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僕はStabilityを調べるためにやって来た!

 話は地震の1年前くらいに遡る。あの日、僕はシゲに誘われてコンパ(合コンのこと)に行った。


 シゲと僕は同じ修士課程の大学院生で、僕たちは同じ岩盤工学の研究室で研究していた。僕たちの研究室は震災後に都市安全研究センターという施設に入ったのだが、研究室はTA-1のような略称が使われていたと思う。


 英語では「Research Center for Urban Safety and Security」とされているのだから、TAにしなくて良かったんじゃないか、と今でも思っている。

 だって、T(都市)A(安全)ってダサくないか……


 これ以上言うと関係者に怒られそうだから止めておこう。


 話を戻すと、シゲは「女の子は世界中にいるんや。ホセも日本にきたら、日本人の彼女を作らなあかん」と僕に言った。


「船乗りみたいやな……」

「そやで、ホセは船乗りや。船乗りは現地妻を作らなあかん!」

「僕は学生や。船乗りと違うで」

「アホか? 健全な男は、彼女の一人や二人や三人いるもんや。そやないと、ゲイやと思われるぞ!」

「彼女がいんかったらゲイって……。いま日本の学生の半分くらい敵に回したなー」

「そんなん、どっちでもええねん。行くんか? 行かんのか?」

「行かない……とは言ってない」

「やったら、最初から「行く!」って言えや!」


 シゲは外国人の僕がまどろっこしい言い回しを使うことにイライラしているようだ。一方の僕は最近習った日本語の言い回しを使いたくてしかたない。


「この前、バイト先の英会話教室で「物事には本音と建て前がある」って教えてもらったんや。どう? 日本人っぽいやろ?」

「お前のどこが日本人じゃー! どっからどう見ても外国人にしか見えん」

「傷付くこと言うなー」

「経験談は語るや。英語ペラペラのアジア人は、アメリカで気持ち悪がられたわー」

「僕は日本語ペラペラの南米系や。気持ち悪い?」

「そんなん知るか!」

「ひっどー、日本の『わびさび』を習得した数少ないブラジル人やでー」


「ええこと教えたろか?」とシゲは意味深な言い方をした。


「ええこと?」

「外国人は日本語ペラペラよりも、ちょっと片言の方がモテるねん」

「片言の方がモテる?」

「そや。日本語を頑張って喋っている外国人は、女の子の母性本能をくすぐんねん。私が何とかしたらなあかんわー、ってな」

「わざと下手に話せってこと?」

「つかみは重要や。そんなホセに問題を出したろ」

「問題?」


「ホセが街中でナンパするとしよう。AとBのどっちが正解か?という問題」

「へー」

「A:お嬢さん、僕とお茶しに行きませんか?」

「普通やな―。Bは?」

「B:お姉ちゃん、今から僕と松葉崩しーひん?」

「Bはあかんやろー」

「さぁどっち?」


 僕は考えたフリをしてから答えた。Bのわけがない……


「Aやろ」

「残念! Bでしたー」

「嘘やろ?」

「Aは真面目すぎてあかん。すごい男前やったとしても、関西では無理や。でも、Bはおもろいヤツやなーって思うやろ。それに、外国人がやったらウケる」

「それ、本気で言ってる?」

「本気、本気! まず、女の子と親しくなるためには、壁を取っ払わなあかん。うーん、英語で言うとmelting the iceやな」

「警戒心を解くってことやな」

「だから、こーいうのが重要なんや。とにかく、来週の金曜日はコンパやから、バイト入れんなよ!」


 こうして、僕は強引に合コンに連れて行かれることになった。


***


 シゲはお節介だ。僕が日本に溶け込めるように、いろんなアドバイスをしてくれた。

 良いアドバイスの時もあれば、悪いアドバイスの時もあった。

 割合でいうと3:7。もちろん、悪い方が7だ。


 シゲは合コンに参加する僕に、つかみのジョークを伝授すると言った。

 外国人の僕にしかできないジョークだと言われて、嫌な予感がした。


 これは、シゲから教えられた悪いアドバイスだ。


「日本人の女の子に絶対ウケるジョークやから」とシゲは自信満々に僕に言った。


 実際、シゲはモテていたと思う。

 女の子との話を盛り上げるのは得意だったし、オシャレだった。

 身長は普通くらいだったけど、野暮ったくなくて顔が良かった。


 そんなシゲが言うことだから、僕はシゲから『日本の女の子に絶対ウケるジョーク』を伝授してもらうことにした。僕は50%くらい信じていたと思う。


 僕はブラジル人留学生だ。だから、合コンにくる日本人の女の子は「なんで日本に留学しにきたん?」と聞いてくるはずだ。


 それに対して、シゲは「日本のStability(安定性)を調べに来た!」と言うように僕に言った。シゲは「Stability」のところを外国人っぽく言うように僕に要求した。


「Stability」

「違う! もっとネイティブっぽく!」

「Stability」

「もっと大きな声で!」

「Stability!」

「恥ずかしがらずに!」

「Stability――!」

「まあ、ええやろ…」


 話を進める。

 女の子は僕の「Stability」を不思議に思うはずだから、「何のStability?」と僕に質問する。


 シゲは自分の胸を上げ下げしながら「日本の女の子のStability―――!」と言った。


 下ネタだ。松葉崩しのような……

 ブラジル人はこういうのをやらない。


――こんなので大丈夫なのだろうか?


 不安に思う僕に、シゲは「大丈夫やって! ウケるでー」とご機嫌そうにしていた。



***



 コンパがスタートし、僕はシゲに教えられたジョークをやった。そしたら、すべった……


 正確に言うと、一緒に参加していた男性陣には大ウケした。

 女性陣は一言も発しなかった。変なガイジンだと思われたようだ。


 傷心の僕を余所に、コンパは盛り上がっている。

 何人かの男の子と女の子が連絡先を交換している様子が見えた。


 そんな落ち込む僕に、女の子の一人が話しかけてきた。


「自分(関西弁であなたのこと)、すべったなー」

「そうやな。シゲにウケるって言われたからやったのに……」

「自己紹介で下ネタをするのは、あかんかったなー」

「そやなー。日本語、難しいなー」

「なにゆうてんの? 十分うまいやん」

「おおきにー」

「それ、京都弁な。標準的な関西弁とちゃうで」

「へー、難しいなー」


 僕はこの流れだったらウケるんじゃないかと思った。


「Stability―――!」


 すべった……。

 僕は今後このジョークを封印することとした。


――シゲの噓つき……


 これはシゲから教えられた悪いアドバイスのほんの一部だ。他にもたくさんある。

 あまりに数が多いから、他のアドバイスについて語るのは別の機会にしようと思う。


 でも、このジョークのおかげで彼女と知り合えたのだから、今となっては悪くなかったのかもしれない。

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