第四十七話 夢は夢だから憧れる
「結構、メンタルにきてそうだったね」
伊波さんは、立ち去っていく小芽生さんを目で追いかけながら心配の言葉を彼女の聞こえない程度の声量で話す。
しかし、その顔にはなにも浮かんでいない。無表情だ。
オレは伊波さんの表情について質問することなく、素直に答える。
「確かにな。好きな人が突然学校に来なくなったら、多少なりとも学校生活に響くだろう。もし、なにか大変なことが起きそうになったら、そのときはいつもよりも小芽生さんを気にかけてあげよう」
「…………うん」
いつもと違う精神状態というのは、本人が思っているよりも実は危険な状態だ。今、小芽生さんは落ち着いているように見えるが、どちらかというとさっきの怒りが本心のように思えるのだ。
あんな焦っている状態では、小芽生さんは今日の授業の内容をひとつも理解できないだろう。
それだけならまだいいが、焦燥感に駆られて、夢乃君を探るための勝手な行動をしてしまうかもしれない。
心配する気持ちはわかるが、解決すべき問題は順番にひとつずつ対処しなければならない。だから、昼になったら、イジメの件の進捗を聞く前に、まずは夢乃君の行方に関することを聞くべきだろう。夢乃君関連の話からしなければ、小芽生さんはそれ以外の会話に集中できないだろうし。
小芽生さんの今日の立ち回りを気にしていると、伊波さんはオレの机に、指で円を描きながら呟く。
「好きな人を心配、か……私にはわかんないかも」
「伊波さんは好きな人が急にいなくなってもなんにも感じないのか?」
「感じる」
「どんなことを?」
「そりゃ…………」
「そりゃ?」
「…………なんて言葉にすればいいかわからないや!」
伊波さんは真剣に好きな人のことを心配するとはどういうことなのかを想像している。
そんな思考の末の答えは「わからない」。それを伊波さんは満面の笑みで答えた。
伊波さんは席に戻った小芽生さんを見て、「でも」と言って、
「目の前にいない方が追いかけ甲斐があると思わない? だから、もしも私が今の小芽生さんの立場だったら、やる気で燃えてると思う! やってやるぞー! ってな感じでさ」
伊波さんは拳を握ったり開いたりしながら答える。
伊波さんの性格がよく反映されている返答だが、彼女の考えにオレも納得して頷く。
「だから、小芽生さんの手助けをしてもいいけど、彼女にとってそれが邪魔にならないのかなーって。もしかしたら、ウチが解決したいんだー! って思ってるかもしれないし」
伊波さんの考えは理解できた。
オレが小芽生さんをサポートしようと伊波さんに促したときに、歯切れが悪かった理由。
伊波さんにはオレが見えていない部分まで見えているのだろう。
心の底から好きな人というものができたことないから、オレには思いつかない考え方だった。
―――――ということは、伊波さんには好きな人が!?
「ありえるかもな。ところで伊波さん。好きな人っている?」
「…………急だね」
別にワンチャンあるかもなーとか、微塵も、これっぽっちも思っていないですよ。
オレは、ほんの少しだけ、「いない」という答えに期待する。
伊波さんはすぐには答えず、自身とオレの双眸を近づける。
オレは後退ることなく、向こうから近づけてきた伊波さんの顔に対抗し、全力で見つめ返す。吸い込まれそうな瞳に視線は集中し、その瞬間は会話の内容が頭の中からすっぽりと抜けた。
伊波さんは目を瞑ってオレから距離をとって元の位置へ。
最近接で見つめ合った時間はわずか一秒ほど。
今思い返せば、クラスの真ん中、クラスメイトがほとんどいる状態でこんなことをしたら噂が立ってしまう。
伊波さんは重心を元の位置まで戻して、次はオレの机の上に軽く腰を掛けた。
それからもう一度オレに視線を合わせて、
「好きな人はいるよ」
オレが期待していた答えではなかった。
そう、伊波さんには好きな人がいる。
この時点で、オレの敗北は確定。いやまだ戦ってすらいないんだけどね。
「あ、そうですか」
「なんか急に冷たくない!?」
半分やけくそで返事。もしオレが成人してたら、ひとり酒パーティ確定だったことだろう。
「気のせいだ。とにかく、伊波さんの言いたいことはわかった。オレたちの方針は基本、様子見で、どうしようもなくなったときに手助けするっていうことでいいか?」
「うん!」
「さすがに、作戦に支障が出ない範囲でやるからな」
「もっちろん!」
「よし」
伊波さんは机に腰をかけたことで、数センチ地面から離れた両足をプランプランと揺らしながら無邪気な子どものように答える。
実は作戦を進めていくうえで、小芽生さんと濃密に関わりすぎると支障が出る可能性があったため、結果的には都合よくなりそうだ。
オレたちの方針が決まったところで、伊波さんは両手を左右に軽く伸ばしてバランスを取りながら机から飛び降りて自分の席へと向かう。といっても、席の場所はオレの隣だから一歩ほどで、たどり着く距離だ。
「じゃあ、また後でね」
「うん」
伊波さんに小さく手を振られ、オレは小さく頷く。
もう少しで授業が始まるが、それまでにやり残したことはないかを思い返す。
夢乃君はいなかった。
飛勝君は目立った。
小芽生さんと話し合う機会ができた。
伊波さんと一ノ瀬さんも問題なさそう。
クラスの雰囲気もいい感じに暗い。
他には…………
…………あっ、そうだ! 連絡しとかないと。




