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僕は何もできない、ただの役立たずだ

 僕たちは学生寮の前の道でボーっと立っていた。しばらくしたら、シゲは茫然と立ち尽くす僕の肩を叩いて「いったん、中に入ろうや」と言った。


 衝撃的な光景が眼前に広がっているものの現実感がない。

 ゴジラが高速道路に引っかかって……こけた。まるで映画を見ているような感覚だった。


 海の方を見渡したら、倒壊した建物がいくつかあった。全体的に崩れているわけではなくて、ところどころ崩れている建物もある、そんな感じだ。幸いにも学生寮の周りは被害が少なそうな気がした。


 あの家の人は無事だろうか?

 研究室のみんなは無事だろうか?

 電車に乗っていた人は無事だろうか?

 高速道路を走っていた運転手は無事だろうか?

 助けに行った方がいいのだろうか?

 それとも、他にやることがあるのか?

 亜紀は無事だろうか?


 頭の中には質問ばかり浮かんできて、考える気力が湧いてこなかった。


 そんな僕を見かねたのか、シゲは「ホセ! 中に入るぞ!」と言って僕を学生寮の中に連れて行った。僕は何もできない、ただの役立たずだ。


***


 学生寮の集会室には寮生が集まっていた。

 集会室の寮生は何が起こったのかは分かっている。でも、その状況を正しく整理できていない。


 僕は少し安心した。思考が止まった僕と同じだったから。

 みんな、僕と同じ役立たずだ。


 停電でテレビは付かないから詳しい情報がない。

 電話が通じないから家族や友人が無事なのか分からない。

 こんな時、何をしたらいいのか分からない。


 時間が経つにつれて、寮生の不安は大きくなっていった。

 そんな中、ひときわ大きい声で「みんな、聞いてくれ!」とシゲが言った。


 寮生はシゲの方を見た。年長者がどうにかしてくれるのではないか、と期待して。

 僕はシゲよりも年上だけど、僕には何もできそうにないからシゲの方を見た。


「大きな地震があった。外はすごい被害になっとると思う。でも、ここにいる俺らは無事や。何ともない。俺たちは生きてる!」


「あぁ、生きてますね」

「ラッキー……なんですかね?」


 ざわざわする寮生を無視して、シゲは話を続ける。


「こういう時、何が一番あかんか分かるか?」


 寮生はシゲの問いについて考えるものの、発言するものはいない。日本人はみんなの前で発言するのを恥ずかしがる、と聞いたことがある。こういう状況をいうのだろう……


「混乱することや! 各自バラバラに動いたら、助かるもんも助からん。みんなで協力せーへんか?」


「そりゃ、そうですけど」

「何したらいいんですか?」

 と誰かが言った。


「バラバラに食料買いに行くよりも、誰かがまとめて買いに行った方が効率的やろ。バラバラに電話ボックス探すのも効率的やない」


「人数いるし、役割分担した方がいいってことですよね?」


「そうや」


 僕は防災の授業を思い出した。詳しくは覚えていないけど、災害時にどう行動をすれば生き残る確率が高くなるか……そんな内容だったはず。


「グループごとに役割分担してほしいんや」


 シゲはそういうと、集会室にいた寮生を3つのグループに分けることを提案した。


 シゲから向かって右端がAグループ。Aグループは周辺を調べる係だ。周辺の被害状況を知っておかないと、避難できないし、生活物資の調達でもできない。

 道路が崩壊しているところもあるはずだから、自動車だと通れない道がありそうだ。だから、バイクか原付で行くことになった。それと、一人だと危ないかもしれないから、二人一組で行くことになった。


 Aグループに選ばれた一人の寮生がシゲに質問した。


「食料を買ってきた方がいいですか?」

「買ってきてもええけど、後でええと思うで。バイクやとあんまり運べへん。売っている店を見つけてから、車で買いに行った方が効率的やろ?」

「あー、そういうことですか。じゃあ、売ってる店で食料を買った後、誰かが車を取りにいったらいいんじゃないっすか?」

「お前、頭ええなー。じゃあ、確保できる飲み物と食料があったら、購入してきてや。金は寮費から出すから。絶対に盗むのはあかんぞ!」

「了解です。あー、お酒いります?」

「買ってもいいんちゃう」


 シゲのこの返答がマズかったと思う。

 結局、寮生が買ってきた飲み物の半分がお酒だった。危機感がなさすぎる……


 Aグループがペア分けを始めたら、誰かが「地震や!」と叫んだ。

 その直後、揺れが起こった。全員が慌てて集会室のテーブルの下に避難する。


「あの揺れを感知するなんて、ナマズみたいやなー」と誰かが言った。


 地震にはP波(Primary Wave)とS波(Secondary Wave)があるが、震源地が近いからP波を感じ取ったわけではない。きっと、もっと小さい地震を感じたのだと思う。

 ちなみに、震源が真下の場合、地震の規模が小さいと揺れはない。「ドン」という音が聞こえるだけだ。


 しばらくすると、余震は収まった。

 テーブルの下から出てきた寮生を確認して、シゲは続きを説明し始めた。


 二つ目はBグループだ。Bグループは、寮内にある飲み物と食料をかき集める係。それと、寮の柱や梁が破壊されてないか、と設備点検をする。水道が出るか、トイレが使えるか、風呂が使えるかなどだ。


 ちなみに、建物の外観だけでは地震の被害状況は分からない。地震直後には被害がなさそうな建物がたくさんあったが、中には倒壊の可能性がある危険な建物も多く含まれていた。

 例えば、柱や梁が破壊されている建物は住めない。被害状況としては全壊・半壊に分類されるのだが、余震で崩壊する可能性があるからだ。

 地震直後は住めそうな家がかなり残っているように見えていたが、数カ月~1年経つとそれらが取り壊されて更地になった。取り壊されたのは、倒壊を免れた全壊・半壊の建物だ。


 集会室では部屋に残っている食料・飲料に関する情報が飛び交う。


「ビールは部屋に2ケース残ってます」

「ウィスキーは5本あります」

「赤マルは3カートンあるで」


 食べ物が予想以上になかった。僕の部屋にもビールしかなかった。

 本当に、男は非常時に役に立たない……



 Bグループも担当分けを始めた。その様子を見て、シゲは残りのメンバーに言った。


「最後のCグループは2人だけ。寮生全員の家族の連絡先を聞いて、電話がつながる所から電話してきてほしいんや。家族が心配してるやろ?」

「そりゃそうですよー」

「西宮までいけば電話つながるやろか?」

「まぁ、だましだまし行ってみます」


 寮生は紙にボールペンで名前と電話番号を書いてCグループの2人に渡した。

 この時代は携帯電話を持っている学生はほとんどいなくて、持っていてもポケベル(ポケットベル:無線呼び出し)が精々だった。当然、Wi-Fiもない。

 固定電話やインターネットが繋がらない状況では、誰かがまとめて連絡した方が効率的だった。



 正直、僕にはシゲの指示が正しいかどうか分からなかった。

 でも、各自がやみくもに動くよりも良さそうだ。僕はそんな気がした。


 シゲには今まで散々迷惑を掛けられたけど、この時だけは頼もしかった。


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