表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

800文字ショートショート

君の首筋を噛みたい

作者: 一色 良薬

 噛みたくてたまらない麗しの首筋。


 未だに銘柄の分からない誘惑の匂いは、脳の正常な電子信号を直接乱していく。

 時折誰かと会話して口元から漏れる吐息さえ、聞き漏らすことなく耳へと届く。

 夏の軽装を着こなした姿は美しい側面の肌が露出されており、柔らかな肉を鋭い八重の歯形をつけたくてたまらなくなる。色白の首筋に痕が残るほど力強く噛みついたらきっと──。

(あかん。また業務中に煩悩が働いてもうた)

 ずり落ちた眼鏡を押し上げ、岸は最大限自分が装える【地味で真面目な事務員】として【さも集中していましたよ】という顔で無駄に入力された数字データを消した。

(ほんま噛みとうてしゃあないわ)

 くぐもって飄々とした、低く唸る音。振り返りたい衝動を常々痒く軋む歯で食いしばる。

 ほしくてたまらない男。健全な公の、それも職場で邪めいた悶々とした感情を抱いているなんて、誰も思いはしないだろう。

 沸騰寸前の体温を下げるように、岸は疼く両腕が隠れた袖を捲ろうとシャツのボタンを外した。

「お疲れ様」

 爪の先がかつん、と小さくボタンをかすめる。岸の【地味で真面目な事務員】という仮面に、大きな地割れが侵食した。背後に立つ男の存在に落ち着かせようと、息を大きく吸い込む。が、くらむほどの誘惑の匂いが口内から鼻腔へと充満する。

──これ以上揺さぶらんといてや。

「岸?」

 一向に返事のない岸を心配する声が、またどろついた欲望を溢れさせた。

 この声が欲しい。もっと自分の名前を呼んでほしい。麗しい首筋を噛んで、一生自分のものにしたい。

「……お疲れ様です、谷原さん。少し考え事をしとっただけです。心配はご無用です」

「そう? なら良いけれど。君は根をつめすぎる傾向があるからね。無理はしないように、ね?」

 一瞬だけ合わせた岸の瞳の奥で、谷原の微笑みが破裂した。

 何事もなかったかのように立ち去る谷原の後ろ姿を見る顔は、【地味で真面目な事務員】ではなく一人の男のものだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ