第四十六話 百合の香
オレの周りにいたのは伊波さんと、一ノ瀬さん。
伊波さんは目を細めて眉を上げており、一ノ瀬さんは席に座っているオレを上から圧倒するように腕を組み、仁王立ちで視線を向けてきている。
二人とも『笑顔』ではあるものの、そこには明らかに違うものがある。
―――――なんか片方からの圧がスゴイんですけど。
目を向けられるだけで背筋がまっすぐに矯正されてしまいそうなプレッシャーを一ノ瀬さんの方から感じる。先週末にも同じものを感じて、多少は慣れたのかと思ったが全くそんなことはない。
「今後どうするかを教えてくれよ」
一ノ瀬さんは、左手を腰に、右手をオレの机の上に置いて前のめりで聞いてきた。
「なにかすることある?」
伊波さんも、両手をオレの机の上に置いて前のめりで聞いてきた。
二人とも、楽しみで仕方ない双眸をこちらに向けてきて、つい背もたれを超えて仰け反る。
「とりあえずはこのまま様子見だな。でもまあ多分…………」
仰け反りながらもオレは斜め下に視線を向けて、口と顎を覆うように右手を被せる。
すると、横目に誰かが近寄ってくるのが見えた。
足取りは軽く、両手を後ろで組んで小さなスキップをして近寄ってくる女子の影。
「カエデ君、相談があるんだけど」
オレの左右に立つ伊波さんと一ノ瀬さんの間、つまりオレの真正面に立って、ステップとは正反対の自信なさげな声色で聞いてきたのは小芽生さんだ。
さっきの周囲に見せびらかすような足取りは、一緒にいた友人たちに心配しないでほしいゆえのものだったのだろう。
一ノ瀬さんは小芽生さんに一度、目をやると、「フッ」と鼻を鳴らして、
「じゃあな」
「おう」
彼女は、前回とは違い終始テンション高めな様子で鋭い笑みを浮かべていた。
体重を預けていたオレの机から手を離して、右手はそのまま制服のポケットへ。ここにいる一ノ瀬さん以外の三人、つまりは夢乃君とよく一緒にいた、伊波さんと小芽生さんとオレの三人の関係に気を遣ってくれたのだろうか。
オレも多くは伝えず、目を合わせすらせず、ただ返事をして一ノ瀬さんを送る。
伊波さんも一ノ瀬さんと一切視線を合わせていない。彼女はきっと一ノ瀬さんとオレの意図を汲み取ってくれたのだろう。
あまりにも言葉の少ない会話を聞き、小芽生さんは顔を曇らせる。
「もしかして、ウチ、邪魔しちゃったかな?」
「そんなことないよ!」
「それならいいんだけど。ところで、さっきの美人さんって?」
「一ノ瀬さんだよ。一ノ瀬アナトさん。小芽生さんと話したことあるって聞いたけど…」
「そうだっけ? ウチ、とりあえず話しかけてみよーって感じだから顔と名前はまだ一致してなくてさー」
小芽生さんが一ノ瀬さんに話しかけたことを覚えていないのは、おそらく、そのとき一ノ瀬さんが寝ていたからだろう。
オレも、ちゃんと起きてる状態の一ノ瀬さんと話したのは、あの四人で作戦会議をしたときが初めてだった。今日も確かクラスがざわつき始めるまでは一ノ瀬さんは寝ていたはずだ。
顔を上げればもっとクラスで注目されそうな美人が現れるのに、いつも伏せているせいで存在感が薄い。
席を立てばもっと視線が集まりそうなスタイルが現れるのに、いつも席から動かないせいで立ち姿を拝むことができない。
だから小芽生さんにとってもあまり印象に残っていなかったのだろう。
小芽生さんは自分の席に戻ろうとしている一ノ瀬さんの背中を目で追いかけながら、
「あんなに目立つのに、なんで記憶に薄いんだろう?」
今、一ノ瀬さんはクラスの視線を集中的に浴びている。
眠気のない彼女の歩く姿は百合の花と呼ぶにふさわしい。背筋は伸び、ロングの髪を靡かせながら、上品さを通り道の残り香に添えている。
クラスの男女問わず、その姿に魅了されているが、一ノ瀬さん自身はよく思っていない様子。誰とも目を合わせようとせず、ツンとした態度で「フン」と薄目で眉を上げる。
「それは…」
しっかりとしたコーディネートをしたら、美魔女と呼ばれてもおかしくないクールさだが、残念ながら百合の花になれるのは立っているときだけで、
「多分、あーいうこと」
伊波さんは一ノ瀬さんに呆れた笑みを浮かべながら言う。
その視線の先にいたのは、さっきまでとは別人かと思うほど、オーラの失せた一ノ瀬さんだ。彼女は自分の席にたどり着くと、もうすぐ授業が始まるにも関わらず机に伏せていた。気持ちよさそうに呼吸をして背中を上下させている。
それを見て小芽生さんも一ノ瀬さんへの興味を失ったのか、スンッと伊波さんに向きなおして、
「そういうことね。ちょっと今はもうあまり時間ないからできないんだけど、いつもどおり、昼、いい?」
「わかった」
「私もいいよ! ちょっと大変そうなことになっちゃったし、それの相談ってことだよね?」
小芽生さんは小さく頷く。その顔は真剣そのもので、オレたちも茶化す気になれないほど。
伊波さんはわからないが、オレも夢乃君がどうなっているのか気になってはいる。
だからこの相談も願ったり叶ったりだ。それに、先週末に小芽生さんにお願いしていた聞き込みの進捗も聞きたいし。
「じゃあまたそのときにね!」
小芽生さんは中身の伴っていない笑顔を向け、軽い足取りで自分の席に戻って授業の準備を始めた。




