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灰かぶりの御伽噺  作者: 雨月サト
第1章
9/11

第9話

「こちらハンドラー・ノクス。999(スリーナイン)、起きろ。仕事の時間だ」

「今起床した」

「冗談も大概にしろ。間もなく作戦領域に到達。概要を手短に説明する。本日0830時、ブリグノーグ市一帯のシステムが何者かによって掌握され、0915時に同基地がフォート型を主とする魔獣群の攻撃を受けた。我々の出動に関し、政府は支払を渋っている」

「ハンドラー、だからといってボランティアという訳ではないだろう?」

「脳を魔光に焼かれたにしてはいい反応だ、999(スリーナイン)。今回『も』北が絡む」

「……また、(ろく)でもない理由だろうな」

「その辺りの交渉は上にやらせておけばいい。話を戻す。現在同基地は敵の第一波を防いだものの損耗率は3割を超え、フォート型の砲撃により施設にも被害が出始めている。貴様の任務はこれらを可能な限り殲滅(せんめつ)し、施設への被害を最小限に留めて『彼女』を守ることだ」

「了解。状況開始」


 暗闇に佇み、無線でハンドラー(管理官)と会話していた「男性」を突如光の闇が包む。

 パイロットの視野角をカバーした「半」全方位モニターが地上と空の境界線を映し出した。


 それは美しい流線型のロケットだった。

 ダークグレーの機体に軌道を安定させるための小さな翼。

 複数のジェットエンジンが推進剤を使い切り、予備タンクがパージされて山岳部へと落下していく。

 ほぼ同時にロケットの外装が火薬の爆発力によって次々と剥がされていき、その隠れたシルエットを(あらわ)にした。

 迷彩パターンを持たないライトグレーのWAWヴァンドリングヴァーゲンは空を切り裂きながら巡行形体から通常形体へと姿を変え、滑空しながら眼下の標的に照準を合わせた。

 長銃身のライフルが76ミリ徹甲榴弾を次々に撃ち出し、フォート型の無防備な上面に次々に突き刺さると体内で爆ぜて青色の体液を辺りに撒き散らす。

 僅かに体勢を崩した魔獣は背中から赤い金属片のようなものを無数射出し、それは鋭い軌跡を描きながら誘導弾のように空へ吸い込まれていく。

 だが、灰色の機体は回避行動をとることなく背中のブーストユニットを点火させて更に加速する。

 赤い誘導弾の旋回性能にも限界はある。その「網」を搔い潜ると左腕部に装着されたフォトンユニットが蒼い光の刃を形成しフォート型の分厚い肉体を易々と切り裂く。

 灰色の機体は勢いを殺すことなく地面に着地してクレーターを作り出した。

 しかし、衝撃に怯むことなく物理法則を無視して素早く飛び退くと、今度は水平に刃を振り抜く。

 大きく横に切り裂かれたフォート型は最期の声を上げることなく、大地を大きく揺るがしてその身を横たえて痙攣する。


「……」


 それを見て灰色の機体のパイロットは何を思ったのか、左腕を大きく上げて今度は直角に振り落とした。切り刻まれてただの肉塊と化したそれは最早生物としての原形を留めていない。

 フォトンユニット内に装填されたエネルギーセルの残量が尽き、空のセルが白煙を上げながら自動排出される。

 宙を舞うそれは鈍色に光り、ゴォンと濁った音を奏でて地面へと転がった。


目標破壊ターゲットデストロイド999(スリーナイン)、やり過ぎだ。その一振りを充填するためにどれだけの電力を要すると思っている?」

「小言は後にしてくれ」


 999(スリーナイン)はそう返すと、足元で鈍重なフォート型に捕食されかけ下半身を失っていたサウストリアのWAWヴァンドリングヴァーゲンを庇うように左腕を構えた。

 先ほどは剣状に形成されたはずの光の粒子が今度は円形に展開し、両機を包み込む。

 刹那、他のフォート型が放った高エネルギー体がそこへ命中する。

 その威力や主力戦車(MBT)の装甲はおろか、爆撃に耐えるコンクリートさえも瞬時に消し去ってしまうほどだ。

 しかし、灰色の機体が作り出したフィールドはそれを四散させ、勢いを失ったさながら天然のニトログリセリンはあちらこちらで小爆発を引き起こしていた。




「砲撃を防いだ……?」


 女性オペレーターが風通しの良くなったCIC(戦闘指揮所)でぽつりと呟く。

 同基地はフォート型による砲撃を受け、いたる所で火の手が上がり対応で追われていた。

 原理が解明されていないSFサイエンスフィクションのレーザーもどきは火力自体は戦艦の艦砲と同等かそれ以上だが、長距離の精度は然程でもないのが唯一の救いだ。

 だが、今の個体はピンポイントで灰色の機体――所属不明機を襲った。


「……まさかアレが、いや……現実に存在し得るのか……」


 アイリが過去に耳にしたゴシップを思い出す。


――魔獣の力を利用した第五世代WAWヴァンドリングヴァーゲンが配備されている。


 その機体は半永久機関を持ち、ジェネレーターの出力は第四世代機に比べて三倍以上。

 整地での滑走や段差を飛び越えるためのブースターユニットは大きく改良され、三次元機動を可能としている。

 その異次元な性能から宇宙人がもたらした技術とも言われているが、開発・製造元のワンドゼネラル社は最高機密だとして詳細を明らかにしていない。

 戦場の在り方を変える(ゲームチェンジャー)ではあるものの、製造コストが約10倍もする上に高練度のパイロットを必要とするので、世界に数十機しか存在しないとされていた。


 灰色の機体は少しだけCIC(戦闘指揮所)のほうを見やると、再び戦闘機動に戻り瞬く間に魔獣たちを屠っていく。


「こちらヘキサアームズ社所属999(スリーナイン)。基地司令はどこか」


 基地の誰もが常軌を逸した軌道に言葉を失っていると、スピーカーから感情の起伏を失った男性の声が聞こえた。

 アイリは噂の機体が一企業であるヘキサアームズが所持していることに疑問を感じ、問いただそうとしたが今はそのような時ではないと喉元まで出かけていた言葉を飲み込む。


「こちらブリグノーグ西方統合軍司令アイリ・ウルバネツ少将だ。貴機の目的を知らせよ」

「魔獣掃討の依頼を受け、現在対応中。作戦終了まで当機の敵味方識別装置(IFF)を一時的にそちらへ割り込ませたい。許可を求む」

「了承した」

「感謝する。イリア・トリトニア大尉は健在か? 話がしたい」

「ここに居るが、取り込み中じゃ。我が聞こうか」

「……」


 999(スリーナイン)は一瞬だけ沈黙し「であれば」と感情らしいものをのぞかせて大きく息を吸い込む。


「ベルハルト・トロイヤードには近付くな。そいつは厄災をもたらす」


 彼の言葉に室内が僅かにどよめいた。


「……ハッ」


 赤髪の男性は悪態をつくと拘束具のプラスチックタイから両手を引き抜き、兵士たちの間をすり抜けて両手を構えて魔法を発動しようとしていたイリアの懐に飛び込む。


「な、何を……」


 彼女はベルハルトに針なしインジェクターを押し付けられ、音もなく崩れ落ちた。


「イリア!」


 アイリが腰のホルスターから素早く拳銃を抜き取り構えようとした瞬間、一発の乾いた銃声が辺りに反響する。

 彼女が愛用していたぶかぶかの軍帽が床へ落ち、小さな膝は床についた。


「司令! 貴様ぁっ!」


 兵士や一部のオペレーターが応戦しようとするが、ベルハルトは正確に彼らの手足を撃ち抜いて無力化した。


「い、イリア……」


 腹を貫かれ、紅い溜まり場にうずくまっていたアイリが頭を上げる。

 そこには光学迷彩を解除したWAWヴァンドリングヴァーゲンが手を伸ばし、ベルハルトと彼に担がれたイリアをコクピットへと迎い入れていた。


「この痛みと共に伝言を。南北融和などあり得ない、支配するのは我々だ」


 彼は声高らかに叫び、ハッチを閉じるとブースターユニット出力を最大にして飛び去って行く。


「ハンドラー、追撃許可を」


 最後のフォート型に止めを刺した999(スリーナイン)が遠ざかる不明機に照準を合わせてロックオンする。


「許可できない。お前の騎士ごっこもここまでだ、999(スリーナイン)


 無線の向こうから無慈悲な声が響く。

 機体の関節や火器管制システム(FCS)がロックされ、彼は蒸発する魔獣の肉体の傍で佇んでいることしかできない。


「保護対象の損失、基地への長期独断潜入、数えきれないほどの契約違反。貴様は我が社に不利益しか課することしかできない役立たずだ」

「……」

「現時点をもって貴様を解雇とする。翼を失い、地べたを這いずり、土の味をあじわうといい」


 ハンドラーの一声に機体のメインシステムがダウンし、男性は再び闇の中へと閉じ込められる。


「よい旅を」


 ハンドラーの含み笑いを堪えたような湿ったその声に、999(スリーナイン)は漆黒の世界でただ項垂れるだけしかできなかった。

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