第四十三話 絶対零度
小芽生さんはクラスの誰も気になっていることをクラス担任に問う。
何かに怯えているように話す小芽生さんに、なおも不愛想な表情を貫く四ノ宮先生。容赦がない。
相手は高校生、さらにはつい最近、中学校を卒業したばかりの子どもだ。もう少し優しくしてくれてもいいが、そんな甘いことがこの学校では通用しないことはわかっている。
おそらく他のクラスの担任も四ノ宮先生と同じくらいの不愛嬌を振りまいているに違いない。うちだけがたまたま無感情先生にあたってしまうというハズレクジを引かされたというわけではないだろう。
今も小芽生さんの問いに冷気を返す四ノ宮先生に向けられる視線は鋭く、クラス全体で、夢乃君の行方を白状させようと圧をかけているように見える。あの構造を見る限り、うちの担任は好かれていないようだ。
が、オレ的にはそこまで最悪な先生だとは思えない。仕事はしているし、授業もわかりやすい。先生としての能力が高いのだ。
それに、生徒に好かれようとして、無理やり話題にずかずかと入ってくる先生よりも、こういう仕事だけを全うしてくれる先生の方が、オレは気を遣わなくて済むからありがたい。
そんな四ノ宮先生は小芽生さんの質問を彼女だけでなく、クラス全体に教えるように声を張る。
「なんで、小芽生にそれを教えなければならない?」
「えっ…?」
四ノ宮先生の心ない返答に、小芽生さん、そしてクラスメイトは目を見開く。
言った意味が理解できていないと感じたのか、四ノ宮先生は続ける。
「私は夢乃がなぜ教室にいないのかを知っている。だが、アイツの断りもなしにお前らに教えることはできない。守秘義務というやつだ」
「先生は知ってるんですか!? なんで連絡がつかないのかも知ってますか?」
「落ち着け。そんなに聞かれても答えられる口はひとつだ」
「すみません……」
「…………まあいい。そうだなー。詳しくは教えられないが、ひとつだけ伝えられるとするなら」
小芽生さんの謝罪に四ノ宮先生は視線を下に向けて、薄く息を吐く。
―――――今、あの先生の顔が笑ったような…
四ノ宮先生はすぐに顔を上げるが、そこにはやはり無表情が。
表面から感情を抜き取った先生は一度瞬きをして、
「このままだと夢乃はもうこの教室に来ることはないだろう」
教室の時が止まり、クラスメイトの頭は白紙にさせられる。
なんの前触れもなく夢乃君が来ないことを言われたクラスメイトの心には強く衝撃がかかっていることだろう。
現状を理解できていないみんなは、まさしく言葉を失っている。
俯くでもなく、詳細を尋ねるでもなく、ただ茫然自失になっているのだ。
春も深まってきたこの季節に、天気の影響か、生ぬるい湿った空気が場を支配している。
廊下には他のクラスの生徒たちがホームルームを終えて楽しそうに話しているのが聞こえる。この教室と同じ建物内とは思えない明るさの差。
しかし、オレ以外のクラスメイトには廊下の音は聞こえていないだろう。
校内に響いている笑い声になんの反応も示さずに四ノ宮先生と絶対に勝てないにらめっこしている。
それでも、なんとか小芽生さんは口をパクパクさせて言葉を絞り出す。
「それは…………どういう意味ですか」
みんなが思っていることを自信なさげに代弁。
先週までは普通に話していたはずの夢乃君が「もう来ない」と言われれば、その理由を問いたくなるのは当然だろう。
四ノ宮先生は小芽生さんから目線を外さないまま、
「そのままの意味だ…」
その双眸に逆らうように、小芽生さんは両手を体の横に力なく垂らして四ノ宮先生の双眸を真顔で見つめる。
「教えてください。四ノ宮先生」
先ほどまでの震えはどこかへ消え失せ、代わりに強い語調が滲み出ている。声量は小さいが、自分の怒りを抑えるような高音。焦りはいつしか怒りへと変換されているようだった。
小芽生さんの、あんな表情は初めて見た。
いつもにこやかに笑う彼女が、首を少し傾け、瞳を見開いて静かにキレている。
夢乃君のことになると我を忘れてしまうタイプ…………いや忘れることができるタイプということか。
他人のことでも怒ることができるのは、優しい人の証拠だ。
しかし、その感情を向ける先は間違えてはならない。
「無理だ」
それでも四ノ宮先生は冷たくあしらう。
四ノ宮先生は担任としての仕事をこなしているだけ。
感情を伴っていない先生だからこそ、平等性については信頼できる。
生徒によって関わり方を変えるなんていう理不尽をしないし、学校のルールを捻じ曲げるなんていうこともしない。
だから、小芽生さんが四ノ宮先生に怒っても意味がないのだ。
「…………っ!」
小芽生さんは、理由を教えてもらえず、拳を固く握りしめて歯ぎしりをすることで怒りを鎮めようとしている。
怒りの発散先を見失った小芽生さんを確認して、四ノ宮先生は教室のドアに向きなおして歩き始める。
その歩みを止めるものはおらず、結局、夢乃君のことはなにもわからないままになるかと全員が思っていた。
しかし、ドアの境目あたりで四ノ宮先生は足を止めて振り返る。
「私は、夢乃が来ない理由を知っている」
わざわざ止まってまで告げられたのは、さっきと同じ言葉。
『もう現実を突きつけないでくれ』とクラスメイトは心の中で思っていた。
この先生に感情は存在しない。
オレたちを想うような行動をするわけがない。
だからこんな追い打ちをかけるようなことをするんだ。
しかし、
「つまり、夢乃が来ないのには理由があるということだ」
「なにを……」
「もっと考えてみろ」
四ノ宮先生はそれだけを伝えるとドアの向こう側に姿を消した。




