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夢見た自由は遠すぎて  作者: 沢木キョウ
第零章 自由
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導入

 ()()ってなんだと思う?


 若干中二病が混じっていそうな質問だけど、少しだけ考えてみてほしい。

 考えるのも自由だけどね☆


 スイスの哲学者、ルソーは言った。

「人間は生まれながらにして自由である」と。


 アメリカの作家、ソローは言った。

「反抗の精神こそが自由の土台である」と。


 中国の小説家、魯迅(ろじん)は言った。

「自由はもちろん金で買えるものではないが、金のために売り払うことはできる」と。


 このほかにも人間の自由について述べている偉人たちは多いけど、そのどれもが曖昧で定義が難しい。

 人間は生まれた時点で自由かつ、その土台は反抗の精神で、金では買えないけど金のために売り払うことができるって?

 偉人が問いかけてくるなぞなぞは、東大主席合格くらいハイレベルすぎる。したことないけど。


 もっと分かりやすく、「自由って、お米に合うんだよ!」みたく想像しやすいノリで教えてほしい…。


 このまま自由の定義について話そうと思ったら理系の人とかはブチ切れてしまうかもしれないので、話を現代に移そうと思う。


 例えば親に、「今日の晩御飯はなにがいい?」と聞かれて、「なんでもいいよ!」と返答すると逆に怒られてしまう。

 もしかしたら、みんなもそういうことを言った経験があるかもしれない。


 この経験に()()を当てはめるなら、親はメニューを選択できる自由を放棄し、子どもの選択に服従しようとしていることがわかる。

 選択の自由を与えられた子どもは、その自由を放棄し、親の選択に服従しようとしていることがわかる。

 このように、現代の人々は、自由を主張する一方で、だれかに服従し、不自由を選択することもある。


 結局は、昔も今も自由という調味料は、良くも悪くも人生に付き纏うものになっているということなのではないかと私は考えている。


 そこで改めて問いたい。


 みんなが感じる、求める()()ってなんだと思う?

 

 好きなことをやって生きることなのか

 何もせずにだらだらすることなのか

 親にメニューを聞かれたらオムライス!! と言うことなのか

 それとも……。


 自由を求めた偉人様に向けて。

 これを読もうとしている読者に向けて。

 

 これから語られるのは世界で最も自由な、とある高校の物語。

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