第四十二話 知っている人間
ついにep.100です
ありがとうございます
飛勝君が教室に入ってきたのを最後に、それ以降、ドアが開かれることはなかった。
ホームルーム前、一年四組、最後の登場人物になった飛勝君はなにごともなかったかのように机に伏せ、爆睡を決め込んでいる。あと少しでホームルームなのに、彼はその数分を無駄にはしない。
飛勝君がオレと同じ体勢に入り、クラスメイトから集まっていた視線もまた各々の持ち場へと戻る。
――――――――――
教室のドアが開く。
ガラガラという音が聞こえると同時に、クラスメイトは指示がなくとも体が自然と自分の席へ向かう。
学校に慣れてきた証拠であり、もしかすると友人との会話が弾んでいなかったのかもしれない。
クラスメイトの地響きが腕にも伝わってきたのが鬱陶しかったため、机から離れることを決意する。
オレはそれまでぐっすりだったことを装うためにゆっくり、腕を机に這わせながら起き上がる。
数分ぶりに見た外の景色は目に優しかった。
教室のドアからはスーツを着た、オレたちと大して年齢が変わらなさそうな女性が入ってくる。
女性は教室に足を踏み入れると、生徒を視界に入れることなく、ただまっすぐに教卓まで歩く。
女性が教卓までたどり着き、そこでオレたちの方へ体を向けて、四組の生徒たちを特等席から不愛想で眺める。
あの愛想の欠片が微塵もない顔は四ノ宮先生だ。
四ノ宮先生は教室でもっとも光り輝いていた生徒の席に目をやる。
しかし、そこにあるのは机と椅子だけで、当の本人の姿はない。
それを見た四ノ宮先生のリアクションはやはり無。
この先生は夢乃君が来ていないことも大したことはないと感じているのだろうか。
正直なところ、以前、このクラスの一員だったアイツに関しては無反応でも頷ける。数日間、学校に来ていなかったわけだし、四ノ宮先生からしても印象の薄い生徒だったのだろう。
だが夢乃君は違う。
教室での存在感は一番で、彼を中心にこのクラスが回っているといっても過言ではない。
いくら生徒に関心がなくても、あの夢乃君が学校に来ていないことに無反応なのはいかがなものか。とクラスメイトは四ノ宮先生の薄情さを改めて思い知る。
四ノ宮先生が教卓にいるということは、これからホームルームが始まるということ。
みんなはそれを不満げな静寂とともに待つ。
オレも四ノ宮先生の顔色をうかがいながら息を殺す。
四ノ宮先生は瞬きすらせず、誰も座っていない席から目玉を移動させて全体を見渡す。
右から左へ、左から真ん中へ、視線を移していく。飛勝君のあたりで一瞬止まったように見えたが、すぐに通り過ぎる。
閉じていた口を開けて息を吸い、発声の準備をする。
「では、ホームルームを始める」
やはり夢乃君の話はしないようだ。
―――――この先生ってやっぱりロボットなのでは?
と、あまりの無感情さにそう思ってしまう。
オレは、夢乃君が教室に来ていないことに、特段思うところはない。あとでどうせ会えるだろうし。
しかし、クラスメイト、特に小芽生さんのソワソワが顕著だ。
彼女は四ノ宮先生の顔を見ながら、夢乃君について触れられる時が来るのを待っている。ただの風邪か、夢乃君にしては珍しい寝坊か。
連絡がついていないこともあり、小芽生さんは気が気でない様子で四ノ宮先生のいつもどおりの話を聞く。
今日の予定と今週の予定全般。
遠くないうちに中間テストがあるということも少々触れる。
たったの数分、よもやまも与太もない話が簡潔に伝わっていく。
わざわざ先生の口から教えられなくても、なんとかなりそうな内容だが、『朝のホームルームで予定を伝える』という普通の学校特有の体裁を保とうとしているのが伝わる。
機械的な話は続いていき、そして、
「朝のホームルームは、これで終わる」
結局、なんの変哲もないホームルームで終わる。
夢乃君がいない理由も告げず、もちろん生徒会則や退学者に触れることもなく。
四ノ宮先生はホームルームの終わりと同時に体を教室のドアの方角に回転させながら歩き始める。
「あ、あの…!!」
夢乃君について触れないのか。とクラスメイトが肩を落とすなか、ソワソワが抑えられなくなって、椅子を後ろに倒しながら席を立ち、教室を出ていこうとする四ノ宮先生を震えた声で呼び止める生徒が一名。
彼女の声と、椅子が後ろに倒れる音は、雨が降っていないのに雷でもなったのかと聞き間違えるほど大きい。
他のクラスにも響いたかもしれない音の方向にクラスメイトの視線は集中。
オレも音の方向を見ると、左手を机に乗せて、若干前のめりになり、右手を胸の前で握っている女子生徒の姿があった。
「どうした、小芽生。なにかあったのか?」
大きな音に足を止められていた四ノ宮先生は、再び生徒を見やって、そのなかでゆいいつ起立している小芽生さんの顔を見ながら問う。
しかし、本当に疑問に思っているというよりも、これからどんなことを聞かれるかわかっているような、余裕のある、挑発的な聞き方だ。
四ノ宮先生の見透かすような視線が小芽生さんの双眸を貫く。
彼女は喉を鳴らし、唇を翻して潤いを保たせる。
胸の前の右手を握りなおして、不整脈な息を吐く。
「望…………夢乃君って、今日、なんでいないんですか」




