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夢見た自由は遠すぎて  作者: 沢木キョウ
第二章 崩壊の後
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第四十四話 友達ごっこ


 四ノ宮(しのみや)先生のいなくなった重い教室を盛り上げる生徒はいない。

 率先して場を賑やかにしていた夢乃(ゆめの)君がいないからだ。

 

 夢乃(ゆめの)君がいないことで、グループの集まりも悪い。

 いつもなら、ホームルーム後に集まって他愛もない話をしている。

 しかし、そんな会話はない。夢乃(ゆめの)君とよく一緒にいた男子らは席を立ってすらいない。黙々と授業の準備をするだけ。

 一軍の、大きな声で会話をしていた人も夢乃(ゆめの)君という支柱がなければ、簡単にクラスの陰側の人間になるということだ。


 クラスの七、八人ほどの陽キャグループがあったら、そこには必ず柱となるリーダーが存在している。

 同じグループでもリーダーとは仲がいいが、それ以外とはあまりよくないなんてことはざらにある。ましてや、まだ出会って数週間。グループができていても、それはまだ不安定なはずだ。


 その歯車になっていた夢乃(ゆめの)君がいなくなれば、不安定だったグループは簡単に崩壊。関係値もほぼ初期値までリセットされてしまう。

 入学式後のような、お互いの出方をうかがう独特な空気に逆戻り。

 同じグループの人間だった誰かが招集すればメンバーは集まるだろうが、夢乃(ゆめの)君以外にそんな勇気がある人は、残念ながら存在していない。

 だから、夢乃(ゆめの)君グループは大人しくしているのだろう。


 しかし、これは男子の話。


 女子グループについてはその限りではない。

 このクラスの一軍全体兼、男子グループを仕切っているのが夢乃(ゆめの)君だとすれば、一軍全体の副リーダー兼、女子グループを仕切っているのが小芽生(こがやおい)さんだ。

 夢乃(ゆめの)君がいなくなったことで男子グループは崩壊したが、女子グループにはまだ小芽生(こがやおい)さんがいる。

 今の彼女の精神は不安定そうだが、クラスメイトにとってそれは重要ではない。

 なぜなら、みんなが期待しているのは『今の小芽生(こがやおい)さん』ではなくて、『これまでの小芽生(こがやおい)さん』だからだ。

 これは宗教にも似た偶像崇拝的な側面も持ち合わせている。言い換えれば、同じ空間にいてくれるだけで安心するような存在だということだ。

 もし今の小芽生(こがやおい)さんの中身が、たとえば一ノ瀬(いちのせ)さんになったとしても、女子グループは、その外見だけの存在についていくだろう。

 彼女はそれくらいの信頼をこの短期間で積み上げてきた。

 

 だから、四ノ宮(しのみや)先生が立ち去っていった教室には、俯いて拳を体の横で固く握り、歯ぎしりをして立ち尽くす小芽生(こがやおい)さんの周りに女子たちが集まっている。

 今までの笑顔だらけの彼女とは、まるで中身が変わったのではないかとも取れる、怒りをはらんだ立ち姿に、それでも女子グループのメンバーは駆け寄って慰めの声をかける。


「もみじ、大丈夫?」

「あの先生、言い方ひどくない?」


 数人に話しかけられているが、小芽生(こがよおい)は無反応で俯き続ける。


 小芽生(こがやおい)を直接慰めるタイプと、相手を下げることで同情しようとするタイプ。

 二極化が激しいところだが、そのなかでも特にグループ内の視線を掻っ攫ったのは、


「もみじちゃん!!」


 ただ小芽生(こがやおい)の名前を呼んで、小さな背丈で彼女の胸あたりを左から腕ごと勢いよく抱きしめる女子。サイドテールが小芽生(こがよおい)に触れるくらい顔をめりこませている。


 その勢いで我に返ったのか、小芽生(こがやおい)の身体が振れ、俯いていた顔をハッと上げる。

 爪を食い込ませていた手の力も緩まっており、残っているのは筋肉の震えだけ。

 その震えが左腕にも伝わったようで、小芽生(こがやおい)は腕に違和感を覚える。


 サイドテールを揺らす女子は、小芽生(こがやおい)から感じた震えを抑えるように、さらに強く抱きしめる。

 目を瞑って、小芽生(こがやおい)の震えが止まるのを言葉なしで待つ。

 すると、頭に優しく何かが触れる感覚があった。


「もう大丈夫だよ。ありがとう、フウ」


 強く抱きしめていたフウは目を開けて腕の力を緩め、めりこませていた顔を数センチほど離す。そして頭に触れているものの正体を上目で確認。

 目の前には小芽生(こがやおい)から伸びていると思われる右手首が見え、自分の頭には小芽生(こがやおい)の右手が乗っていると確信。「へぇぅ?」と呆気に取られながら、右手首の向こう側に見える小芽生(こがやおい)の顔を確認。そこにあったのはいつもどおりの彼女の笑顔。

 フウはそれを至近距離で、自分のためだけに向けてもらえていると思い、目と口を開け、開いた口から声交じりの息を垂れ流しながら硬直。


 小芽生(こがやおい)はフウの固まった顔を見て、慈母の笑みで「ん?」と首を傾げる。

 自分の世界に入ってしまっていたところから救ってくれた恩人に感謝を伝えたら、急に硬直されたのだ。小芽生(こがやおい)は内心、フウのことが理解できなかった。


 フウは、小芽生(こがやおい)を独占しているという夢のような体験によって呆然は少しずつニヤケへ。

 この時間が永遠に続けばいいのにと思えるほどの小芽生(こがやおい)の可愛さ、美しさ、可憐さ、優雅さ、優美さ。

 そのすべてに陶酔していると、どこからか自分を呼びかける声が聞こえ、目の前がチカチカしてくる。

 フウは誰にもこの大切な時間を邪魔されたくないと思い、外界の現象をすべて無視し続け、小芽生(こがやおい)の顔を見つめる。


 ―――――なんという神々しさ…………


「…………い」


 ―――――もうちょっと。もうちょっとだけ。ぐへへ。


「おーーーい」


 ―――――もう、今いいところなんだか…………


「フウ? どうしたの? ぼーっとしちゃって」


 ―――――あれ? もみじちゃんの幻聴まで…………


「フーちゃん?」


―――――だっ!? 現実だ!!


「は、はいぃ…………すみません…………」


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