第四十八話 焦燥と安堵
伊波さん、小芽生さん、オレの三人は昼の学食へ来ていた。
前回、四人で話したときと同じく、端の席での会議だ。
オレの隣には流れるように伊波さん、対面には小芽生さんが座る。
「さてっと」
伊波さんは椅子に座りながら呟いて、口火を切る。
「じゃあ小芽生さん、夢乃君の話でいいよね?」
「うん」
小芽生さんは真剣な眼差しで小さく頷く。
姿勢は若干猫背で、腕はまっすぐ伸ばして足の隙間にはさんでいる。
「サクちゃんとカエデ君はなにか知らない?」
「ごめんね、知らないんだ。多分カエデ君も」
「ああ、オレも知らない。小芽生さんが知らないんだったら、それ以上に夢乃君に詳しい人なんて彼の家族くらいなものだろう」
「そうだよね」
小芽生さんは、伊波さんとオレが夢乃君の事情を知らないことを聞くと、寂しそうに俯きながら笑う。
「きっと大丈夫だよ!」
それを見て、いたたまれなくなったのか、伊波さんは小芽生さんの双眸の奥を笑顔で見つめて場を盛り上げようと奮闘する。
その流れで「ところで」と言って、
「小芽生さんの方は知ってることないの?」
「なにもわからないの」
「最後に話したのはいつ?」
「直接話したのは金曜日の放課後、帰るとき…かな」
「そのときの夢乃君、変わったところはなかった?」
小芽生さんは小さな声で会話を続ける。
伊波さんの問いに、足にはさめている両手の隙間を見ながら小芽生さんは夢乃君との関わりを思い出す。
「んー、いつもどおりだったはず。『聞き込み頑張ろう!』とか『来週はなにも起きないことを願う!』とか、普通の会話をしてた。まるで今週も学校にくるみたいな」
小芽生さんの記憶によると、先週の金曜の帰りの時点では、夢乃君は今週も学校に来ようと思っていたらしい。
ということは、考えられる可能性として、
「夢乃君が来ないのは本人の意思じゃない可能性があるってことか。だから四ノ宮先生も『理由がある』ってことを強調したのかもしれない」
オレは腕を組んで、視線でテーブルの縁をなぞりながら答える。
夢乃君が外的要因によって教室に来ていないパターンがありえるな。
もう学校がいやになったわけでないのなら、まだなんとかなりそうだ。
と、彼女は胸をなでおろしているだろう。
小芽生さんは、パーっと表情に光を取り戻して背筋を伸ばす。
「なるほど! 夢乃君は本当はまた教室に来たいと思ってるんだよね! きっと!」
「希望交じりだけど、多分そうだろうな」
今はどんな些細な望みでも、あれば縋りたい精神状態の小芽生さんにとって、オレの言葉は神の言葉にも等しい効力を発揮していることだろう。小芽生さんの記憶を頼りに状況を軽く整理しただけなのに、こんなにも明るくなれるのか。悪い気はしない。
隣に座っている伊波さんはオレの整理に「おー」とテーブルの下、オレだけに見える場所で指先だけの静かな拍手。しかし、それは途中で止まり、伊波さんは「ん?」と首を傾げて斜め上を見る。
「さっき、小芽生さん、『直接話したのは』って言った?」
伊波さんが気づいたのは、小芽生さんが直接会って話したのは金曜日だということ。
確かに、あの言い方だったら直接以外の、他のところで話していたとも取れる。この考え方は、逆に伊波さんに感心せざるを得ない。
「そうそう! メッセージのやり取りは日常的にもやってたからね、土日は文字だけの会話もしてたんだよ」
「そのとき、なにか違和感はなかったか?」
「多分なかったと思うけど…………ちょっと見返してみるね」
小芽生さんはメッセージ上での違和感がないかを探るため、自分のスマホを取り出した。
一ノ瀬さんとは異なるスムーズな動きで操作している。右手だけで完結しているあたり、これこそが現代っ子なんだなーという見本だ。
小芽生さんは操作しながらも口を動かし始める。
「ウチさ、あまりメッセージっていうのが好きじゃないんだよねー。相手の顔とか見えないし。告白とかは絶対直接やってほしい系なんだー! 照れてる顔とか見たいし、ドキドキを共有したいしね!」
現代っ子が言わなさそうなことを平然と言う小芽生さん。
こういうタイプはどんなことでもSNSを活用すると思っていたが、そうではないらしい。その例として急に出された理想の告白のシチュエーションに、どんなリアクションを取ればいいか困っていたが、伊波さんは、「わかるー」となにかを噛みしめながらヘッドバンキングをして納得。
「文字で言われても全然気持ち伝わってこないよねー!」
「そうそ! 男なら真正面から来てほしいわー」
好きな人がいるものどうしの恋バナに、完全に疎外感を感じてオレは口を半開きにして、瞬きを数回。
場違い感に押しつぶされそうになっていると、その寸前で小芽生さんが「おまたせ」と言ってスマホの文章を見始める。
「えーっとね…………特に変わったところはなさそうかなー」
「そうなのか…もしよかったら、どんなやり取りをしていたか教えてもらってもいいか?」
「全然いいよ! 内容はー、聞き込みのことがメインかな。誰にメールを送ったかとか、どんな文章で送ったかとか、そういう感じ」
「そうか、さすがにそれだけじゃ手がかりはつかめなさそうか」
「そうよねー……」
小芽生さんはやり取りを眺めながらため息交じりに呟く。
ここまでで得られた情報は、夢乃君が教室に来なかったことの前兆はなにもなかったということだけで、真実に近づきそうな内容は得られなかった。




