第四十五話 私にとっての神
フウは恵比須顔で小芽生の顔を拝んでいたが、何かからの呼び声で我に返る。
その声の正体は目の前の神。
なんとその神は自分の名前を呼んでくれていたのだ。
フウにとってこれ以上ない幸福に、それを幻聴だと捉えてしまうほど。
しかし、実際に人間が、尊敬している存在を目の前にすると、文字どおり言葉を失ってしまうもの。
だからフウは、心の中では小芽生のことを崇め奉りまくっているが、現実ではうまく口を動かすことができていない。
本当はもっと素直に小芽生のことを褒めたいのに、口から飛び出していたのは謝罪の言葉。
これはフウの自信のなさゆえに口癖となってしまった言葉だ。
身長も低いし、いつも暗いし、頭もよくないし、運動神経もよくない。
そんな自分に対しても分け隔てなく接してくれた小芽生に恋以上のなにかを覚えてしまっているのだ。
一方、小芽生にそんな自覚は全くない。
分け隔てなく接するとか、自分が神のような存在だと崇められているとか、そういう自覚だ。
クラスの中では好意を持たれている側だということはわかっているが、それ以上のものを持たれていることはもちろん知らない。小芽生目線では、フウも自分のことを好いてくれてはいるけど、友達として。という認識だ。
自分の腕ごと抱きしめていたフウを見ても、それは友人としてのコミュニケーションの一環としか思っていない。
相手が友人的なコミュニケーションを取ってきたら、小芽生も普通の友人として接するのが通例。だから背の高さ的に、ちょうどいい場所にフウの頭頂部が見えたため、そこに空いている右手を添えて普通に笑って話しかけたのだ。
するとフウは上目で、なぜか放心状態に。
頭を触れられたのが嫌だと思い、小芽生はすぐに手を離す。が、そうしてもフウはずっと放心状態のまま、小芽生の顔を見つめ続けていた。
「ん?」と聞いても反応はなし。
ずっとくっつかれてさすがに困惑していると、フウの口元が少しずつ和らいでくるのが見えた。
なぜかにらめっこ状態で、黙って笑うフウを見て、小芽生は呼びかける。
「おーい、おーーい」
それでも反応がなく、次はさっきまでフウの頭に乗せていた右手をフウの目の前で左右に振ってみる。
が、それでも反応はない。瞬きひとつせず、とてつもない集中力で自分を見ている。
強引に引きはがすわけにはいかないし、どうしようかと思い、次は名前で呼んでみる。
「フウ? どうしたの? ぼーっとしちゃって」
すると、フウはやっと瞬きをするという反応を見せた。
小芽生はさらに追い打ちをかけるように、
「フーちゃん?」
あだ名っぽい名前で呼んでみる。
フウは「ハッ!」と目を見開いてから、自分を見ている瞳を震わせる。
瞳の運動量に応じるように、赤ら顔になり始める。
顔に赤が充満したとき、フウは抱きついていた腕をゆっくりと外し、俯きながら一歩だけ後退る。
「は、はいぃ…………すみません…………」
フウは俯きながらも、ときおり自分の顔を上目でチラ見しながら唇を口の中へ翻している。
申し訳なさそうに両手の人差し指の腹どうしを口の前で押し付け合うフウを見て、あだ名をつけられるのが嫌なのかな? と胸中で自分の軽率さを省みる。
小芽生は後退ったフウに視線を合わせるように屈んで、
「謝らないで。ウチ、気に障ることしちゃったかな?」
迷子の子どもに話しかけるような語調で聞く。
フウは細かく足踏みをして、少しずつ小芽生から距離を取りながら、小さな声で、
「してないです…………」
視線を合わさずに答える。
まだ顔を赤くしてよそよそしくしているフウ。さっきまで小芽生にくっついていた女子と同一人物だとは思えないほどだ。
小芽生はモジモジしているフウにさっきのお礼を言う。
「ウチのことを落ち着かせようとしてくれたんだよね? ありがとう、フウ」
「あの、いや…………ただ抱きつきたかっただけ…………」
「ん?」
「なんでもないです。気にしないでください」
息の全く入っていない小声で言われた内容が小芽生には聞こえていなかった。
それを聞き返しても、フウは教えてくれず、結局、何を言いたかったのかはわからなかった。
「そう? ならいいんだけど」
小芽生の笑みに、フウは小さく頷いて問題ないことを伝える。
「授業始まるまで、なんかテキトーなこと話しとこー」
「最初の授業ってなんだっけー?」
「おい、勉強の話はやめよー? ちなみに数学」
「すーうーがーく―むーりー!!」
フウさん以外の小芽生グループのメンバーも小芽生さんを夢乃君の話題から遠ざけようと別の話題を持ち出している。
小芽生さんとフウさんもその話題に乗っかるように話に入っている。
オレは彼女らの仲のよさを見て、友達をつくってグループを形成することのメリットを感じた。
自分の精神が不安定になったときに、それを支えてくれる存在。オレが高校生の間には到底かなわない状態だろう。
彼女らの雑談を横目に、オレは頬杖をつき、薄目になってひとつため息。
「なにしてんだ。ため息ついたら、ナンカも一緒に逃げてくんじゃねぇのか?」
「カエデ君、浮かない顔だねー。作戦に支障でも?」
ホームルームと授業の隙間時間に、オレの席を囲むように左右に立ったのは、
「別に。全然問題ない。大丈夫だ。伊波さん、一ノ瀬さん」




