫れ、どうしたの?」と聞いたら、それがもしかしたら彼の地雷かもしれないのだ。
小芽生さんは、この場の誰よりも夢乃君のことを考えているからこそ、そういうことを気にしてしまうのだろう。
しかし、
「小芽生さん、まずは話しかけてみないと何も始まらないぞ」
「でも、なんて声をかけたらいいか…………」
「そんなもの、適当でいいだろ。お前が夢乃君を好きになった理由はなんだったか、思い出してみろ」
「そ、それは、優しいから……で…………って、す、好き!? カエデ君、いつから!」
「忘れた。ほら、早くいけ」
「もう!」




