表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢見た自由は遠すぎて  作者: 沢木キョウ
第二章 崩壊の後
100/115

第四十二話 知っている人間

ついにep.100です

ありがとうございます


 飛勝(とびかつ)君が教室に入ってきたのを最後に、それ以降、ドアが開かれることはなかった。


 ホームルーム前、一年四組、最後の登場人物になった飛勝(とびかつ)君はなにごともなかったかのように机に伏せ、爆睡を決め込んでいる。あと少しでホームルームなのに、彼はその数分を無駄にはしない。


 飛勝(とびかつ)君がオレと同じ体勢に入り、クラスメイトから集まっていた視線もまた各々の持ち場へと戻る。

 


――――――――――



 教室のドアが開く。


 ガラガラという音が聞こえると同時に、クラスメイトは指示がなくとも体が自然と自分の席へ向かう。

 学校に慣れてきた証拠であり、もしかすると友人との会話が弾んでいなかったのかもしれない。


 クラスメイトの地響きが腕にも伝わってきたのが鬱陶しかったため、机から離れることを決意する。

 オレはそれまでぐっすりだったことを装うためにゆっくり、腕を机に這わせながら起き上がる。


 数分ぶりに見た外の景色は目に優しかった。

 

 教室のドアからはスーツを着た、オレたちと大して年齢が変わらなさそうな女性が入ってくる。

 女性は教室に足を踏み入れると、生徒を視界に入れることなく、ただまっすぐに教卓まで歩く。

 女性が教卓までたどり着き、そこでオレたちの方へ体を向けて、四組の生徒たちを特等席から不愛想で眺める。

 あの愛想の欠片が微塵もない顔は四ノ宮(しのみや)先生だ。


 四ノ宮(しのみや)先生は教室でもっとも光り輝いていた生徒の席に目をやる。

 しかし、そこにあるのは机と椅子だけで、当の本人の姿はない。


 それを見た四ノ宮(しのみや)先生のリアクションはやはり無。

 この先生は夢乃(ゆめの)君が来ていないことも大したことはないと感じているのだろうか。

 正直なところ、以前、このクラスの一員だったアイツに関しては無反応でも頷ける。数日間、学校に来ていなかったわけだし、四ノ宮(しのみや)先生からしても印象の薄い生徒だったのだろう。

 だが夢乃(ゆめの)君は違う。

 教室での存在感は一番で、彼を中心にこのクラスが回っているといっても過言ではない。

 いくら生徒に関心がなくても、あの夢乃(ゆめの)君が学校に来ていないことに無反応なのはいかがなものか。とクラスメイトは四ノ宮(しのみや)先生の薄情さを改めて思い知る。

 

 四ノ宮(しのみや)先生が教卓にいるということは、これからホームルームが始まるということ。

 みんなはそれを不満げな静寂とともに待つ。

 オレも四ノ宮(しのみや)先生の顔色をうかがいながら息を殺す。


 四ノ宮(しのみや)先生は瞬きすらせず、誰も座っていない席から目玉を移動させて全体を見渡す。

 右から左へ、左から真ん中へ、視線を移していく。飛勝君のあたりで一瞬止まったように見えたが、すぐに通り過ぎる。

 閉じていた口を開けて息を吸い、発声の準備をする。

 

「では、ホームルームを始める」


 やはり夢乃(ゆめの)君の話はしないようだ。

 ―――――この先生ってやっぱりロボットなのでは?

 と、あまりの無感情さにそう思ってしまう。

 

 オレは、夢乃(ゆめの)君が教室に来ていないことに、特段思うところはない。あとでどうせ会えるだろうし。

 しかし、クラスメイト、特に小芽生(こがやおい)さんのソワソワが顕著だ。

 彼女は四ノ宮(しのみや)先生の顔を見ながら、夢乃(ゆめの)君について触れられる時が来るのを待っている。ただの風邪か、夢乃(ゆめの)君にしては珍しい寝坊か。

 連絡がついていないこともあり、小芽生(こがやおい)さんは気が気でない様子で四ノ宮(しのみや)先生のいつもどおりの話を聞く。


 今日の予定と今週の予定全般。

 遠くないうちに中間テストがあるということも少々触れる。

 たったの数分、よもやまも与太もない話が簡潔に伝わっていく。

 わざわざ先生の口から教えられなくても、なんとかなりそうな内容だが、『朝のホームルームで予定を伝える』という普通の学校特有の体裁を保とうとしているのが伝わる。


 機械的な話は続いていき、そして、


「朝のホームルームは、これで終わる」


 結局、なんの変哲もないホームルームで終わる。

 夢乃(ゆめの)君がいない理由も告げず、もちろん生徒会則や退学者に触れることもなく。


 四ノ宮(しのみや)先生はホームルームの終わりと同時に体を教室のドアの方角に回転させながら歩き始める。


「あ、あの…!!」


 夢乃(ゆめの)君について触れないのか。とクラスメイトが肩を落とすなか、ソワソワが抑えられなくなって、椅子を後ろに倒しながら席を立ち、教室を出ていこうとする四ノ宮(しのみや)先生を震えた声で呼び止める生徒が一名。

 彼女の声と、椅子が後ろに倒れる音は、雨が降っていないのに雷でもなったのかと聞き間違えるほど大きい。

 他のクラスにも響いたかもしれない音の方向にクラスメイトの視線は集中。

 オレも音の方向を見ると、左手を机に乗せて、若干前のめりになり、右手を胸の前で握っている女子生徒の姿があった。


「どうした、小芽生(こがやおい)。なにかあったのか?」


 大きな音に足を止められていた四ノ宮(しのみや)先生は、再び生徒を見やって、そのなかでゆいいつ起立している小芽生(こがやおい)さんの顔を見ながら問う。

 しかし、本当に疑問に思っているというよりも、これからどんなことを聞かれるかわかっているような、余裕のある、挑発的な聞き方だ。


 四ノ宮(しのみや)先生の見透かすような視線が小芽生(こがよおい)さんの双眸を貫く。

 彼女は喉を鳴らし、唇を翻して潤いを保たせる。

 胸の前の右手を握りなおして、不整脈な息を吐く。


(のぞみ)…………夢乃(ゆめの)君って、今日、なんでいないんですか」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ